67 / 167
越中
しおりを挟む
越後に戻った景虎に、また厄介事が舞い込む。
西の隣国、越中の国衆、椎名康胤が、同じく越中国衆、神保長織に攻められたので、助けを求めて来たのだ。
越中の守護は畠山家である。
正しくいうなら、能登と越中は北陸の畠山家の領地なのである。
畠山家は本拠地を能登に置いている為、越中は有力に国衆である椎名家と神保家が、守護代として納めている。
とは言えこの両家、協力して越中を治めているわけではない。
東の松倉に城を構える椎名と、東の富山を拠点にしている神保で、絶えず争っているのだ。
その争いに、隣国越後の守護代である長尾家は、よく巻き込まれる。
大概は椎名と結んで、神保を攻撃する。
景虎の祖父、能景は、長織の父、神保慶宗を討つため出陣し、返り討ちにあっている。
また父の為景が、関東管領上杉顕定に攻められた時、越後から越中に逃げたのだが、その時、頼ったのが康胤の父、慶胤だ。
だから康胤が救援を求める以上、助けないわけにもいかない。
しかし厄介である。
北信濃には武田信玄が攻め込み、従兄弟である高梨政頼からも、何度も救援の使者が来ている。
それに長尾憲景も、関東に攻め込み、北条を討伐しろと言っている。
四方からお呼びがかかっている。
人気者だなわしも・・・・・。
景虎は苦笑する。
別に景虎は、戦さが嫌いなわけではない。
ただ流石に、忙しすぎる。
とは言え、やらないわけにはいかない。
景虎は、武田信玄の様に本拠地の甲斐が貧しいから他国を侵略しようとも、北条氏康の様に関東一円に覇を唱えようとも思わない。
越後一国あれば良い。
なぜなら越後は豊かだからだ。
青苧の商いがあるから、甲斐などと違い、幾らでも富を産むのだ。
だからその青苧の商いを盛んにする為には、越後を平穏にしなければならない。
その為には、近隣を自分に友好的な勢力にする必要がある。
越後は長い国だ。
北は海だが、東は会津、南は信濃と上野、西は越中になる。
会津の蘆名以外、上野の長野業正、北信濃の高梨政頼、東越中の椎名康胤、皆、今のところ友好的な勢力だ。
これを維持する。それが景虎の基本戦略だ。
ではどこから手をつけるか?
越中から手をつける事に、景虎はする。
長尾憲景は出兵するよう催促しているが、上野の長野業正からそれほど言ってこない。
北条を叩くにしても、機が熟していないのだろう。
高梨政頼は悲鳴を上げて、今すぐでも来てほしいと言っているが、相手は戦さ下手の武田信玄。
戦さになれば、景虎が必ず勝つ。と言うより、軍を出せば、どうせ信玄は退く。
急ぐ事は無い。
ここはまず、越中だ。
で、どう攻めるかだ。
景虎は、直江景綱、山吉豊守を呼び、意見を求めた。
「飯野の小四郎さまを、椎名の養子にするという条件で、兵を送ってはいかがでしょうか」
そう景綱が言う。
うむ、と景虎は呟く。
飯野の小四郎とは、景虎の従兄弟の飯野長尾家の長尾景直だ。
気骨のある若者だが部屋住の次男坊で、養子として越後の家々をたらい回しにされている。
椎名康胤には息子がいない。
長尾の姫を送って康胤と婚姻を結ばせるという手もあるが、手頃な姫もいない。
「悪く無いな」
景虎は呟く。
順当な策だ。
おそらく景綱と豊守、そして本庄実乃が話し合って決めたのだろう。
こういう事は、この三人が話し合って決めたことぐらいが丁度良い。
よし、手配してくれ、と二人に命じる。
年が変わると、景虎は越中に攻め込んだ。
神保長織は戦わずに兵を退き、居城の富山城を捨て、主家である畠山を頼って能登に逃げた。
「ご助力、感謝いたします」
松倉城に戻った時、椎名康胤は深く頭を下げた。
四十過ぎの小男で、その痩せた顔はこの男の半生が、中々過酷だったことを物語っている。
椎名右衛門康胤は、早くに父を亡くし、叔父の長常に当主の座を奪われた。
その後、叔父が死ぬと家督を継ぎ、主家である畠山や、隣国の長尾と駆け引きをしながら、仇敵である神保と戦さを続けている。
よくいる国衆といえばそうだが、他の国衆と同じように、大変な人生を送っている。
「小四郎は中々の男」
景虎は笑みを浮かべて告げる。
「倅として頼りになりますよ」
ははっ、とだけ康胤は答える。
長尾の養子を受け入れ、その傘下に入る。
思うところはあるだろう。だが景虎が言うのもなんだが、椎名家を守る為には、仕方のない事だ。
康胤も馬鹿ではない、わかっているはずだ。
そう思い、景虎は景直を置いて、越中を後にする。
西の隣国、越中の国衆、椎名康胤が、同じく越中国衆、神保長織に攻められたので、助けを求めて来たのだ。
越中の守護は畠山家である。
正しくいうなら、能登と越中は北陸の畠山家の領地なのである。
畠山家は本拠地を能登に置いている為、越中は有力に国衆である椎名家と神保家が、守護代として納めている。
とは言えこの両家、協力して越中を治めているわけではない。
東の松倉に城を構える椎名と、東の富山を拠点にしている神保で、絶えず争っているのだ。
その争いに、隣国越後の守護代である長尾家は、よく巻き込まれる。
大概は椎名と結んで、神保を攻撃する。
景虎の祖父、能景は、長織の父、神保慶宗を討つため出陣し、返り討ちにあっている。
また父の為景が、関東管領上杉顕定に攻められた時、越後から越中に逃げたのだが、その時、頼ったのが康胤の父、慶胤だ。
だから康胤が救援を求める以上、助けないわけにもいかない。
しかし厄介である。
北信濃には武田信玄が攻め込み、従兄弟である高梨政頼からも、何度も救援の使者が来ている。
それに長尾憲景も、関東に攻め込み、北条を討伐しろと言っている。
四方からお呼びがかかっている。
人気者だなわしも・・・・・。
景虎は苦笑する。
別に景虎は、戦さが嫌いなわけではない。
ただ流石に、忙しすぎる。
とは言え、やらないわけにはいかない。
景虎は、武田信玄の様に本拠地の甲斐が貧しいから他国を侵略しようとも、北条氏康の様に関東一円に覇を唱えようとも思わない。
越後一国あれば良い。
なぜなら越後は豊かだからだ。
青苧の商いがあるから、甲斐などと違い、幾らでも富を産むのだ。
だからその青苧の商いを盛んにする為には、越後を平穏にしなければならない。
その為には、近隣を自分に友好的な勢力にする必要がある。
越後は長い国だ。
北は海だが、東は会津、南は信濃と上野、西は越中になる。
会津の蘆名以外、上野の長野業正、北信濃の高梨政頼、東越中の椎名康胤、皆、今のところ友好的な勢力だ。
これを維持する。それが景虎の基本戦略だ。
ではどこから手をつけるか?
越中から手をつける事に、景虎はする。
長尾憲景は出兵するよう催促しているが、上野の長野業正からそれほど言ってこない。
北条を叩くにしても、機が熟していないのだろう。
高梨政頼は悲鳴を上げて、今すぐでも来てほしいと言っているが、相手は戦さ下手の武田信玄。
戦さになれば、景虎が必ず勝つ。と言うより、軍を出せば、どうせ信玄は退く。
急ぐ事は無い。
ここはまず、越中だ。
で、どう攻めるかだ。
景虎は、直江景綱、山吉豊守を呼び、意見を求めた。
「飯野の小四郎さまを、椎名の養子にするという条件で、兵を送ってはいかがでしょうか」
そう景綱が言う。
うむ、と景虎は呟く。
飯野の小四郎とは、景虎の従兄弟の飯野長尾家の長尾景直だ。
気骨のある若者だが部屋住の次男坊で、養子として越後の家々をたらい回しにされている。
椎名康胤には息子がいない。
長尾の姫を送って康胤と婚姻を結ばせるという手もあるが、手頃な姫もいない。
「悪く無いな」
景虎は呟く。
順当な策だ。
おそらく景綱と豊守、そして本庄実乃が話し合って決めたのだろう。
こういう事は、この三人が話し合って決めたことぐらいが丁度良い。
よし、手配してくれ、と二人に命じる。
年が変わると、景虎は越中に攻め込んだ。
神保長織は戦わずに兵を退き、居城の富山城を捨て、主家である畠山を頼って能登に逃げた。
「ご助力、感謝いたします」
松倉城に戻った時、椎名康胤は深く頭を下げた。
四十過ぎの小男で、その痩せた顔はこの男の半生が、中々過酷だったことを物語っている。
椎名右衛門康胤は、早くに父を亡くし、叔父の長常に当主の座を奪われた。
その後、叔父が死ぬと家督を継ぎ、主家である畠山や、隣国の長尾と駆け引きをしながら、仇敵である神保と戦さを続けている。
よくいる国衆といえばそうだが、他の国衆と同じように、大変な人生を送っている。
「小四郎は中々の男」
景虎は笑みを浮かべて告げる。
「倅として頼りになりますよ」
ははっ、とだけ康胤は答える。
長尾の養子を受け入れ、その傘下に入る。
思うところはあるだろう。だが景虎が言うのもなんだが、椎名家を守る為には、仕方のない事だ。
康胤も馬鹿ではない、わかっているはずだ。
そう思い、景虎は景直を置いて、越中を後にする。
0
あなたにおすすめの小説
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる