恋が始まらない

北斗白

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第36話「かつての仲間と小さな宴会」

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 陽が東に傾いて赤みを帯びていく中、約十分間ほどバスに揺られて冬馬が到着したのは、初めて見る高級そうなホテルだった。
 学校祭の日から一か月、行事の余韻に浸る余裕もなく慌ただしく時間が過ぎていくと、気づいた時には学校生活最大のイベントともいえる修学旅行の最中で京の町に来ていた。
 一日目はお決まりの寺社巡りツアーで、有名な観光地で名物ともいわれる京の町の風景を堪能した後、様々な寺社へ歩き回って何体もの仏像を拝めてきたが、移動の時間があまりにも長かったのと歩く距離が長かったのとで、冬馬は既にくたくたになっていた。
 
 「冬馬、同じ部屋だね」
 
 ホテルのエントランスに集合し、先生たちが点呼と共に館内での諸注意や簡単なスケジュールなどの説明を受ける。それが終わると、冬馬は同部屋となった純と一緒に自分たちの宿泊部屋へと向かった。
 疲労が溜まっている足で階段を上りきって廊下を少し歩き、冬馬が持つ鍵に書かれた番号と同じものが記されたドアを開ける。

 「うわ、凄いなこの部屋」

 部屋の明かりをつけると、綺麗に整頓されたベッドが二つ設置されていて、その間にはミニテーブルの上に小さなランタンが並んでいた。
 荷物を部屋の隅に置き、パープルパンジー色に染まるカーテンを広げる。

 「純こっち来てみ。俺こんなに綺麗な夜景見たの初めてかも」

 解放された巨大な窓からは、昼間は活気が溢れていた京の町とは様変わりして、静けさが漂う別の世界とも感じさせられるような美しい夜景が映し出されていた。
 しばらくそれを眺めていたが、先ほど呼びかけた純からの返答がないことに違和感を感じると同時に、玄関の方から小さい話し声が聞こえた。

 「もしもし井森いもり殿……こちら準備オッケーでござる」
 「……は?」

 突然の純の不審な行動に疑問を抱いて後ろを振り向くと、冬馬が夜景に見惚れているのをいいことに、何やら純が部屋のドアの前に立って井森という相手と電話で会話していた。

 (井森って、球技大会でチームメイトだった……)

 にやついている純に、「何してんの」と声を掛けるよりも早くドアが開くと、五人くらいの集団が部屋に押しかけてきて冬馬を取り囲んだ。
 
 「冬馬、今まで本当にごめん!」
 「ごめん冬馬!」

 中央に立つ井森を筆頭に、残りのメンバーも冬馬に謝罪の言葉を口々に述べると、自分たちの頭をそれぞれ床にくっつけた。
 突然の意味不明な行動を目の当たりにした冬馬の頭上にクエスチョンマークが浮かび、脳内での情報の整理が追い付かず突っ立ったままになっていると、土下座の体勢を取ったままの井森を筆頭に口々に喋り始めた。
 
 「本当は球技大会が終わったら冬馬と沢山話したかったんだ。でも伊達たちに『てめぇらも余計な真似したらただじゃおかねぇぞ』って言われて……」
 「冬馬が辛い目に遭っているのに、自分も虐めに遭うと思うと伊達たちに何も言い返せなかった」
 「それでクラスの中でも目立たないように過ごしていたけど、時間が経つにつれて冬馬を見るのが辛くなっていって、ずっと冬馬に謝れる機会を探してたんだ」

 退院後くらいに喫茶店で純がBチームのメンバーについて言及していた時に「冬馬と関わって伊達に何をされるか分からない」と言っていたのはこの事だったのだろう。
 ただ冬馬の思っていた通り、井森を始めとした球技大会のチームメイトも自分の事で苦しい思いをしていたと思うと、心から申し訳なく思う半分、伊達に対しての怒りの感情が沸きあがってきた。
 いつの間にか握っていた拳の神経に意識を近づけようとした時、一人だけ椅子に座っていた純が腰を上げて井森の隣に並んだ。

 「それで陰キャ組と陽キャ組に分かれる修学旅行の部屋割りの時に謝ろうってことで相談を受けてたんだ。この機会なら伊達たちの目につく必要もないしね」
 「そうだったんだ……」

 まさか修学旅行の初日でこんなイベントが待っているなんて思ってもいなかった。ただ、冬馬はそのことに関しては全然気にしてはいないし、井森たちがこうして真正面から謝ってくれたおかげで、これからは心置きなく話す事が出来る。
 それに今まで自由に話せることが縛られていたので、気軽に話せるという普通では当たり前のことがこの上なく嬉しく感じる。

 「もういいから顔上げてよ」

 「ごめん」という言葉で、もう十分に気持ちが伝わった。だから土下座なんてせずに自分の言葉を聞いて欲しい。

 「皆に被害がなくて本当に良かった。今まで辛い思いをしてきたと思うけど、耐えてくれて正直に『ごめん』って言ってくれてありがとうな。それだけで嬉しかったよ」
 「と、冬馬ぁー!」

 自分の誠実な思いを伝えると、球技大会の時にサッカーの試合で得点を決めた時のように、チームメイトたちが冬馬に覆いかぶさってきた。
 
 (懐かしいな……)

 あの特別な感情に気づいたのも球技大会頃だったか、と脳裏をよぎったが目を向けないようにした。
 今は自分の元に戻って来てくれたかつての同朋たちとの喜びを心の内に焼き付けておこう。冬馬たちは部屋の中央に円を描いて座ると、純が大量に仕入れてきた菓子袋の山と今まで話せなかった話題を積み上げて、自由時間が終了するギリギリまで小さな宴会を満喫した。
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