恋が始まらない

北斗白

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第46話「後悔と着信」

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 部屋の空気が妙に冷たい気がするのは、外の気温が単純に低いからだろうか。それとも沈みかけているナーバスな心が、物事をネガティブに捉えているせいだろうか。
 いずれにしろ今心に思うことは、この暖かな狭い空間から身を乗り出したくない。冬馬の肌を優しく包み込むふかふかの生地がよりいっそうと睡眠欲をそそらせた。

 (……もうクリスマスイブか)

 部屋の壁に掛けられているカレンダーに目を向けると、今日の日付が十二月の半ばを大股で通り越していて、今年も残りあと僅かだという事に気づかされた。
 思えばこの一年はあっと言う間だった。春の勉強合宿から始まり、夏の球技大会、秋の学校祭と修学旅行。高校一年生の頃とは違って、良くも悪くも数えきれないほどの思い出が出来た。
 
 (そしてその中心には……)

 彼女はなぞのがいた。
 近づいては離れて、また近づくことが出来たと思ったら再び離れてしまった。でも今回は……いや、いつも自分のせいだ。
 大事なところで臆病になって逃げだしてしまう。玲央の言葉に腹を決めたつもりだったが、きっと心の何処かで弱い自分に負けてしまっていた。
 あの時、玲央が伊達を保健室へ運んで行ったあとも、花園に「ごめん」の一言しか言えなくて、耐えきれずにその場から逃げ出してしまった。

 (どうすればいいんだよ……)

 後悔が募りに募って思わず溜め息が零れる。
 だが考えこんでも過去の行いが覆されるわけではない。そう結論付けてもう一度布団に潜り込もうとした時、冬馬の携帯が小刻みに震え、お気に入りの曲の着信音が鳴った。

 (休日なのにこんな朝早くから誰なんだ?)

 少し訝しく思いつつも応答ボタンを押す。

 『……もしもし』
 『おお、おはよう冬馬。私だ』

 私だ、と単刀直入に名乗られても……と困惑の色が浮かびあがって来る直前、頭の中のメモリーが電話の声の持ち主を識別した。間違いない、この声は……刹那社長だ。

 『社長、こんなに朝早くからどうしたんですか』
 『ちょっと私の小説に評価を貰いたいんだ。なあに、冬馬の小説も読んでアドバイスしてやるよ。それにどうせ彼女もいないから今日は暇だろう?』

 社長が言った最後の一言で「グッ」と腹に大打撃をお見舞いされる。だがこれは結構ありがたいお誘いかもしれない。
 冬馬も丁度、自作の小説の終わり方に悩んでいて刹那社長にもアドバイスを譲り受けたいなと思っていたのと、純粋に小説サークルのボスである刹那社長の小説を読んでみたい。
 社長の作品は昨年一度読んだことがあるが、作者本人が個性の塊という事もあって独特な比喩表現やストーリーの展開が飽きず、とても完成度が高い作品だったのを覚えている。

 『良いですね。それじゃあどうしますか?』
 
 それから今日の予定を確認して電話のやり取りを終える。
 以前にふと考えた事があるが、刹那社長は今の冬馬の小説を読んでどう思うだろうか。高嶺の花に恋をした主人公が、綺麗で純粋な片思いで終わらせると誓った恋愛物語ラブストーリー
 春にこの作品のお題を引いた時は、正直に自信なんてこれっぽちもなかったが、色々と悩んだ末に一通り完成させることが出来た。

 ーーこれでいいはずなんだ。

 冬馬は布団から起き上がると、机上に散らばっている小説の資料の最後のページに目を通した。
 細かい文字がびっしりと書かれている白い紙は、ブラインドから差し込む蛍光色の朝の光に照らされていた。

 予定の夕刻より少し早めに喫茶店の中に入ると、すでに奥の方の席に腰を下ろしていた刹那社長が冬馬に向かって手招きをして見せた。冬馬はそれに誘導されるようにして歩いて行き、刹那社長の向かいの長椅子に腰を下ろした。
 
 「温かいコーヒーでいいよな?」
 
 冬馬が了承すると、刹那社長は注文を訪ねてきた店員に「コーヒーのホット二つ」とオーダーし、間もなくしてそれらが運ばれてきた。

 「マツボンから話は聞いたぞ? なんかくそったれたバッドエンドストーリーを作り上げたらしいじゃないか」
 
 運ばれてきたコーヒーにこれでもかというほどミルクとガムシロップを入れてかき混ぜている刹那社長が口を開く。
 実は刹那社長は見た目の堅苦しさとは裏腹に、「超」がつくほどの甘党という一面を持っている。だがサークルのメンバーを引き連れてこういった店に来る時に、部長が甘ったるい物をメンバーの目の前で飲むことは自身のプライドが許せないらしく、毎回ブラックコーヒーを頼んでは背伸びをしている。

 「前書いたのはバッドエンドだったんですけど、純にアドバイスを貰って少し変えてみました」
 「ほーお。それじゃあ読み合いでもしようか」

 お互いに小説の資料を渡し、三十分ほど文章に目を凝らす。どうやら刹那社長が引いたお題は「涙」らしい。
 主人公の女の子は人魚で、ある日浅瀬にぶつかって浜に打ち上げられていたところを通りすがりの男子に助けられ、それから一緒に過ごしていくうちに恋心が芽生えてしまった。それから種族の壁や葛藤などと闘い、結局は涙を流しながら海に帰っていったという話だった。
 流石刹那社長と言ったところか、そもそも主人公が人魚ということに、良くそんな案が思い浮かんだなと感心する。それに別れ際や様々な場面の情景描写など、想像だけでこんなに魅力的な文章が書けるのは才能でしかないだろう。

 「……ふぅ」
 「読み終わりましたか」
 「一つだけ言って良いか?」

 刹那社長は冬馬の小説の資料を喫茶店のテーブルを使って整えると、一呼吸おいて低い声で呟いた。

 「……本当にそれでいいのか?」
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