異世界勇者のアフターライフ

あきょう

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異世界勇者、世界を楽しむ

勇者、夜を駆ける。あとすげぇ進展する。

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 エレベーターの昇降路を駆けのぼり、先ほど歯車蜥蜴の投げた短剣を引き抜いて、衝撃札を使い一直線に歯車蜥蜴に切りかかる。やっと短剣だ!コイツが欲しかった。急場で手に入れた武器だが存分に使い潰していこうと思う。

「はっ、はぁぁぁぁ!?」

 驚愕の色を顔に浮かべながら、済んでのところで避ける歯車蜥蜴。だが、甘いなぁ。手元で衝撃札を起動、一気に腕が降り抜く形に動き、短剣の刃が歯車蜥蜴を捉える。腕を深々と切り裂いたが、致命傷には届かない。

 「ギッ!!!き、貴様ぁぁ!」

 まさか傷を負うとは考えていなかったであろう歯車蜥蜴にとって、この攻撃は相当な衝撃だっただろう。瞬間的に感情が沸騰した歯車蜥蜴は逃げる選択肢を捨て、俺に襲い掛かってきた。そうだな、この世界の人間なら、その速度に対応できないな。

 身体強化魔法で全身を強化し、返す刀で袈裟斬りにする。短剣だから殺し切るには深さが足りない。が、これでいい。

「ひ、ひぃ!ひぃぃ!」

 二度の刀傷に死の恐怖を感じた歯車蜥蜴は、這いつくばるように逃げ出した。歯車蜥蜴は身の危険を感じると、自分の罠を張った縄張りに隠れる。この罠が非常に厄介で、こいつの最難度たる所以ゆえんなのだが、これを待っていた。この世界の人間に、こいつの即死罠解除は荷が重い。そして、俺はこの手の罠に特攻がある。最難度である歯車蜥蜴に、単身で挑んだ理由がこれだ。


 なるほど、屋上にある大きめの小屋の中か。外から中の見える作り、縦に長い廊下の横に、部屋がいくつかあるのが見える。あいつの巣穴にうってつけだな。

 通常の歯車蜥蜴は魔力罠に感圧式の地雷、その他様々な罠を仕掛ける為非常にタチが悪い。しかしご丁寧にもあの蜥蜴は、色んな意味で良い性格していた。この世界の人間じゃあわからないよう、全部を魔力で作ってやがる。

 不可視の魔法に空間拡張落とし穴。細かなところから大胆においているところまで、何から何まで見てればきりがないほどの魔法罠のオンパレード。魔力の無い、魔法が使えない人間じゃあ見破れないよなあ。これはキツイ。

 が、全部解除可能だ。魔法は魔法に反応する。これ、試験に出るからな。不可視の魔法には雲札。水蒸気は魔力が元なので、不可視魔法のかかったものに吸着する。ははぁ、こいつは鉄の筒を斜めに切って刺さった獲物を失血死させる罠か。

 空間拡張魔法には衝撃札。対物理の衝撃には強いが、魔力系の衝撃にはめっぽう弱いのがこの魔法の悪いところだ。たちどころに元の大きさに戻る。地面の中から骨でできた槍が顔をのぞかせているのが立ち悪い。

 他の細かな罠は、駆動系が殆どか。異空間に収納された武器や毒が、一定の動きに反応して出てくるものだな。歯車蜥蜴の真骨頂、駆動系の魔法は魔法だけでなく、科学技術も少なからず使用されている。俺の世界の科学技術については後々触れるとして、まずは現状打破と行こうか。

 こういったものには、名前ばかりだして本邦初公開の雷撃札。長い溜めがあった後、真っすぐ電撃が飛び出るという、高火力超待ち時間、溜めるだけで半分も消し飛ぶ魔力という、使い勝手が凄く悪い札だ。戦闘で使うにはあまりにも使いどころがなく、自然と手に取りづらい札の一つである。

 そんな雷撃札が、なぜわざわざ俺の緊急用札の中に選出されているかというと。

 「――――本当に、この札火力が高すぎるんだよ……」

 落雷に匹敵する電流が、天井や床、壁を巻き込んで、全ての駆動罠を焼いた。相手が油断しているとき、十分に時間が取れる時、この札は恐ろしいまでに牙を剥く。空間魔法や不可視魔法などの、目の前にあるものに作用する魔法には効果が薄い。しかし複雑な工程を要する魔法には、効果覿面こうかてきめんだ。

「てっ、テメェ!魔術師か!雷撃魔法なんて使いやがって!」

 罠をゴッソリ消された歯車蜥蜴がたまらず出てくる。

「俺が知るかよ馬鹿め。サッサとぶっ殺してやるから大人しくこっちに来い」

「ああ行ってやるさ!だがな!殺されるとわかって死にに行くバカがどこにいるか!」

 歯車蜥蜴が身体に魔力を溜め始めた。奴らは鱗に魔力を流し、その硬度を上げることで戦闘に特化した肉体になることもできる。魔力耐性が非常に高く、遠距離魔法主体の組が何度もこの魔物に敗北を喫する話をよく耳にしたものだ。実際罠を解いて精神的、肉体的疲労が限界に達した最後の最後、コイツで暴れられるのは本当に厄介極まりない。

 が、罠がなくなった今、身体強化魔法を会得した人間にとってコイツはただの低難度に成り下がる。理由は本当に単純で

「魔術師なら都合がいい!このオレ様に1人で向かってきたこと、後悔させてやるぜぇぇぇ!!!」

 この蜥蜴、全く格闘能力がないのである。酔っ払いの喧嘩の様な腰の入っていない拳、高く上がらない蹴り。いくら力が強くとも、いくら速度が早くとも、いくら鱗が堅くとも、身体強化魔法の使える戦士にとってはいい的にしかならない。

 だから容易に関節が狙える。容易に目や口の中に剣を突っ込める。そして容易に

「心臓を一突きすることも出来る…って、聞いていないか」

 俺の急所連続攻撃には、流石に耐えられないか。初めて苦労しないで倒せたかもしれない。この世界の人間を舐めていた歯車トカゲに感謝だな。胸に突き刺さった短剣はその礼だ、とっとけ。

 他の部屋に罠がないか確認して、ある程度状況を把握した。やっぱ食ってるよなぁ、人間。しかも結構な人数死んでるな。骨の数でわかる。

 仙台だけで出くわした魔物の数は3体。この調子で行くと、本当に俺の世界と同じくらい魔物がいるんじゃないのかこの世界。

 早急に魔物討伐のための魔法の伝達が求められるだろう。かと言って、面と向かってそんなこと言ったら確実に俺は捉えられ研究されいい様に使われるだろう。

 それは嫌だ。どうせいい様に使われるなら早上家の方がいい。結構自由にやらせてもらえてるし、俺のサポートまでしてくれるんだ。いい様に使われたところで文句もないさ。

 残りは騒ぎを聞きつけた警官とかに任せよう。蛇子。マジで頼んだ。







 あのあとビルから飛び降り路地裏に隠れ、陰に潜んでツナギを脱ぎ、仮面を外して鞄にしまったあたりでサイレンが聞こえ始めた。ほんと、この国の警察は優秀だな。俺が戦い始めてから10分も経ってないぞ。

 野次馬に紛れて姐さんの様子を見に行くと、無事にエレベーターの中から救助された様だ。

「だーかーら!何度も言ってんだろ?アタシが落ちたエレベーターから奇跡的に助かっただけで、上でバケモンがさぁ!あ!ダーリン!アタシぃー!チョー怖かったー!」

 警察や救急隊員たちに囲まれて身動きが取れなかった姐さんは、俺を見つけるや否や公務員たちを掻き分けて俺の腕に組みついた。

 やめて姐さん。急にそんな感じで来られると俺どうしたらいいかわからない。などとまごついていると、姐さんが耳打ちしてきた

 「話し合わせな!アホなカップルのフリしてこの場から退散するよ!」

「了解っす姐さん!……もー!心配したんだぞー!コーイツー!」

「やーん!ダーリンったらー!」

 もう少し話をとか、せめて体の検査をとか言ってくる警官や救急隊員たちを、ウフフ、アハハと煙に巻き、路地を二つ曲がった瞬間姐さんを抱え身体強化魔法で壁を蹴って一気に飛んだ。傍目から見たら、路地を曲がってから消えていなくなった様に感じるだろうな。








「ふー!危ないとこだった!悪いね!助かった!ボロ出さずに済んだよ!ありがとうねシモン!」

どこかのビルの屋上に着いた。そんなに高い場所ではないが、それでも姐さんにとって刺激的な1日であったことは間違い無いだろう。

「礼には及ばない、それより厄介ごとに巻き込んでしまって本当にすまない!」

 姐さんは頭を下げようとする俺の肩を掴んで、そのまま抱きしめてきた。

「謝るのはお門違いだよ、アンタは悪くないじゃんか。悪いことしたのはあのトカゲ、だろ?アタシを助けてくれたシモンは、褒められるべきなんだ」

 そう言って、優しく頭を撫でてくれる姐さん。なんだろう、面と向かってこんなに優しくされた事がないからか、なんていうか、ちょっと泣けてきてしまう。

「偉い、偉いよアンタ。よく頑張ったね。今まで痛かったろうに、怖かったろうに。アタシには分かるよ、知り合いもいない中1人で踏ん張ってたんだね。もう安心していいよ、アタシが支えるからね」

 ぐぅ、それは反則だぞ姐さん、そう言う優しい言葉、本当に心に刺さりすぎるからダメだぞ、泣くぞ俺。ガチ泣きするぞ俺。

「……よし、決めたよ。シモン、アタシの恋人になりな」

 空気を切り替える様に姐さんが俺から飛び退き、決定的な言葉を出した。少し呆気に取られたが、少し口元が綻んでしまった。

「どんな告白だよ姐さん」

「これしか思いつかなかったんだ、諦めな」

 姐さんも釣られて笑う、が、流石に断らなきゃな。

「俺、異世界人だし、いつ帰るかわからないんだぜ?明日には消えちまうかもしれない」

「それは寂しい!から消えるな!万が一消えるにしても一言残してから消えな!」

なんて暴論だ。

「あとアンタが言いそうなことなんて簡単に思いつくから先に反論しとくよ!危ない目に遭っても構わない、なんて口が裂けてもアタシは言わない。そんなことまっぴらごめんだし、アンタが心配する様なことはしたくないからね。だけどアタシが心配させられまくるのも嫌だ!アンタは余裕で何事もこなせるように強くなりな!代わりにアタシはアンタのこと全力で支えてやるよ!」

 わー、言おうとしたこと全部潰された。でもまだ反論の余地はあるぞ。

「姐さん、自分で何言ってるか分かってるか?俺が言うのもなんだけど、何回か顔を合わせて、たった一回デートしただけの男だぞ?顔見知りにも満たない男だぞ?」

「その何回かの顔合わせと一回のデートで、アンタの人となりは掴めたよ。なんでも自分で背負い込もうとする不器用な男さ!そんなアンタを支えたくなったんだ。嫌とは言わせないよ!」

 つ、強い女性だ……

「……やっぱダメだ、俺の周りは危険すぎる。いつ危なくなるかわかったもんじゃないからな」

「ほら、また背負い込んでる。アンタの悪い癖だよ。それに今、この世界で確実に安全な場所なんてあるもんか。バケモンどもはどこでも沸くよ。アンタの近くが逆に安全な場所なんだ。そこにアタシを入れてくれって話だよ」

 本当にアンタ彼氏いた事ないのかよ。滅茶苦茶いい女じゃねぇか姐さん。見る目がねぇなこの世界の男は。


 ここまで言われて引き下がる方が見苦しいか。

「なら条件だ。身を守るために最低限魔法は使える様になっていて欲しい。今から覚えるなら身体強化魔法の方が使い勝手もいいだろう。その練習をする事。それとしばらくさっきみたいな、その、あんな感じな事はしない様にしよう。今の俺じゃあ姐さんの身に何かあった時責任が取れない」

 相当身勝手だなと、自分でも思ってる。だが本当に、本当に姐さんとちゃんと向き合いたいと思ってるから

「わかった。その条件を飲むよ。だけどね」

 そう言った姐さんは、俺の顔に顔を近づけ、え?

「……キスぐらいは、いいだろう?」

 え?うそ、俺今キスされた?マジ?あったか、わー、わー!キスされた!初めてだ!うそー!ソコンのおっさんに人工呼吸して以来、もうキスなんて諦めてたのに!わー!

「ちょっと、姐さん「あーあー、それ禁止」え?」

「姐さんじゃなくて、ちゃんと、名前で呼んで。キタちゃんでも、キタさんでも、北姐ぺーねぇでもいいから、ね?」

 そう言って笑顔を作る姐さんの顔は耳まで赤くて……

「じゃあ、その、これからよろしくな、キタさん」

「~~~~~ッッッ!こっ、これは結構くるね!キュンッキュンしちゃうね!うおー!あまずっぺ!あまずっぺ!ひゃー!」

「って自分で言っといて何恥ずかしくなってんだコラ!こっちだって恥ずかしかったんですけどー!?あと北姐ぺーねぇってなんだ!なんであだ名脱却の中にあだ名入れた!」

「親しい人が呼んでるあだ名ですぅー!同居人たちは皆この名で呼ぶんですぅー!」

 なんやかんやキャイキャイ言ってた方が、俺たちらしいのかもしれない、などと思った。


 このあと、降りるときにまた一悶着あったのは言うまでもない。
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