【1月3日完結!】冥刻の子守唄――許されないことをした俺は――

ラムネ

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第四章 奇怪なるモノたち

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暗闇に包まれていた林に、東の方から柔らかな光の雨が注がれる。小さな鳥たちは、薄っすらと星々の面影を残した夜空を忙しなく飛んでいく。

「夜が明ける。急ごう」
薄い紫や青や白が混ざった何色とも言えぬ空には、月の名残が微かに残っている。

「蛍くんのところよね」
メラは、陽炎が走ってきた方向に身体を向けると、後ろ足で地面を強く蹴った。夜の内に冷えた泥に包まれた砂利の小さな粒を蹴散らして。朝の訪れとともに、メラの漆黒の身体はより一層際立つ。

「メラ!待て!」
車道の真ん中を走るメラの身体はみるみる内に遠ざかっていき、陽炎が呼び止めた時には既に小さな黒い点になっていた。だが陽炎が呼ぶと、メラは走るのをピタリと止めその場で振り向いた。

「蛍の前に確かめたいことがある!世央に会いたいんだ!」

陽炎がそう叫びながら小さく手招きをすると、メラはピョンピョンと空気を蹴るように颯爽と走り戻ってきて、呼吸を数回もせぬ内に陽炎の足元まで辿り着いた。

「世央って言う子も命が危ないの?」

陽炎は首を振って腰を屈め、足元を彷徨くメラに視線を合わせた。

「蛍の想い人なんだ。世央に会いに行けば、もしかしたら手掛かりを見つけられるかもしれない」




広い林を挟んだ右手側の更地を、車道と平行に走る線路。電車の姿は見えず、電車のタイヤとレールの擦れる金属音の響きだけが聞こえてくる。

「蛍くんの居場所と、世央っていう子の居場所。正反対の位置にあるようね……っ?!」

薄明るい水色の空をゆっくりと高く飛んでいく飛行機のライトの点滅を眺めていたメラは、突然カッと金色の目を見開いた。漆黒の毛が逆立つ。そして何かに怯えるように、もといた大樹の木陰に向かって全速力で走った。

「おい?!どこに…!」

陽炎がメラの跡を追って走ると、メラは木陰に身体を縮こませて隠れて息を潜めていた。陽炎が偶然メラと出会ってから一度も車が通らなかった車道に、何台かの車がこちらに向かって走ってくる音と僅かな振動が伝わる。

「誰にも気付かれないって、こういう時は便利ね」

間もなく、閑散とした林を抜ける車道を白いN-BOXと黒いプリウス、後から遅れて赤いプリウスが何事もなかったかのように走り去っていった。車道のど真ん中に立っていた陽炎に驚いたり避けたり、クラクションを鳴らしたりすることもせず。


車が過ぎ去るまで、メラは木陰の雑草に身を隠していた。特に、双尾を死守するように過ぎ去る車を睨んだ。赤のプリウスが走り去ってからも、メラは暫くは耳を立てて辺りの音を注意深く聴いていた。そして車が向かってきていないと判断すると、ようやくメラは安心したように陽炎の足元に擦り寄った。

「私、あんたと違って身体を持ってるから。誰かに見られると困るのよ」

陽炎は空を見上げた。空は既に青く、雲間から太陽の光が至る所で漏れている。夜の化身のような姿をしたメラの双尾は、遠慮がちに揺れる。

陽炎は両手で顔を覆った。両手で塞がれて何も見えない視界に、蛍と世央の顔がフラッシュカードのように現れては消えるを繰り返す。

「どうしよう…メラが言ったように、蛍と世央は今は別々の県に住んでいて…それに夜の方が都合がいいとなると…」


「私だって馬鹿じゃないわよ」


陽炎の不安と焦りに反して、メラは自信ありげな声だった。


「そんなこと言ったって……メラ…?」


陽炎は、顔を上げた先に見えたメラの姿に自分の目を疑わずにはいられなかった。陽炎の目の前に、1人の若い女性が立っていた。

漆黒の滑らかな長髪に琥珀色の瞳。透き通るように白い肌。深い紺色のワンピースに散りばめられたラメ。赤茶色のパンプス。淡いピンク色の唇。

手を伸ばせばスッと消え去ってしまいそうな、妖艶な女性が腕を組んで立っていた。

「メラ…?」

陽炎は立ち上がり、四方八方を見渡した。数秒前まで隣にいた黒猫の姿は、どこにも見当たらない。

「メラ!」
「ここよ!」

その女性は、華奢な右腕を伸ばすと、陶器のような右手で陽炎の顎を掴み、無理やり自分の方を振り向かせた。

「メラ…?」

陽炎は顎を掴まれたまま、両手をだらしなく垂らしてメラの顔を眺めることしか出来なかった。陽炎自身は何かに化けることは出来なかった。だからこそ、目の前にいた猫又が突然人間の女性に変わってしまった事実を飲み込むことは難しかった。だが、よく見ればメラの琥珀色の瞳は、猫の目そのものだった。


「どうする?世央に会いに行く?それとも蛍くん?」
「蛍にしよう」

陽炎は迷わず、蛍の自宅がある方向に身体を向けた。

「あら。さっきは世央が良いって言っていたのに」

陽炎の背後から、呆れたようなメラの声が聞こえた。陽炎はクルリと振り返ると、自分の目を指差した。

「そんな猫みたいな眼じゃ驚かれる。サングラスが要る。蛍の家に、引き出しの奥の方にしまい込まれたサングラスがあったはずだ」

陽炎にそう言われると、メラは一瞬目を丸くすると、自分に呆れたように手を叩いて豪快に笑い始めた。

「ここから遠いんでしょ?近道で行くわよ。目印は?」

メラは辺りに人がいないことを入念に確かめると、再び黒猫の姿に戻った。

「高慧学院中等高等学校の真向かいだ」

メラはそれを聞くと、キラリと金色の目を光らせた。そして、車道を斜めに横断し、右手に広がる荒野を駆け抜け、遙か先に見える煙のように曇っているビル街を目指し、最短距離を走った。

「人間は道の上を歩かないといけないなんて、不便よね!」

廃工場の入り口に立て掛けられた、色褪せた「関係者以外立ち入り禁止」の看板も無視して、雑草が繁茂した廃工場の敷地内を躊躇なく走っていく。

「メラ!学校の場所は教えてないぞ!」

陽炎は、全速力で走るメラを見失ってしまわないように、じっとメラの後ろ姿を見つめたままそう叫んだ。林が、電柱が、木が光の速度で視界を過ぎ去っていく。

「貴方に教えてもらわなくても分かってるわよ!」

メラの黒い背中に、柔らかな朝日が反射する。メラは、真っ直ぐに前を見据えて、躊躇うことなく走り続けた。

「学校の前の田んぼの中に捨てられていた子猫時代の私を、学生時代の私の飼い主が部活帰りに拾ってくれたの。何の縁があって、またあの学校に行くことになったのかは分からないけど……。でも、ありがと。陽炎。あんたに出会えて良かったよ」

雑草を掻き分け、小石を蹴散らし、小さな隙間を縫って走っていくメラの背中。陽炎にはその姿が、心強くも寂しそうにも思われた。
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