私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  太原雪斎

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 そんな時、、武田の陣から使者が来た。
 正しく言えば、武田と手を組んでいる今川の使僧、太原雪斎である。

「和睦を仲立ちすると・・・・・?」
 はい、と大きな頭の雪斎は、一礼して頷く。
「それは・・・・ご親切な事で・・・・」

 目を細めて景虎は雪斎を見つめる。
 骨の太そうな立派な身体つきをした、六十前後の老僧だ。
 貫禄があり、黙っていても人を圧する威厳がある。

「戦さが続くのは、兵にも民にも辛いもの」
 ゆっくり雪斎は合掌する。
「御仏の使いとして、出来るだけ世の人の痛みを和らげたいのです」
 ふふっ、と景虎は苦笑する。

「それは・・・・まことにごもっとも・・・」
 で、と景虎は続けて問う。
「何をすれば、我らは兵を引かして頂けるので?」
 景虎の皮肉に、
「何も」
 と言って、雪斎は合掌をやめる。
「弾正さまは、兵を引いていただくだけで、何もなさる必要はありませぬ」
 馬鹿にしおって、と景虎は一睨みする。

 景虎に黙って越後に帰れ、と言っているのだ。
 確かに景虎は手詰まりだが、それは武田晴信も同じ。
 どちらも打つ手なしなのだ。
 しかしここで景虎が黙って引けば、晴信の信濃支配は進む。
 今は晴信に信服していない信濃の国衆たちも、少しずつ懐柔されていくだろう。
 村上義清を裏切った、栗田永寿が良い例だ。
 だからここは、あっさり引く訳にいかない。

「我らが引くとして・・・・・」
 一度身体を揺すり、景虎が告げる。
「武田太膳はどうする?」
「勿論、兵を引いて頂きます」
「それで・・・・・」
 景虎は目を細めて、雪斎を見つめる。
「旭山の城は、壊して頂きます」
 微笑み雪斎に、ほぉ、と景虎が呟く。
「それでこちらは、如何すればよろしい?」
 景虎が問う。

 相手が旭山の城を壊したのだ、当然こちらは葛山の城を棄てねばならない。
 しかしそれを交渉で、もっと言えばごねて、葛山の城を残したい。
 だがおそらく無理だろう。
 相手はこちらの足元を見るはずだ。
 雪が降れば越後に帰れ無い。
 困るのはこちらだ。

 そんな事を景虎が考えていると、
「何も・・・・」
 と雪斎が言う。
 んん?と景虎は眉を寄せる。
「何もと言うのは?」
「ですから、何も・・・・」
 景虎の問いに、雪斎は不適に微笑む。
「弾正さまは、兵を引いてくださるだけで、結構です」
 どう言うつもりだ?と景虎は不審に思いながら、雪斎を見つめる。

「この・・・・葛山の城は・・・どうすれば良い?」
「勿論、弾正さまのお好きな様に」
「・・・・・」
 不適に微笑む雪斎の顔を、景虎は目を細めて眺める。
 良いのか?と景虎が重ねて問う前に、雪斎が口を開く。

「それと、須田、井上、島津どのの領地を、お引き渡しいたします」
「・・・・・・っ・・・・」
 景虎は言葉を失う。
 須田満親、井上清政、島津忠直はいずれも信濃の国衆で、武田に領地を追われ、景虎を頼り越後に来た面々だ。
 彼らに領地を返すという事は、武田が信濃の支配を手放すと言う事だ。
 今まで戦った成果の全てを、捨てると言う事だ。


 あり得ぬ・・・・。
 景虎の疑いの眼差しを受け、雪斎が静かに告げる。
「戸石はお返し出来ませぬが、これで如何です?」
 戸石とは、村上義清の本拠地である。
 そもそもこの戦さは、義清の要請で出陣している。
 戸石は取り返したいところだ。

 ただ満親らの領地は葛山の北にあるのに対し、戸石は南。
 葛山を手放さないのであれば、十分すぎる条件だ。
 少なくとも、他の者から見れば、景虎の勝ちに見えるだろう。

 景虎は静かに答える。
「・・・・・・少し、待って頂きたい」
 好条件だ。
 だから怪しい。

「村上どのを説くのに、少し時を頂きたい」
 嘘だ。
 義清は景虎に恩義を感じている。
 信濃に出兵した事もそうだが、人質に出した息子を、景虎が養子しに、領地を与えている事に、義清は感激している。
 この条件なら義清も、仕方なし、と諦めてくれるだろうし、無理でも満親らが説得してくれるはずだ。

 だから義清を説得する時では無い。
 この明らかに怪しい和睦の裏を、考える時間が欲しい。

「そうですな・・・・・当然のことです」
 終始笑みを絶やさない雪斎が、分かりました、と頭を下げ、それでは、と出ていく。
「・・・・・・・」
 その後ろ姿を、景虎はジッと見つめる。
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