50 / 56
50 学校
しおりを挟む
王都に帰ってきて二ヶ月が経った。
私は診療所でまた働いている。可愛くてグラマーな女の子を先生が気に入って、私の戻る場所がなくなっているんじゃないかと懸念していた。けれど私が戻った途端、来なくなったらしい。使者の人が臨時で連れてきた人だから当然か。
最近は王都でも魔族を見かけることが増えた。ツアー旅行なんかも組まれたりして、言葉がわからなくても、安心で楽しい旅行を堪能できるようだ。
ガマさんも見かけた。魔族の国にしかない食糧を売るお店を王都に出店するようだ。魔族の国の料理も美味しかったから楽しみ。
魔族の国も人間の国も徐々に変わってきている。
でも私は何も変わっていない。
外に出ると、たびたびお城に目を向ける。
近くで見ると圧倒されるほど大きいのに、ここから見るお城はすごく小さい。
これが私とジーンさんの距離なんだ。
住む世界が違うと実感しては悲しくなる。
暗い気持ちを振り払うように、両手で頬を勢いよく叩いた。パチン、と乾いた音が耳に響く。
よし、今日もお仕事を頑張ろう。
診療所は午前中は毎日混んでいた。
病気の人は先生に診察され、私は怪我をした人に治癒魔法をかける。
午後は比較的穏やかだ。
患者がいないため、紅茶を淹れてクッキーをつまみながら先生と話す。
「暇だな」
「診療所が暇なのはいいことです」
忙しいと、それだけ苦しんでいる人が多いということだから。
「このクッキーってアメリアが持ってきたんでしょ? どこの店で買った? めちゃくちゃ美味しいんだけど」
「それは私が作りました」
先生は飲み込むとすぐにもう一枚と、たくさん食べてくれた。弟妹のおやつ用につくったものを少し持ってきたのだけれど、次に作るときはもっとたくさん作ろう。
「アメリアすごいね。めちゃくちゃ美味しいよ。食べるのを止められない」
「また作ってきますね」
「楽しみにしている。もうアメリアは僕と結婚しちゃう?」
先生の言葉に耳を疑う。
言い方もノリも軽い。
「私は先生の好みのグラマーな体型はしていません」
「うん、そうだね」
即座に肯定されて少し落ち込む。自分で言ったんだけど。私だってそのうち成長するかもしれないし。
キリィさんのような凹凸のある体型に憧れる。
頬を膨らませると、先生は目を細めた。
「そうやって自然にしているのがいいよ。何があったか知らないけど」
「私って顔に出るんですか?」
「無理して笑ってるなって思う時がある」
先生に気付かれて目を剥いた。
静かになった診療所内に、扉の軋む音が響く。患者さんだ。
立ち上がってそちらに目を向けて固まった。ジーンさんが立っている。整った顔は、少しやつれたように見えた。
「どうしましたか?」
先生が診察のイスに手を向け、ジーンさんはそこに腰を下ろす。
「ずっと胸が痛くて」
ジーンさんは左胸を押さえる。
なんでここに? 先生は心臓の権威ではない。お城には優秀なお医者さんが揃っているはずなのに。
先生が心臓の音を聞く。
私はジーンさんの容態が気になり、先生の言葉を固唾を飲んで待った。
「心臓は問題なさそうですね」
ホッと息を吐く。それだと、どこが悪いんだろう。
「僕はさ、恋の病なんだよね」
ジーンさんがため息と共に漏らした。
先生は「はぁ?」と片眉を釣り上げる。
「僕を治せるのは、アメリアだけなんだけど」
私を見上げて、ジーンさんは口の端を広げた。
「アメリアの知り合い?」
「あの、ユージーン殿下です」
先生に聞かれ、耳打ちをする。先生は居住まいを正して、手を揉み始めた。
あんなに面倒そうな顔をしていたのに、相変わらず変わり身が早い。
「僕ね、王位継承権を破棄したから、もう殿下じゃないよ」
ジーンさんはなんでもないようなことのように話すけれど、私は理解ができなくてフリーズしてしまう。
先生が「えー!」と驚愕の声を上げて、ハッと我に返る。
「どうしてですか? なんでそんなことを?」
「兄上がいるんだから、元々僕は王にはなる気なんてなかったし。兄上は父上のように優秀だから、国は大丈夫だよ」
ジーンさんの顔は、春の陽射しのように朗らかだ。
「言ったでしょ、僕はしつこいって。アメリアと結婚するためなら、なんでもするよ」
「それって、私のせいですか?」
私が断ったから、ジーンさんに大切なものを捨てさせてしまった。
ジーンさんが私の指を握る。
「きっかけはアメリアだけど、僕は今すごく充実しているんだ。城にいるだけでは知れないことを知っているようで。僕ね、学校を作ってるんだよ」
学校? 子供たちが学べる場所が増えるのは、いいことだと思う。
「素敵ですね」
「僕もそう思ってる。平和条約が結ばれたでしょ。人間と魔族が一緒に勉強できる環境を整えたくて、何度か魔族の国にも行ってるんだよ」
ジーンさんは忙しくて痩せちゃったのかな。でも表情はイキイキとしていて、充実しているという言葉は本心なんだろう。
「本当に素敵です!」
人間と魔族が共存するフィモルの街みたいになるのかな? そんな未来を想像して、顔が緩む。
「それでね、共存するからには、古代語を話せるようになるのがいいと思って。教師にならないかとスカウトしたら、移住を決意してくれた家族がいる。やっぱりネイティブな発音は大事だからね。僕みたいになってしまわないように。僕の発音は僕が下手なだけだけど」
「すごいです! 先生も人間と魔族を雇うんですね」
「そうだよ。それでね、今日の仕事が終わる頃に迎えに来るから、僕についてきてくれる? アメリアの家族には、今日は帰らない、と伝えてあるから安心してくれ」
「え? 困ります」
ジーンさんは狼狽える私に「またね」と手を振った。診療所を出て行く。
今日はジーンさんとお泊まりってこと? 絶対に無理だし、きちんと断ろう。
「王族ってもっと偉そうな方々だと思っていたけど、あんまり僕らと変わらない感じだね」
ずっと黙っていた先生は目を丸くしていた。王様もすごく穏やかな方だし、これも偏見なんだろうな。魔族の時のように。
私は診療所でまた働いている。可愛くてグラマーな女の子を先生が気に入って、私の戻る場所がなくなっているんじゃないかと懸念していた。けれど私が戻った途端、来なくなったらしい。使者の人が臨時で連れてきた人だから当然か。
最近は王都でも魔族を見かけることが増えた。ツアー旅行なんかも組まれたりして、言葉がわからなくても、安心で楽しい旅行を堪能できるようだ。
ガマさんも見かけた。魔族の国にしかない食糧を売るお店を王都に出店するようだ。魔族の国の料理も美味しかったから楽しみ。
魔族の国も人間の国も徐々に変わってきている。
でも私は何も変わっていない。
外に出ると、たびたびお城に目を向ける。
近くで見ると圧倒されるほど大きいのに、ここから見るお城はすごく小さい。
これが私とジーンさんの距離なんだ。
住む世界が違うと実感しては悲しくなる。
暗い気持ちを振り払うように、両手で頬を勢いよく叩いた。パチン、と乾いた音が耳に響く。
よし、今日もお仕事を頑張ろう。
診療所は午前中は毎日混んでいた。
病気の人は先生に診察され、私は怪我をした人に治癒魔法をかける。
午後は比較的穏やかだ。
患者がいないため、紅茶を淹れてクッキーをつまみながら先生と話す。
「暇だな」
「診療所が暇なのはいいことです」
忙しいと、それだけ苦しんでいる人が多いということだから。
「このクッキーってアメリアが持ってきたんでしょ? どこの店で買った? めちゃくちゃ美味しいんだけど」
「それは私が作りました」
先生は飲み込むとすぐにもう一枚と、たくさん食べてくれた。弟妹のおやつ用につくったものを少し持ってきたのだけれど、次に作るときはもっとたくさん作ろう。
「アメリアすごいね。めちゃくちゃ美味しいよ。食べるのを止められない」
「また作ってきますね」
「楽しみにしている。もうアメリアは僕と結婚しちゃう?」
先生の言葉に耳を疑う。
言い方もノリも軽い。
「私は先生の好みのグラマーな体型はしていません」
「うん、そうだね」
即座に肯定されて少し落ち込む。自分で言ったんだけど。私だってそのうち成長するかもしれないし。
キリィさんのような凹凸のある体型に憧れる。
頬を膨らませると、先生は目を細めた。
「そうやって自然にしているのがいいよ。何があったか知らないけど」
「私って顔に出るんですか?」
「無理して笑ってるなって思う時がある」
先生に気付かれて目を剥いた。
静かになった診療所内に、扉の軋む音が響く。患者さんだ。
立ち上がってそちらに目を向けて固まった。ジーンさんが立っている。整った顔は、少しやつれたように見えた。
「どうしましたか?」
先生が診察のイスに手を向け、ジーンさんはそこに腰を下ろす。
「ずっと胸が痛くて」
ジーンさんは左胸を押さえる。
なんでここに? 先生は心臓の権威ではない。お城には優秀なお医者さんが揃っているはずなのに。
先生が心臓の音を聞く。
私はジーンさんの容態が気になり、先生の言葉を固唾を飲んで待った。
「心臓は問題なさそうですね」
ホッと息を吐く。それだと、どこが悪いんだろう。
「僕はさ、恋の病なんだよね」
ジーンさんがため息と共に漏らした。
先生は「はぁ?」と片眉を釣り上げる。
「僕を治せるのは、アメリアだけなんだけど」
私を見上げて、ジーンさんは口の端を広げた。
「アメリアの知り合い?」
「あの、ユージーン殿下です」
先生に聞かれ、耳打ちをする。先生は居住まいを正して、手を揉み始めた。
あんなに面倒そうな顔をしていたのに、相変わらず変わり身が早い。
「僕ね、王位継承権を破棄したから、もう殿下じゃないよ」
ジーンさんはなんでもないようなことのように話すけれど、私は理解ができなくてフリーズしてしまう。
先生が「えー!」と驚愕の声を上げて、ハッと我に返る。
「どうしてですか? なんでそんなことを?」
「兄上がいるんだから、元々僕は王にはなる気なんてなかったし。兄上は父上のように優秀だから、国は大丈夫だよ」
ジーンさんの顔は、春の陽射しのように朗らかだ。
「言ったでしょ、僕はしつこいって。アメリアと結婚するためなら、なんでもするよ」
「それって、私のせいですか?」
私が断ったから、ジーンさんに大切なものを捨てさせてしまった。
ジーンさんが私の指を握る。
「きっかけはアメリアだけど、僕は今すごく充実しているんだ。城にいるだけでは知れないことを知っているようで。僕ね、学校を作ってるんだよ」
学校? 子供たちが学べる場所が増えるのは、いいことだと思う。
「素敵ですね」
「僕もそう思ってる。平和条約が結ばれたでしょ。人間と魔族が一緒に勉強できる環境を整えたくて、何度か魔族の国にも行ってるんだよ」
ジーンさんは忙しくて痩せちゃったのかな。でも表情はイキイキとしていて、充実しているという言葉は本心なんだろう。
「本当に素敵です!」
人間と魔族が共存するフィモルの街みたいになるのかな? そんな未来を想像して、顔が緩む。
「それでね、共存するからには、古代語を話せるようになるのがいいと思って。教師にならないかとスカウトしたら、移住を決意してくれた家族がいる。やっぱりネイティブな発音は大事だからね。僕みたいになってしまわないように。僕の発音は僕が下手なだけだけど」
「すごいです! 先生も人間と魔族を雇うんですね」
「そうだよ。それでね、今日の仕事が終わる頃に迎えに来るから、僕についてきてくれる? アメリアの家族には、今日は帰らない、と伝えてあるから安心してくれ」
「え? 困ります」
ジーンさんは狼狽える私に「またね」と手を振った。診療所を出て行く。
今日はジーンさんとお泊まりってこと? 絶対に無理だし、きちんと断ろう。
「王族ってもっと偉そうな方々だと思っていたけど、あんまり僕らと変わらない感じだね」
ずっと黙っていた先生は目を丸くしていた。王様もすごく穏やかな方だし、これも偏見なんだろうな。魔族の時のように。
0
あなたにおすすめの小説
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる