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悪夢
禁忌の証
しおりを挟む吸血鬼化は、罪の象徴。
イ・ソクヒョン自身は、ドラゴンとしての目の能力の名残のせいもあるだろうが、前世の記憶がないのだとすれば、自分が前世はドラゴンとしての罪を犯したなんて想像することすら出来ないはず。イ・ソクヒョンにとって、ドラゴンの禁忌は存在しないもの。つまり、認識出来ない。
『罪の象徴を認識出来ない=吸血鬼化を認識出来ない』
だが、もしも宮司龍臣が俺とバットに血を飲ませたのだとすれば、俺達は忘れていただけで心の何処かで宮司龍臣の罪を知っていたことになる。だから、俺達はイ・ソクヒョンの罪の象徴…吸血鬼化を認識出来たのかもしれない。
ドラゴンが禁忌を犯せば、転生後に吸血鬼化する。
一方、他者からは、愚かで未熟で穢れた人間としか認識してもらえない。
吸血鬼は、人間界では一種の憧れを抱かれる。少女漫画で、イケメンの吸血鬼に好かれちゃいました的な展開はよく見かける。
だから、ドラゴンにとっては、吸血鬼として認識されるより、何の変哲もない人間として認識される方が、きっと屈辱。
だが、俺達は宮司龍臣が犯した禁忌を知っている。だから、イ・ソクヒョンの吸血鬼化を認識出来る。
宮司龍臣は…2つもの罪の烙印を押されて転生したのか…。
「あのさ…」
バットがメモに視線を落として言った。
「こんな話、イ・ソクヒョンが聞くかな?鼻で笑われて終わりじゃないか?」
俺達が今、クソ真面目に議論しているのは、厨二病にかかった人間が喜びそうな話だ。
「…後は向こうに委ねよう。イ・ソクヒョンに何かしらの変化が生まれるかもしれない」
サファイヤは腕を組み、メモに視線を落としたまま、何度かしっかりと首を縦に振った。
「最後に聞くけど」
サファイヤはソファからゆっくりと腰を上げ、窓の外に映る街なかの喧騒を遠い眼差しで眺めながら聞いた。
「処刑される前夜に何か飲んだりした?」
「あぁ、あの癖になる味だろ」
バットは洗面器の中の水をシンクに捨て、空になった洗面器を風呂場に置きに行った。
カラカラ…
風呂場から、洗面器が床の上に置かれる音がして、バットの足音が俺達に近付いてきた。バットはこちらに戻りながら、あれは実に美味かったと連呼している。
俺達が処刑前夜に看守に渡されたのは、トマトジュースのように赤くてとろみのある飲み物だった。ほろ苦いのに何処か甘くて、清涼飲料水のような快感が喉を撫でる感触。俺は今世に生まれてから、あれよりも飲みたいという衝動に駆られる飲み物を飲んだことがない。
「それだ」
サファイヤは確信したように頷き、俺とバットの顔を交互に見た。サファイヤの瞳は、より明るく水色の光を放っていた。
「お前らさ、それが何かを分かって飲んだか?」
「いや…そんなの」
「ドラゴンの血…宮司龍臣の血だよ」
あれが…?
じゃあ、俺達は知らないつもりでいただけで、宮司龍臣が禁忌を犯したことを知っていたのか。
忘れていたんじゃない。
記憶は、確かに俺とバットの中にあった。
俺達がそれを勘違いしていただけで、宮司龍臣が禁忌を犯したことを覚えていたのだ。
「まあ…推測で話し合ってもきりが無い。明日、KORJAが来日してアローがチェリー宅を訪れた時に、イ・ソクヒョンが俺とウルフに会おうとすることを願おう。イ・ソクヒョンが、彗星の身体に付いた俺たち吸血鬼の匂いに、何かしら反応することを願おう」
ピッポ パッポ ピッポ パッポ
バットが、電池の切れかけたスマホの充電器をコンセントに挿した瞬間、フッと空気が軽くなった気がした。街なかの喧騒は、生温い扇風機の風と、青春を謳歌する学生たちの話し声に乗って、部屋まで流れ込んできた。
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