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第二章 無償の愛
37 痩せる薬
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シーナと付き合い始めてから三ヶ月ほどが経った。
ランチの約束をしていたから、依頼を一つこなして道具屋の扉を開いた。
「「いらっしゃいませ」」
シーナとマナがこちらに向かって笑顔を向ける。
俺だとわかると、シーナはさらに顔を輝かせた。俺はその瞬間がたまらなく好きだ。
「カイくん、お仕事お疲れ様。もう少し待っててね」
「急がなくていいよ」
俺が扉を閉めるとすぐに、また勢いよく開いた。子供が転がるように入ってくる。
カウンターにいるシーナとマナに向かって泣きそうな声で叫んだ。
「お母さんを助けてください」
叫ぶと堪えきれなかったのか、涙がとめどなく溢れた。袖口で拭って、涙声で「お願いします」と正面を見据える。
シーナとマナが駆け寄って床に膝をついた。
シーナは子供を落ち着かせるように、優しく声をかける。
「お母さんはどうしたの?」
「倒れて吐いて、苦しがっています」
子供はシーナに震える声で答えた。
「わかった、お母さんを助けたいから、お家に連れて行ってくれる? カイくんごめんね。今日はキャンセルさせて」
「それは全然いいんだけど、俺も行くよ」
倒れたなら医者に運ぶ可能性もあるし、男手があった方がいいだろう。
「ありがとう。マナ、お店は任せるね」
「うん、早く行ってあげて」
俺とシーナは子供の後ろをついて、家まで急ぐ。
ボンドのエリアの端にある、木造アパートの一階の扉を開いた。
リビングのソファの上に、とりこまれた洗濯物が半分ほど畳まれていた。生活感あふれるリビングの奥に、寝室がある。
大きなベッドが一つあり、端の方が膨らんでいた。
子供はそこに駆け寄る。
「お願いします。道具屋の薬がすごく効くと以前聞いたことがあります。お母さんを助けてください」
シーナの店で評判がいいのは、切り傷に塗る薬だ。先ほど聞いた母親の症状には合わない。子供は勘違いをしている。
「ちょっと診せてね」
シーナはベッドの傍に膝をついた。
「聞こえますか? 聞こえたら握ってください」
シーナは母親の手を両手で包む。微かに母親の指が動いた。握ることはできないけれど、反応はある。
母親は顔色も悪く、浅い呼吸を繰り返して、脂汗も滲んでいた。
「お母さんはいつから体調が悪いの?」
「一時間と少し前に、僕はおつかいにいって、三十分後くらいに帰ってきました。その時には悪かったと思います。最初は寝ているだけだと思って、帰ってから僕は洗濯物を畳んでいたら、お母さんが咳き込んで吐きました」
「それまでは元気だったの?」
シーナの言葉に子供は頷く。
「おつかいに行く時は元気でした」
「急にどうしたんだろう。吐き気止めを持ってくることはできるけど……」
「俺、取ってこようか?」
「うん、ありがとう。でもやっぱりお医者様に診せた方がいいかも。少し前まで元気だったのに、急に体調が悪くなるなんておかしいもん」
「ダメ!」
子供が急に叫び、俺とシーナは驚きに目を見張る。礼儀正しかった子供が急に声を荒げたから。
「どうしてお医者様はダメなの?」
「だって、僕がおつかいに行く前に、お母さんは痩せる薬を飲みました。それは医者にもらった薬だから。それが原因かもって医者に行かずに、道具屋に行きました」
医者に痩せる薬をもらった?
俺とシーナは顔を見合わせる。
シーナは「すみません」と断りを入れてから布団を捲った。
母親は全く太っていない。健康的な体型をしている。なんで医者が痩せる薬なんか渡すのだろう、と不思議で仕方がなかった。
「お母さんは太ってないよね。なんでお医者様のところに痩せる薬をもらいに行ったの?」
「痩せる薬をもらいに行ったんじゃありません。お母さんは急に体重が増えたらしくて、それは子供に悪いからって医者が言ってもらってました」
なんで母親の体重が増えたら、子供に悪いんだ? この子の体重が増えるわけじゃないのに。
「……ねぇ、お母さんってお腹に赤ちゃんがいるの?」
子供は頷き、シーナの顔が青ざめる。
子供って、腹の中の子供のことか。母親のお腹が大きくないから気付かなかった。
「妊婦さんに、うちで扱ってる吐き気止めは使えない。……妊婦さんが急に体重が増えるのはよくないけれど、食事や運動で体重管理するのが一般的。どうして痩せる薬なんて渡したんだろう。その痩せる薬を見せてもらってもいい?」
子供が持ってきた薬を受け取り、シーナは表情を消す。
「『サパアセ』って薬なんだね。どうして成分が書いてないのかな?」
「シーナはその薬を知ってるの?」
俺が訊ねれば、シーナは神妙な顔で首を振った。
「私は医学に精通しているわけじゃないから、薬はよく分からない」
薬草に詳しいから、薬もそうだと勝手に思っていた。
「少し前に街に来たお医者さんです。家から近いから、お母さんはその人に診せていました」
「私のところに来てくれてよかった。絶対に助けるから!」
子供はしっかりしている。医者のところではなく、道具屋に助けを求めたのは正解だ。
ランチの約束をしていたから、依頼を一つこなして道具屋の扉を開いた。
「「いらっしゃいませ」」
シーナとマナがこちらに向かって笑顔を向ける。
俺だとわかると、シーナはさらに顔を輝かせた。俺はその瞬間がたまらなく好きだ。
「カイくん、お仕事お疲れ様。もう少し待っててね」
「急がなくていいよ」
俺が扉を閉めるとすぐに、また勢いよく開いた。子供が転がるように入ってくる。
カウンターにいるシーナとマナに向かって泣きそうな声で叫んだ。
「お母さんを助けてください」
叫ぶと堪えきれなかったのか、涙がとめどなく溢れた。袖口で拭って、涙声で「お願いします」と正面を見据える。
シーナとマナが駆け寄って床に膝をついた。
シーナは子供を落ち着かせるように、優しく声をかける。
「お母さんはどうしたの?」
「倒れて吐いて、苦しがっています」
子供はシーナに震える声で答えた。
「わかった、お母さんを助けたいから、お家に連れて行ってくれる? カイくんごめんね。今日はキャンセルさせて」
「それは全然いいんだけど、俺も行くよ」
倒れたなら医者に運ぶ可能性もあるし、男手があった方がいいだろう。
「ありがとう。マナ、お店は任せるね」
「うん、早く行ってあげて」
俺とシーナは子供の後ろをついて、家まで急ぐ。
ボンドのエリアの端にある、木造アパートの一階の扉を開いた。
リビングのソファの上に、とりこまれた洗濯物が半分ほど畳まれていた。生活感あふれるリビングの奥に、寝室がある。
大きなベッドが一つあり、端の方が膨らんでいた。
子供はそこに駆け寄る。
「お願いします。道具屋の薬がすごく効くと以前聞いたことがあります。お母さんを助けてください」
シーナの店で評判がいいのは、切り傷に塗る薬だ。先ほど聞いた母親の症状には合わない。子供は勘違いをしている。
「ちょっと診せてね」
シーナはベッドの傍に膝をついた。
「聞こえますか? 聞こえたら握ってください」
シーナは母親の手を両手で包む。微かに母親の指が動いた。握ることはできないけれど、反応はある。
母親は顔色も悪く、浅い呼吸を繰り返して、脂汗も滲んでいた。
「お母さんはいつから体調が悪いの?」
「一時間と少し前に、僕はおつかいにいって、三十分後くらいに帰ってきました。その時には悪かったと思います。最初は寝ているだけだと思って、帰ってから僕は洗濯物を畳んでいたら、お母さんが咳き込んで吐きました」
「それまでは元気だったの?」
シーナの言葉に子供は頷く。
「おつかいに行く時は元気でした」
「急にどうしたんだろう。吐き気止めを持ってくることはできるけど……」
「俺、取ってこようか?」
「うん、ありがとう。でもやっぱりお医者様に診せた方がいいかも。少し前まで元気だったのに、急に体調が悪くなるなんておかしいもん」
「ダメ!」
子供が急に叫び、俺とシーナは驚きに目を見張る。礼儀正しかった子供が急に声を荒げたから。
「どうしてお医者様はダメなの?」
「だって、僕がおつかいに行く前に、お母さんは痩せる薬を飲みました。それは医者にもらった薬だから。それが原因かもって医者に行かずに、道具屋に行きました」
医者に痩せる薬をもらった?
俺とシーナは顔を見合わせる。
シーナは「すみません」と断りを入れてから布団を捲った。
母親は全く太っていない。健康的な体型をしている。なんで医者が痩せる薬なんか渡すのだろう、と不思議で仕方がなかった。
「お母さんは太ってないよね。なんでお医者様のところに痩せる薬をもらいに行ったの?」
「痩せる薬をもらいに行ったんじゃありません。お母さんは急に体重が増えたらしくて、それは子供に悪いからって医者が言ってもらってました」
なんで母親の体重が増えたら、子供に悪いんだ? この子の体重が増えるわけじゃないのに。
「……ねぇ、お母さんってお腹に赤ちゃんがいるの?」
子供は頷き、シーナの顔が青ざめる。
子供って、腹の中の子供のことか。母親のお腹が大きくないから気付かなかった。
「妊婦さんに、うちで扱ってる吐き気止めは使えない。……妊婦さんが急に体重が増えるのはよくないけれど、食事や運動で体重管理するのが一般的。どうして痩せる薬なんて渡したんだろう。その痩せる薬を見せてもらってもいい?」
子供が持ってきた薬を受け取り、シーナは表情を消す。
「『サパアセ』って薬なんだね。どうして成分が書いてないのかな?」
「シーナはその薬を知ってるの?」
俺が訊ねれば、シーナは神妙な顔で首を振った。
「私は医学に精通しているわけじゃないから、薬はよく分からない」
薬草に詳しいから、薬もそうだと勝手に思っていた。
「少し前に街に来たお医者さんです。家から近いから、お母さんはその人に診せていました」
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