ギルド《ボンド》

きたじまともみ

文字の大きさ
40 / 67
第二章 無償の愛

38 歯がゆい思い

しおりを挟む
「カイくんにお願いがあるの。ボンドのギルドハウスに行って、薬の成分を調べてもらって。それと薬を渡した医者のことを伝えて、信頼のできるお医者様を紹介してあげて欲しいの」
「わかった。バージルさんに頼んでくる」

 俺はシーナから残っている薬を全て受け取った。

「あと、私を家まで運んで。カイくんに任せっきりになってごめんね」

 シーナは母親に覆いかぶさるように抱きついた。

「お願い、治って」

 そう何度も呟き、シーナの体が崩れ落ちる。俺は慌てて抱き止めた。腕の中でシーナは固く目を閉じている。身体から力も抜けていた。

 時の魔術を使ったんだ。母親の時間を戻して、薬を飲む前の身体にしたんだ。母親と子供を助けるために。

「えっ? どうなってるの?」

 母親はベッドの上に座り、困惑の表情を浮かべている。急に体調が良くなったから当然だろう。

「お母さん!」

 子供は泣きじゃくりながら母親に飛びついた。母親は受け止めて子供を抱きしめる。

「よかった、治って。でも、今度はお姉さんが倒れて……」

 子供はシーナを不安そうに見ている。

「シーナは疲れて寝てるだけだから大丈夫。シーナが治したのは内緒にして欲しい」

 俺はシーナをおぶって、家を出た。
 母親を運ぶことになると思ってついて行ったのに、シーナを背負うことになるとは思っていなかった。

 歩いている途中でルルとチアが駆けてきた。
 俺に背負われているシーナを目に留めると、チアが悲鳴のような声を上げる。

「シーナはどうしたの?」

 チアが俺を睨みつける。
 俺はことのあらましを話した。

「チアはどうしてシーナに何かあったってわかったんだ?」
「シーナに何かあったってのはわからないよ。ルルが急に走っていったから、追いかけただけ。ルルはシーナが倒れたって、私に教えようとしてくれたんだね」

 チアはルルを抱き上げて「教えてくれてありがとう」と顎の下を撫でる。ルルは気持ちよさそうに目を細めた。

「俺はシーナを送ってから、ボンドのギルドハウスに行って、バージルさんにこのことを伝えないといけない」
「私がバージルさんに伝えるよ。カイくんはシーナのそばにいてあげて」

 俺はチアに薬を預ける。チアはルルとギルドハウスに向かって走って行った。




 道具屋の扉を肩で押し開ける。カウンターの中にいるマナと、買い物に来ていたマイルズがこちらに丸くした目を向けた。

「お姉ちゃんはどうしたんですか?」
「時の魔術を使った。寝かせたいから部屋に行かせてくれ」
「わかりました」

 マナが道具屋の奥にある階段を先に登る。俺はマイルズに「店番してろ」と言い、マイルズは「俺が?」と戸惑っていた。
 マイルズのことは気にせずシーナを背負ったまま階段を登る。

 マナが部屋のドアを開けて待っていた。
 シーナの部屋は変わらずあまり物がなくて、整えられている。

 マナにシーナの靴を脱がせてもらい、ベッドの上にそっと下ろした。
 マナがシーナを支えて寝転がらせる。
 シーナは穏やかな表情で眠っていた。

「私は下にいるので、カイさんはお姉ちゃんをよろしくお願いします」

 マナは小さく会釈すると、部屋から出ていく。
 俺はイスをベッドのそばに置いて座った。
 まつ毛が影を落とす、シーナの頬を指先で撫でる。

 母親と子供を助けるためだからしょうがないと言えばしょうがないのだけれど、あまり無理をしてほしくない。

 何もできない自分が歯がゆい。頼られたいと思っても、今回俺にできることは何もなかった。
 また数日、シーナは体調を崩すのだろうか。

「俺にできることあったら、なんでも言ってよ」

 静かな部屋に、思ったよりも情けない声が響いた。




 暗くなるまで待ってもシーナは目を覚まさず、俺は帰宅した。

 次の日は早朝に道具屋へ向かうと、シーナは朝食を食べていた。
 てっきりまだ寝ていると思ったから、驚いた。

「体調は?」
「元気だよ!」

 シーナは屈託なく笑う。無理しているようには見えない。

「シーナは本当に元気なのか?」

 マナに聞くと、「はい」と柔らかい顔で頷かれる。

「もう、どうしてマナに聞くの? 私が元気だよって言ったのに」

 シーナは頬を膨らませて拗ねる。
 可愛いな、……じゃなくて、シーナは無理して笑うのが上手いから、マナに聞くのが一番だ。

「リオに時の魔術を使った時は、結構引きずっただろ? だから確認したかった」
「カイさんが帰ってすぐくらいに目を覚ましましたよ。いっぱい食べて、またすぐ寝ましたが、昨日の夜からずっと元気です」
「リオくんの時は時間が経ってたから。昨日のお母さんは一時間くらい巻き戻しただけ。時間が短いほど後を引かないよ」

 子供が早くシーナを呼びにきて、本当によかった。

「カイさんも朝ごはんを食べますか?」
「ありがとう」

 マナに聞かれて、お言葉に甘えることにする。
 シーナの隣に腰掛けると、パンとサラダとスープがテーブルに並んだ。
 美味しく完食して、道具屋を出る。

 シーナは大丈夫そうだし、俺も仕事をしなければ。
 ボンドの寮に戻り、俺の隣の部屋を叩く。
 すぐに扉が開き、マイルズの部屋に上がった。

「依頼受けようぜ」
「いいけど、シーナちゃんの様子を見に行かなくていいのか?」
「もう行ってきた。シーナは大丈夫だ」
「よかった。昨日、ずっと気になって仕方がなかったんだよね」

 マイルズは心底ホッとしたように笑う。
 マイルズの身支度が整うと家を出て、ギルドハウスに向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 サナリア王国は、隣国のガルナズン帝国の使者からの通達により、国家滅亡の危機に陥る。 従属せよ。 これを拒否すれば、戦争である。 追い込まれたサナリアには、超大国との戦いには応じられない。 そこで、サナリアの王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るため。 サナリア王が下した決断は。 第一王子【フュン・メイダルフィア】を人質として送り出す事だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことなんて出来ないだろうと。 王が、帝国の人質として選んだのである。 しかし、この人質がきっかけで、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす。 伝説の英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...