私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  曽呂利新左衛門

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 越後に戻って二ヶ月ほどすると、約束通り宇佐美定満から使いが来て、景虎は琵琶島に向かった。

「よう来られました」
 定満が笑顔で、出迎えてくれる。
 先客がいた。
 身なりを見るに商人の様だ。色白で小太り、丸顔の男で、年は若い様にも老いている様にも思た。
「この者は曽呂利新左衛門と申します」
 定満が紹介すると、曽呂利です、と男は頭を下げた。
「鞘や鍔などの、拵え物を扱っております」
 そう曽呂利新左衛門は言った。
 てっきり青苧の商いの何かかと景虎は思ったが、そうではないらしい。

「それで・・・・・・?」
 景虎は定満を見る。
 定満が景虎の頼みを断った理由と、この男が何の関係があるのか、景虎には全く分からない。
「この者は拵え物以外にも、商っておるものがございます」
 そう定満が、笑顔で告げる。
「なんでござる?」
 景虎は曽呂利新左衛門の方を向くが、微笑みだけで何も答えない。

「知恵でございます」
 曽呂利ではなく、定満が答える。
「知恵?」
 景虎は眉を寄せた。
「はい、たとえば・・・・」
 定満は顎を撫でる。
「毘沙門天は、天竺ではクベーラと呼ばれ、財貨の神であるとか」
 その言葉に、えっ、と景虎は声を漏らす。
「駿河今川の使僧、太原雪斎和尚が、甲斐の武田大膳に策を授け、越後を狙わせておるなど、その様なものです」
「・・・・・・要は・・・・」
 顔を顰めて曽呂利を一瞥すると、景虎は定満に言う。
「今までのこと、全てこの男の受け売りという事ですか」
 ハハハハッ、と定満は大声で笑う。景虎の言っている意味が分かるのか、曽呂利の方も、くくくっ、と笑っている。


 なんだそう言うことか、と景虎は少し膨れる。
 だがこれで、納得がいく。
「これが拙者の頼みを、聞き入れてくれなかった理由ですか?」
 ええっ、と笑いを止めて定満が頷く。

「ただ二つ、平三どのに言いたいことがございます」
「何でござる?」
 不審な目で景虎が問う。
「一つはまず、それがしに色々な事を教えてくれたのは・・・・」
 定満は、曽呂利の方を見る。
「確かにこの曽呂利新左衛門でございます」
 ですが、と顔を景虎に戻す。
「新左衛門にしてもその知恵は、誰かから聴いた話・・・・」
 ニヤリと不敵な笑みを、定満は浮かべる。新左衛門も黙って頷く。
「つまり世の中の知恵というのは、すべからずみな、受け売りということでございます」
「それは・・・・・そうだが」
 定満の言う通りだが、不満顔を景虎は見せる。

「それにもう一つ・・・」
 不満顔の景虎を放って置いて、定満は話を続ける。
「それがしが平三どのの側に仕え、これはこうした方がよろしゅうございます、と言って、平三どのがよし分かった、とその通り行うのであれば・・・・・」
 顎を逸らし、わざとらしく不遜な顔を定満は作る。
「拙者が国主になった方が早うござる」
「・・・・・・」

 ぐうの音もでない。確かに定満の言う通りだ。
「この二点だけは、ご理解いただきたい」
 ・・・・・・・ああ、分かりましたよ、と景虎は不満顔で頷く。
「己自身で知恵を身につけろ、という事ですな」
「まぁ、そんなところです」
 不遜な顔を止め、再び不敵な笑みを浮かべ、定満は頷く。



「しかしまぁ・・・・」
 しばし間を置き、顎を撫でながら定満が言う。
「知恵と言うのは、見聞きしたからと言って、必ず身に付く訳ではありませぬ」
 その通りだが、今更の台詞でもある。
「見聞きした事を、考える事が大事でござる」
 ふっ、と一つ、定満は笑う。
「平三どのはお父上譲りで、決める事は得意でござる」
 その不敵な笑みが、褒める気でないのを、景虎は察する。
「そしてお父上に似て、考える事はお得意でない」
「・・・・それは申し訳ござらぬなぁ」
 皮肉な笑みを景虎は浮かべる。

「しかし考える事の手解きの様のものは、それがしでもお教えする事が出来るので・・・・・」
 顎を撫でる手を止め、ニヤリと定満は微笑む。
「こちらは隠居の暇な身、何かあればまた、訪ねて来て下さい」
 くくっ、と苦笑し、
「ああ、そうさせて頂きます」
 と景虎は答えた。

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