冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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tapestries. 愛しい雛の育て方④

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私が初めてセレス様を見たのは昨年の秋。社交シーズンを終え、帰領間近のタウンハウスでのことだった。

真新しい濃いチャコールグレイの三つ揃え。
淡いグレーブロンドと印象的な青灰の瞳が強調されるシックな装い。
着なれないのか、些か服に着られている。
可愛らしいお顔はしているが、その眠そうな目のせいかなんだかぼんやりとして見える。
緊張のためか言葉も少なく、落ち着いた声をしていたが特別美しいとは思わなかった。


中央教会には昨今稀に見る稀代のカントールがいる。
セレス様の噂は、王都から離れたルーメン領に居てすら、この数年よく耳にした。生誕祭に彼が立てば、社交シーズンの最初の一月はその話が挨拶代わりにもなったりする。言葉にならないと溜息を付き、貴婦人たちはうっとりと思いを馳せる。

青の使徒。天上の歌声。魂の浄化。

けれど緊張の面持ちでソファーに座る彼からは、口々に噂される天上の御使いの片鱗などどこにもなかった。どこにでもいる気の弱そうな少年が、不安げな顔をして座っているとしかみえなかったのだ。

全体的にパッとしない。
それが私の受けた最初の印象だった。




「今年の初めに南の討伐遠征があっただろう?」

帰りの馬車の中、外を眺めているエレノア様がぽつりと言った。
建国祭を終えた街道沿いは春にやって来た時とは雲泥の差だ。見渡す限りの金の麦穂はベルベットのよう。撫でれば柔らかく手を滑るような気さえする。
私は視線を移してエレノア様の横顔を見つめる。

「私はね、ロジーナ。それがフォルティスにとって、何物にも代えがたい楽しみだったはずだとよくわかっているんだ。」

「グールドラケルタは王都近郊ではめったにいない大物だ。遠征の知らせを受けた時、あの子のことだ、ギリギリまで期限を延ばし目一杯楽しんでくるものと思っていたんだ。」

ランドルフ様のいない私達だけの馬車の中。エレノア様は気安い調子でお話になり、ついっと私に視線を寄越して可笑しそうにくくくと笑う。

「それがどうだ。蓋を開けてみればたったの2月で王都に帰ってきたと言うではないか。前回第二中隊が遠征した時には調査に3月以上かかったのだぞ。兄上からその話を聞いた時、私は何の冗談かと思った。何のために付いた嘘なのかと勘繰ったくらいだ。」

昨年の暮れごろから、デリオットさんより頻繁に便りが来るようになっていた。
フォルティス様に意中のお相手が出来たという知らせは私達をたいそう驚かせ、それと同時にとても信じられないと疑われてもいた。けれど今回のシーズン中にそれは段々と真実味を帯び、そしてついに先日のトゥルネイで現実のものとなったのだった。

「調査任務を史上最速で終わらせるほど、フォルティスを夢中にさせる存在。」

「私は、あの子の背負うものが小隊長という職だけでは足りないのではないかと常々思っていたんだ。何があってもここへ戻ると、そう思わせる鎖には些か足りないと。だからあの子には必要だった。より強固で、より揺るぎない重しが。…好都合だと思ったよ。教会の子供ならなおさらいい。何も知らなければ、こちらが言わずとも黙って屋敷にいるだろう。そこがフォルティスの帰る場所になる。」

「…。だが、私の目論見は外れてしまった。」

そう言って、さも楽し気にくっくとお笑いになる。そしてつい先日行われたトゥルネイでの勇姿と、お相手であるコルスの少年とのやり取りをまるで舞台役者顔負けの演技で披露してくださる。それは先日会った少年からは想像もできない程の、意志の強さと覚悟を秘めた誓いの言葉だった。

「あれは、他人に身を任せ、思考を放棄してしまうことを良しとはしないだろう。それを甘んじて受ける者の言葉では断じてなかった。ローワン卿が溺愛しているというのはあながち冗談ではなかったな…。ロジーナにも見せてやりたかったよ。卿自ら会場の案内役を務め、周りの貴族どもを牽制していたんだ。手塩にかけて育てているという話は真実だった。」

戦火の英雄の名が出てきたことに、私は内心驚いてしまった。
大旦那様もよく口になさるローワン・メルキドア卿。
武勇伝だけでなく、の名声は後の数十年にもわたる王国への貢献にこそ意味がある。後進への育成の厳しさはどの社交場でも度々耳にした。それは老齢な元騎士や老魔術師であればあるほど、笑えない笑い話として披露されるのだ。

「……。セレス・アズユールをメルキドアに囲われるわけにはいかん。養子にするなどと言われたら、我々はことセレスに対して手も足も出せなくなる。――たとえ婚姻後であったとしてもな。」

「あの熱血の塊みたいなジジイのことだ。世間知らずの幼子を言葉巧みに言いくるめ、武者修行にでも連れ出されてみろ。フォルティスは一も二もなく付いて行ってしまう。」

ご自分の言った言葉に真実味があって面白かったのだろう。エレノア様は声をあげて愉快気に笑った。そしてふと真面目な顔になり、私の顔をひたりと見つめる。

「我々貴族にはいくつも負うべき義務がある。その約定として子供を一人は騎士にしなければならない。先の戦争の記憶は人々の中で薄れつつあるが、王族や我々貴族はそれを忘れてはならないんだ。まして我が家は代々武功を挙げてきた一族。近衛にベルタが居るとはいえ、フォルティス程の力を国外に出すことは許されん。」

「ロジーナも考えてみろ。武力と権力の塊が大陸を放浪するんだぞ。王国にとってどれほどの損失か。頭の痛い話だよ。」

私は思わず吹き出してしまった。
計画が狂うと嘆きながら、エレノア様はたいそう面白がっておられる。言葉と表情がちぐはぐだ。
先日お会いになった未来のご子息をことの他お気に召されたらしい。

私は認識を改めなければならない。

遠ざかり、既に欠片も見えなくなった王都を見つめてそう思ったのだった。




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