ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

文字の大きさ
43 / 91

第4章第5節 賢者の弁論

しおりを挟む
 レンの口から発せられた「弁護人」という言葉が、石造りの冷たい法廷内に反響し、やがて重苦しい沈黙へと変わった。

 数百人はいるであろう傍聴席の異端審問官たち、そして壇上の三人の裁判官。彼らの視線が、一斉にレン一人に突き刺さる。その視線に含まれているのは、異物に対する警戒、侮蔑、そして隠しきれない「殺意」だった。

 (……うっわ、胃が痛ぇ。……なんだこのアウェー感。……全員敵とか、無理ゲーすぎるだろ……)

 レンの内心は、恐怖で悲鳴を上げていた。左手の薬指に巻かれた「聖縛の鎖」のせいで、体は依然として鉛のように重い。立っているだけで精一杯だ。脂汗が背中を伝い、心臓が早鐘を打っている。今すぐ回れ右して逃げ出したい衝動が、波のように押し寄せてくる。

 だが、レンは動かなかった。いや、動けなかった。
 ここで引けば、アリアは確実に火炙りだ。そして、自分も「異端の協力者」として同じ末路を辿るだろう。

「……静粛に!」

 中央に座る裁判長が、木槌を叩きつけた。乾いた音が、ざわめきかけた法廷を再び沈黙させる。
 裁判長は、深く刻まれた皺の間から、爬虫類のような冷たい瞳でレンを見下ろした。

「……賢者レン・クロウリー。……貴様の申し出は、前代未聞である。……異教徒が、神聖な教会の法廷で弁護になど立てると思っているのか?」

 裁判長の声には、あからさまな拒絶の色があった。
 レンは、ゆっくりと深呼吸をした。呼吸を整えることは、メンタリストにとって基本中の基本だ。吸って、吐いて。心拍数を落ち着かせ、観察眼(スキャン)の精度を極限まで高める。

 (……観察しろ。……相手は人間だ。神じゃない。……必ず、付け入る隙がある)

 レンの視線が、三人の裁判官を舐めるように移動する。
 右端の裁判官は、しきりに手元の資料をいじっている。不安の表れだ。左端の裁判官は、腕を組み、ふんぞり返っている。典型的な権威主義者。
 そして、中央の裁判長。彼の視線は、レンではなく、その隣に立つセシリアの剣に向けられていた。

 (……なるほど。……「武力」を警戒しているな。……ロムレスとの全面戦争は避けたい、というのが本音か)

 レンは、瞬時に戦略を組み立てた。
 相手が「権威」と「政治的リスク」を気にしているなら、そこを突くしかない。

「……裁判長。……お言葉ですが、教会の法典第百二十条には、こう記されていたはずです。『神の前に、全ての魂は平等に裁かれる権利を持つ。被告人が望むならば、その代弁者たる者を立てることを許される』と」

 レンは、前世の知識ではなく、この世界に来てからガレスに叩き込まれた周辺諸国の法知識を、記憶の底から引っ張り出した。ハッタリを成立させるには、最低限の事実(ファクト)が必要だ。

「……その条文に、『代弁者は聖教徒に限る』という記述はなかったと記憶しておりますが?」

 レンが、わざとらしく首を傾げてみせた。

 裁判長の眉が、ピクリと跳ね上がった。
 図星だ。法典には確かにそう書かれている。だが、これまで異教徒が弁護に立つなどという事例がなかったため、誰もその抜け穴を気にしていなかったのだ。

「……ぐっ……。……へ、屁理屈を……!」

 隣で、ガイウスが悔しそうに呻いた。

「……認めましょう」

 裁判長が、渋々といった様子で頷いた。

「……ただし、賢者殿。……ここは神聖な法廷である。……詭弁や魔術による惑わしは一切通用しないと、心得るがよい」
「……ええ、もちろんです。……私はただ、真実のみを語りましょう」

 レンは、胸に手を当てて恭しく一礼した。(心の中では中指を立てながら)。

 こうして、異例づくめの「魔女裁判」が幕を開けた。

「……では、審問官ガイウス。……冒頭陳述を」

 裁判長に促され、ガイウスが自信満々に進み出た。彼は、被告人席のアリアを蔑むように見下ろし、それからレンの方を向いて、ニヤリと笑った。

「……裁判長、ならびに陪席判事の皆様。……被告人アリアの罪は明白であります。……彼女は、教会の許可なく、神聖な首都アルカディアの地で、不浄な魔力を行使しました」

 ガイウスは、大げさな身振り手振りで、法廷内の空気を支配しようとした。

「……その証拠が、彼女の首につけられた『魔封じの首輪』であります! ……これは、聖女エリナ様が、彼女の魔力暴走を危険視し、やむを得ず装着されたものです。……聖女様が危険と判断された、それこそが彼女が『魔女』である何よりの証拠ではありませんか!」

 ガイウスの言葉に、傍聴席の審問官たちが、「おお……」とどよめいた。
 彼らは、「聖女エリナの判断」という権威を持ち出されると、思考停止して追従する傾向がある。ガイウスは、それを巧みに利用したのだ。

 (……うまいな。……エリナの名前を出せば、誰も反論できないと知っていて、わざと論点をすり替えた。……こいつ、ただのサディストじゃない。……狡賢い扇動者だ)

 レンは、ガイウスの演説を冷静に分析した。
 ガイウスは、事実(ファクト)ではなく、感情(エモーション)と権威(オーソリティ)で法廷を支配しようとしている。
 ならば、レンが取るべき対抗策は一つ。
 その「権威」を、逆手に取ることだ。

「……異議あり」

 ガイウスの演説が最高潮に達したタイミングを見計らって、レンは静かに、しかしよく通る声で遮った。

「……なんだと? ……賢者殿。……私の陳述の、どこに異議があるというのだ?」

 ガイウスが、不快そうにレンを睨みつけた。

「……ガイウス審問官。……貴方は今、『聖女エリナ様が彼女を危険視した』とおっしゃいましたね?」
「……その通りだ。……何か問題でも?」
「……ええ、大いに問題があります」

 レンは、ゆっくりと被告人席のアリアに歩み寄った。(実際には、動かない足を引きずるようにして、やっとの思いで移動した)。
 そして、彼女の首につけられた、銀色の首輪を指差した。

「……皆様、よくご覧ください。……この『魔封じの首輪』を」

 レンの声に、全員の視線がアリアの首元に集中する。

「……これは確かに、魔力を封じる拘束具です。……しかし、同時に、これは教会の『聖遺物』の一つでもあります」

 レンは、エリナから聞いた情報を、さも自分の知識のように語った。

「……聖女エリナ様は、アリアを『断罪』するためにこれをつけたのではありません。……彼女の才能を惜しみ、その強すぎる力を『保護』し、『管理』するために、あえて貴重な聖遺物を与えられたのです」

 レンは、一度言葉を切り、法廷内を見渡した。
 傍聴席の空気が、微妙に変化したのを肌で感じる。

「……もし、エリナ様がアリアを本当に危険な『魔女』だと認定したのなら、なぜその場で処刑なさらなかったのです? ……なぜ、わざわざ手間のかかる封印を施し、ご自身の側近くに置かれたのです?」

 レンは、ガイウスに向き直り、トドメの言葉を放った。

「……ガイウス審問官。……貴方の主張は、聖女エリナ様の深遠なる『慈悲』と『配慮』を、単なる『危険視』と曲解するものです。……それは、聖女様への、ひいては神への冒涜にあたるのではありませんか?」

 ――ダブルバインド(二重拘束)。
 レンは、「アリアを魔女だと主張すること」を、「聖女エリナを侮辱すること」とイコールで結びつけたのだ。
 この狂信的な国において、「聖女への冒涜」は、魔女と同等か、それ以上の重罪である。

「……なっ……!? ……ば、馬鹿なっ……! ……私は、そのようなつもりで……!」

 ガイウスの顔が、瞬時に蒼白になった。
 彼の額から、大量の冷や汗が噴き出す。視線が泳ぎ、呼吸が乱れる。
 完全に、動揺している。

 (……よし。……まずは一発、入った)

 レンは内心でガッツポーズをした。
 だが、これで終わりではない。これはまだ、ジャブに過ぎない。

「……ふむ。……一理あるな」

 中央の裁判長が、顎髭を撫でながら呟いた。
 彼らにとっても、聖女エリナの権威を傷つけることは、政治的なリスクを伴う。レンの指摘は、彼らの痛いところを突いたのだ。

「……しかし、賢者殿。……被告人が魔力を行使したという事実は変わらない。……その点について、どう説明する?」

 裁判長が、鋭い視線をレンに向けた。
 ここからが、本番だ。
 アリアが魔力を使ったのは事実。それを否定することはできない。
 ならば、その「意味」を書き換えるしかない。

「……フフフ。……さすがは裁判長。……核心を突かれますね」

 レンは、わざとらしく余裕の笑みを浮かべた。(胃痛で顔が引きつっているのを、笑いにごまかした)。

「……おっしゃる通り、彼女は魔力を使いました。……ですが、それは『魔法』ではありません」

 レンは、断言した。

「……は? ……何を言っている? ……魔力を使ったのなら、それは魔法だろう!」

 ガイウスが、混乱したように叫んだ。

「……いいえ、違います。……彼女が使ったのは、魔法などという矮小なものではない。……それは、神の意志を直接この地に具現化させる、『奇跡』の代行なのです」

 レンは、真顔で、とんでもないハッタリを口にした。
 法廷内が、静まり返った。全員が、レンが何を言っているのか理解できず、呆気にとられている。

 (……言っちゃったよ。……もう後戻りはできない。……この大嘘を、真実に変えるしかない!)

 レンは、覚悟を決めた。
 彼はゆっくりと手を広げ、パフォーマンスを開始した。

「……皆様は、ご存知ないかもしれない。……私の弟子、アリアが、どれほど稀有な存在であるかを。……彼女は、古代の預言にある『深淵の巫女』の末裔なのです……!」

 (……ごめん、アリア。……お前の設定、勝手に盛らせてもらうわ!)

 レンの口から、でまかせの「設定」が、滔々と語られ始めた。
 それは、メンタリストが仕掛ける、法廷という名の劇場での、一大スペクタクルな詐欺の始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス全員が転生して俺と彼女だけが残された件

兵藤晴佳
ファンタジー
 冬休みを目前にした田舎の高校に転校してきた美少女・綾見(あやみ)沙羅(さら)は、実は異世界から転生したお姫様だった!  異世界転生アプリでクラス全員をスマホの向こうに送り込もうとするが、ただひとり、抵抗した者がいた。  平凡に、平穏に暮らしたいだけの優等生、八十島(やそしま)栄(さかえ)。  そんな栄に惚れ込んだ沙羅は、クラス全員の魂を賭けた勝負を挑んでくる。  モブを操って転生メンバーを帰還に向けて誘導してみせろというのだ。  失敗すれば、品行方正な魂の抜け殻だけが現実世界に残される。  勝負を受ける栄だったが、沙羅は他クラスの男子の注目と、女子の嫉妬の的になる。    気になる沙羅を男子の誘惑と女子の攻撃から守り抜き、クラスの仲間を連れ戻せるか、栄!

俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ 『壽命 懸(じゅみょう かける)』 しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。 だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。 異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?

死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する

オカさん
ファンタジー
たった一人で敵軍を殲滅し、『死神』と恐れられた男は人生に絶望して自ら命を絶つ。 しかし目を覚ますと500年後の世界に転生していた。 前世と違う生き方を求めた彼は人の為、世の為に生きようと心を入れ替えて第二の人生を歩み始める。 家族の温かさに触れ、学園で友人を作り、世界に仇成す悪の組織に立ち向かって――――慌ただしくも、充実した日々を送っていた。 しかし逃れられたと思っていたはずの過去は長い時を経て再び彼を絶望の淵に追いやった。 だが今度こそは『己の過去』と向き合い、答えを導き出さなければならない。 後悔を糧に死神の新たな人生が幕を開ける!

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~

九尾の猫
ファンタジー
亡くなった祖父の後を継いで、半農半猟の生活を送る主人公。 ある日の事故がきっかけで、違う世界に転生する。 そこは中世日本の面影が色濃い和風世界。 しかも精霊の力に満たされた異世界。 さて…主人公の人生はどうなることやら。

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

異世界召喚されたが無職だった件〜実はこの世界にない職業でした〜

夜夢
ファンタジー
主人公【相田理人(そうた りひと)】は帰宅後、自宅の扉を開いた瞬間視界が白く染まるほど眩い光に包まれた。 次に目を開いた時には全く見知らぬ場所で、目の前にはまるで映画のセットのような王の間が。 これは異世界召喚かと期待したのも束の間、理人にはジョブの表示がなく、他にも何人かいた召喚者達に笑われながら用無しと城から追放された。 しかし理人にだけは職業が見えていた。理人は自分の職業を秘匿したまま追放を受け入れ野に下った。 これより理人ののんびり異世界冒険活劇が始まる。

処理中です...