ギルド《ボンド》

きたじまともみ

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第一章 癒しの矢

8 ボンド

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「樹海の外まで送ります」
「送るって、リオはどうするんだ?」
「僕はドラゴンの討伐に向かいます。ギルドへの依頼なので。ですが、依頼のランクが跳ね上がりました。これは試験の範疇を超えています。他の方も、責任をもってギルド員が外にお連れしているはずです」

 俺はあんなドラゴンとなんて戦えない。逃げられると聞いてホッとするはずなのに、こんなにも不安で押しつぶされそうなのは、リオがドラゴンと戦うと言うからだ。

「リオも逃げろよ」
「できません。僕はボンドの一員なので。僕が行かなければ、それだけ仲間に負担がかかります」

 ルーカスさんの言葉を思い出す。

『自分より仲間を優先するものしかうちにはいらない』

 リオは自分よりも仲間が大切なんだ。そんなリオを俺は一人で行かせられない。
 恐怖で震える手をキツく握る。爪が皮膚に食い込んで、痛みで無理矢理震えを止めた。

「俺も行く」

 力強く告げる。

「どうしてですか?」
「今は俺がリオの相棒だ。そいつを一人で行かせたら、ギルドの信条に反するだろ」
「……決意は固いですか? 命を落とすかも知れないんですよ?」
「リオが守ってくれるんだろ? リオのことは俺が守る」

 リオは目を瞬かせた後、口を横に広げて頬骨を上げた。

「そうですね、それがボンドのギルド員です。カイさんにボンドの理念をお教えします。『他人に厳しく、身内に甘く』です」
「なんだそれ」

 自分に厳しく、なら聞いたことはあるが。

「仲間が第一で、その仲間に危害を加えるのなら容赦はしないってことです」
「物騒な理念だな」
「ギルドなので。ではいきましょうか。戦えますか?」
「ああ」

 恐怖で固まっていた身体からも、力が抜けている。一人ではない、というのはとても心強い。
 ドラゴンへ向かって駆けるが、魔物はいっさい襲いかかってこなかった。ドラゴンに怯えて、隠れているのだろう。

 最短でドラゴンの元に着くと、数人のギルド員がドラゴンの前で談笑をしていた。
 ドラゴンと戦闘を繰り広げていると思ったから、和やかムードに戸惑ってしまう。

「遅くなりました」

 リオが声をかけると、その場にいた全員がこちらを向く。

「今のところ、リオの担当だけだよ」
「そうみたいですね」

 ん? どういうこと?
 なんで目の前にドラゴンがいるのに、楽しそうに笑えるんだ? ドラゴンもいっさい襲ってこないし、戸惑うことしかできない。
 ぞくぞくとギルド員だけが集まってきた。
 最後にチアとマイルズが現れる。

「今回は二人も残ったな」

 そんな声が聞こえ、状況を理解できていない俺とマイルズは、顔を見合わせて眉間に皺を刻む。
 ルーカスさんが手を一度叩くと、全員が口をつぐんだ。

「リオ、お前の担当はどうだ?」

 ルーカスさんに声をかけられ、リオが明るい表情で口を開く。

「カイさんは素早く確実に急所を射る、集中力とコントロールを合わせ持っています。それに『僕がカイさんを守って、カイさんが僕を守る』と言ってくれました。僕はカイさんはボンドに必要な方だと思います」
「そうか、チアはどうだ?」
「マイルズくんは高い身体能力とパワーを兼ね備えており、一振りで魔物を斬り伏せていました。私のことも常に気遣ってくれて、仲間を大切にしてくれる人だと思います」

 マイルズはチアだから常に気にかけていたってのもあるだろう。

「そうか。カイ、マイルズ。ボンドへようこそ」

 ギルド員は歓迎ムードで騒ぎ出すが、目の前で動かないドラゴンが気になって仕方がない。

「あの、このドラゴンは? さっきまですごいプレッシャーだったのに、今は全く感じないですし」
「これは私の魔術だ」

 ルーカスさんが手を上げれば、ドラゴンは跡形もなく消えた。炎をドラゴンの形に変えていたようだ。
 あんなに大きな魔術を顔色ひとつ変えずに出せることから、ルーカスさんの魔力は果てしないほど大きなものだと想像できる。

「いや、でも動けなくなるほどの威圧は?」

 ただの魔法でそんなことできるのだろうか? 魔物だって姿を隠すほどだったんだ。

「ああ、それも私だ」

 ルーカスさんが笑う。すぐに表情を固くした。ルーカスさんの纏う空気に冷や汗が止まらなくなる。

 先ほどドラゴンから感じたプレッシャーが、ルーカスさんのものであるとヒシヒシと感じた。
 すぐにルーカスさんは空気を和らげる。
 俺は息も止めていたようで、喘ぐように空気を吸い込んだ。

「騙すみたいですみません。これが本当の試験だったんです」
「自分より仲間を優先するかを見たかった。君たちはリオとチアを助けようとした。それだけで私たちは、カイとマイルズにボンドへ入ってほしいと思っている」

 リオとルーカスさんがネタバラシをしてくれた。
 俺はここでやっと気を抜けた。大きく息を吐き出す。

「カイくん、マイルズくんよろしくね」

 チアが俺たちと握手をする。結局全員とした。

「帰って歓迎会をしよう。ギルドハウスの食堂でご馳走を用意してくれているから」

 盛り上がっている中、俺とマイルズは拳を握って、手の甲を当てて喜びを分かち合った。




 心を弾ませながら、ボンドのギルドハウスに足を踏み入れる。大勢が集まっていて、俺とマイルズを歓迎してくれた。

 食堂に行くと、肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていて、胸いっぱい吸い込むと腹が鳴る。
 乾杯をして料理を頬張っていると、背中を思いっきり叩かれて喉に詰まらせるかと思った。急いで水をあおる。

 振り返ると、五十代くらいで二メートルはあるのではないかというほど大きな男がいた。大木のような腕が、遠慮なしにまた背を叩く。

「カイとマイルズだな。俺がギルドマスターのバージルだ」

 ギルドマスター? 立ち上がって姿勢を正す。

「カイといいます。よろしくお願いします」
「マイルズです。よろしくお願いします」

 マイルズと同時に頭を下げる。
 楽にしろとバージルさんが豪快に笑った。

「チアとリオの話を聞いて、カイとマイルズはBランクにすることに決めた。ボンドはあんまり厳しくないが、仲間を裏切ることだけはするなよ」

 はい、とマイルズと声を揃える。

「腹が膨れて一通り楽しんだら声をかけてくれ。ボンドの紋章を刻むから」
「すぐにお願いします!」

 ボンドの一員の証に目を輝かせる。

「分かった、ついてこい」

 一際重厚な扉の先は、ギルドマスターの執務室。大きな窓から陽の光が差し、部屋の中は明るい。革張りのソファが、日焼けをして色が薄くなっている。

 バージルさんは引き出しの鍵を開け、ギルドマークのついた石のようなものを取り出す。
 それを肩に押し付けられた。小さな針を当てられたようなわずかな痛みに顔を歪める。離すせば、二重丸の中に歪な星型のマークがくっきりとついていた。
 俺の次はマイルズの肩に押し当てる。マイルズの肩にも同じマークが刻まれた。

「楽しくやろうぜ!」

 歯を見せて笑うバージルさんに、今後のことを相談することにした。

「あの、俺たちはホテルに住んでいます。ギルドに入ったら出なければいけないと聞いたのですが」
「ああ、そうだな。寮に入ってもいいし、住みたいところを自分で探してもいい。自分の家は大事だからな。とりあえず寮に入って、じっくり探してもいいぞ」
「そうするか?」
「そうだな」

 マイルズと頷き合い、寮に入ることに決めた。




 荷物をまとめてギルドハウスに戻ると、寮に連れて行ってくれる。
 寮といってもボンドが管理している集合住宅。一人一部屋で、トイレも風呂もついていた。家具も揃っており、すぐにでも快適に過ごせるようになっている。

「マイルズはどんな部屋を探すんだ?」
「俺は金が貯まったら、チアちゃんの住んでる集合住宅に住みたい」
「チアの住んでるところは高そうだったもんな。俺は道具屋の近くで探してみようかな」
「いいところが見つかるといいな」
「そうだな」

 ギルドの入団試験もあり、今日は疲れた。早くベッドに入り、泥のように眠った。
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