恋が始まらない

北斗白

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第44話「変化と答え」

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やはりそろそろダウン系の上着が必要になってくるなと思いながら改札をくぐる。平日の終わりに風邪をひいたので、休日を跨いで十分に休むことが出来た。だが毎年この時期の風邪は中々治りにくく、数日経過した今の状態でも喉が少々痛む。
 他の生徒に自分の持っている菌を安易にばら撒いてしまわないようにマスクを付けるなどの配慮はしてきたが、そんな心配をしなくても良いように早く治って欲しいと願うばかりだ。

 「冬馬ー! おはよー!」
 「純、おはよう」

 駅の長椅子に腰を掛けていた純がこちらに向かってくる。どうやら先に青葉駅に到着して冬馬を待ってくれていたようだ。

 「まだ風邪治ってないの?」
 「うん、まだ喉の痛みがね……」
 「多分冬馬は食べなすぎなんだよ。年中健康の僕を見習ってよ」
 「純は食べすぎでしょ」

 そうは言うものの純が病気にかかったところは見たことがない。
 休み時間には購買で買った団子やお菓子。放課後は毎日のコンビニで買ったデザートタイムは惜しむことがなく、誰がどう見ても偏った食事習慣だと言わんばかりの食いっぷりなのに、どうして風邪をひかないのだろう。
 冬馬が素朴な疑問を頭上に並べていると、「ちょっと待って」と歩くのを止めた純が、鞄の中から可愛らしい女の子の絵がプリントされたクリアファイルを取り出して手渡してきた。

 「これ、僕が書いた小説。ファンタジーの世界を舞台にしたRPGだから冬馬でも読みやすいと思うよ」
 「お、完成したんだ」

 春に引いた今期の小説制作のお題決め。冬馬が机にやるせない気持ちを嘆いていた時に純は勝ち誇ったようにガッツポーズを掲げていた。二つの季節を通り過ぎてしまったが、あの瞬間は今でも覚えている。
 もしあの時ラブストーリーを引いていなかったら、現実の恋愛に物凄く頭を抱えることもなかっただろう。だがこのお題を引いたお陰で、今まで拒絶してきた恋愛と面と向かって悩む事が出来ている。その事に関しては良かったと言っていいものなのか、まだ悩ましいばかりだ。

 「そういえば冬馬の小説、あれから進歩したの?」
 「んー、一通り書き終わったんだけど、何とも言えないなぁ」

 以前に純と玲央と三人で喫茶店に訪れた時に見せた冬馬の小説は、誰もが望まない底落ちのバッドエンドだったので、純には「失恋物語」と命名され、玲央には自分のお尻を引っ叩かれる始末で終わってしまった。
 だがあれから書き直して、バッドエンドルートは回避することが出来た。ただ果たしてこの終わり方がトゥルーエンドなのかは確証が持てない。

 「そっかぁ。今日冬馬のも読ませてよ」
 「いいよ。今渡そうか?」
 「うん……あ、ちょっとフルーツオレ買ってくるから待ってて」
 「また糖分の高い物を……」

 そう言い残した純は、鞄を背負って駅の中にあるコンビニへと歩いて行った。
 
 (そしたら少し待ってるか……)

 少し前に純が座っていた長椅子に腰を掛ける。鞄を床に置いた冬馬はコンビニから帰ってきた純にすぐ渡せるように、私物から小説の資料を取り出した。
 根っから優しい純は、今の冬馬の小説を否定することはしないだろうが、小説に厳しい刹那社長ならなんと言うだろうか。
 ……肯定か否定か微妙なラインの瀬戸際だが、どちらにせよいい作品を作りたいという思いは変わらない。冬馬は純が戻ってくるまで資料に目を通すことにした。

 数日休んだだけなのに、何故かクラスメイトに会うのが懐かしいような気がする。それに、今となっては「おはよう」の挨拶から一日が始まるので、当たり前のことがこの上なく嬉しい。
 この純粋な気持ちに感銘を受けている者は、恐らくこの学校中にはいないだろう。今だから考える事が出来るが、一度辛い経験を味わったからこそ当たり前のことが輝いて見える。
 そう前向きに物事を捉える事が出来るようになったのも、かつての経験のお陰かなと思う。

 「冬馬、どうしたの思いつめた顔して。大丈夫?」
 「あー全然大丈夫。ちょっと考え事してて……」

 そっかぁ、と純が顔を緩ませる。と同時に奥の方でガラガラと音を立てて、教室のドアが勢い良く開いた。

 (……ん、あれは)

 一瞬その人物が誰なのか理解に苦しむ。だがどこか見たことのあるような顔つきで、ある女の子にも似たイメージを持ったことがある。
 冬馬が頭の中に浮かんだ人物像と重ね合わせている間に、教室の中に入ってきた女の子はあっと言う間にクラスメイト達に囲まれてしまった。

 「花園さん、髪切ったんだ……」
 
 真後ろの空いている席に腰を下ろした純が口を開く。やはり冬馬が確認した人物像は花園だったらしい。
 ただ冬馬が気づかないことにも無理はなく、これまで可愛らしいふわふわカールを掛けていた明るめな長髪が、ストレートのブラウンという以前とは正反対の落ち着いた色に変わっている。しかも普段の派手系容姿とは大きく変わって、自然なナチュラルメイクで清楚系女子を醸し出している。
 それに加えて花園は元から容姿全てのパーツが完璧な割合で揃っているので、ナチュラルに決めた今は元の花園の容姿の良さが際立って見える。

 (……これ以上モテてどうするんだよ)

 決して口に出さずに、思い浮かんだ言葉をもう一度飲み込む。
 ただでさえ美人なのに、ガラリとイメージチェンジをして一風変わった姿で登校するのは、流石にどの生徒でもときめくに違いない。
 以前のふわふわヘアーの時も男女ともに好感度が高かったくせに、さらに注目を浴びて高嶺の花としての威厳を強く保ちたいとでもいうのだろうか。でもそれは欲張りすぎだろ……と言いたくなるが、かく言う自分も胸がドキッとしてしまった。

 「凄いね、一気に囲まれるなんて」
 「ああ。やっぱり……人気者だよなぁ」

 花園の机の周りを眺めてみると、女子だけではなく男子も混じって談話を交えている。その中には花園といつも一緒にいるメンバーが多く占めていたが、普段近寄らないような男子もこぞって話しかけていた。

 「俺こっちの方がめっちゃ好きだなー」

 誰の声だ、と声の主を探すと、花園の横に立っている伊達がにやけた顔で花園に話しかけようとしているのが見えた。

 (あいつ……)

 幼稚な考えになるが、伊達に花園が話しかけられているのを見ると胸が苦々しくなっていくのを感じる。単刀直入に表すとしたら、腹が立つということだ。
 だが心配するまでもなく、花園は女子とばかり話していて、無視された伊達は蚊帳の外に置かれているといった感じだった。
 ……花園もああいうご機嫌取りみたいなやつは気に食わないんだな、と安堵する。
 
 「ん、どうしたの冬馬。そんなに嬉しそうにして」
 「え、べ、別に普通だよ」
 「ふーん、変なの」
 
 純はそう言うと、「HR開始五分前だから準備するね」と言って、自分の席へと戻っていった。

 (……変わらないな)

 学校外など二人きりの時などは話す事はあるが、学校内だと今まで通り目すら合う事もない。冬馬のような普段から花園と喋らない側の人間はただ見てるだけとなってしまう。

 (……見てるだけ、か)

 心の中で今呟いた自分の言葉が脳内で反響する。
 自分は花園とはスクールカーストのような見えない壁があるので話す事もない。
 ……以前の冬馬ならこの光景を見てそう言うだろう。だが修学旅行前に玲央に言われて心の中に小さなわだかまりが出来た。

 --自分が何もアクションを起こしていないからなのではないか。

 あの時、自分を正当化して必死に言い訳をして、自分自身に嘘をついて生きてきたことを実感した。そして修学旅行での自主研修。被っていた化けの皮をはがした結果が観覧車での出来事だ。
 
 (自分の心に正直になるのって、なかなか難しいな)

 現在の小説のエンドもそうだが、何が正解で何が不正解なのか。現実に置き換えて本当の答えを答えを模索しても、納得のいくものが中々見つからない。
 でも少しずつ変わっていくしかない。それが今冬馬が求めている本当の答えに辿り着くのならば、必死になって道標を探すしかない。これが喫茶店の外で玲央から学んだことだ。
 冬馬は窓から見える青い空に漂う積乱雲を、鐘が鳴るまで眺めていた。
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