ギルド《ボンド》

きたじまともみ

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第二章 無償の愛

54 誘拐

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 翌朝は日の出と共に起きる。
 畑で野菜を収穫してシャワーを浴び、朝食を食べ終えると家を出た。マイルズの家へシーナを迎えに行くために。

 足早に向かっていると、村人たちが慌ただしく北の出入り口方面に走っていくのが見えた。
 気になって追いかけると、傷だらけになった男が倒れている。養蜂家のヒューさんだ。

 うつ伏せになって、背中には矢が刺さっている。矢には紙も刺さっており、ヒューさんの背中で紙がパタパタと音を立ててたなびいていた。

『娘を返して欲しければ、金品を持って日暮までに北の岩山に来い。来なければ娘を売っぱらって金にする』

 乱雑に書かれた文字に奥歯を噛み締めた。
 医者が駆け寄ってきて「脈が弱くこのままでは危ない」と告げれば、全員が顔を青ざめて息を飲む。

「シーナを連れてくる。シーナは治癒術師だから」

 俺はマイルズの家に全速力で駆ける。
 途中でルルが一目散にこちらに走ってきて、マイルズとチアとシーナがルルを追いかけていた。

「どうした? そんなに慌てて」

 マイルズたちにもなにかあったのだろうか。

「わかんない。ルルがシーナに向かっていっぱい鳴き声を上げて家を出て行ったの。私たちはそれを追いかけてきただけで」

 チアが首を振る。ルルは怪我人がいることをシーナに知らせようとしていたのかもしれない。

「カイこそなにかあったのか?」

 マイルズに聞かれて頷く。

「怪我人がいる。助けて欲しい」

 シーナに頼めば「私が絶対に助ける」と力強い返事をした。
 走って戻り、すぐにシーナがヒューさんの傍に膝をつく。背中の紙を見て、顔を悲痛に歪めた。

「すみません、少し痛いと思いますが、絶対に助けます」

 シーナはヒューさんの耳元で語りかけ、俺に視線を向ける。

「カイくん、矢を抜いて。抜くと同時に治癒術をかけるから」
「わかった」

 背中の矢を掴み、シーナに目を向ける。シーナはヒューさんに手をかざし、いつでもいける、と頷いた。

「抜くからな。頼んだ」

 矢を一気に真上へ引き抜いた。ヒューさんは呻き声を上げ、シーナの治癒術が温かい光でヒューさんを包む。
 傷は塞がり、意識を取り戻して全員がホッと息を吐いた。

「なぁ、コレなに?」

 俺が紙を見せると、ヒューさんは虚な目でそれを捉え、大きく息を呑んで唇を震わせた。

「そうだ、娘を助けに行かないと」

 フラフラとしながら立ち上がり、俺は腕を伸ばして支える。

「無茶しないでください。傷は塞ぎましたが、まだ安静にしていてください」

 治癒術は怪我を治せるが、失った血液などは戻らない。

「なにがあったか教えて欲しい」

 ヒューさんをその場に座らせる。

「娘のイリスに『お姉ちゃんたちにお礼がしたいから、お花を摘みにいこう』と誘われて、北にある花畑に行ったんだ」

 俺とシーナが今日行こうとしていた場所だ。

「お礼ですか?」

 チアが眉を顰めて首を傾ける。
 イリスに会ったことがないから、不可解な面持ちを見せた。

「以前カイとマイルズがいろいろ送ってくれただろ? その時に娘に遊び道具も送ってくれた。それを選んだ子たちだと知って、お礼をしたいと」

 イリスは村にいる唯一の子どもだ。七歳の女の子が好きそうなものをシーナとチアとマナに聞いて送った。
 ヒューさんは下唇を噛んで、耐えるように話を続ける。

「イリスと花を摘んでいると多くの野盗に囲まれた。俺は戦ったけれどすぐにやられて、気付いたらここにいた。早くイリスを助けに行かないと。怖い思いをしている」

 ヒューさんはまた立ちあがろうとするから、俺は肩を押さえて座らせる。

「みんなで助けに行くぞ」
「ああ、絶対に許さない」

 周りの村人たちの士気が上がるが、野盗と戦えばみんなだってタダでは済まない。

「私が助けに行ってきます。みなさんはここでイリスちゃんを待っていてください」

 チアの鋭い目に鳥肌が立った。纏う空気が重苦しい。
 ルーラと殴り合った時とは違い、静かに憤る。

「一人でなんて無理だよ」
「こんなに可愛い子が戦えるのか?」

 村人たちがざわつく。

「チアは俺たちの所属するギルドの四人しかいないSランクなんだ。みんながいると、チアが力を発揮できない」

 チアは火力と範囲で一掃する、超攻撃型の魔術師だ。村人がいれば、巻き込まないように範囲を絞って魔術を放つことになる。

「ちなみにカイとマイルズのランクは?」
「俺たちはB」

 マイルズが答えると、ざわめきが大きくなった。

「まずはどうやってイリスちゃんを野盗から引き剥がすか……」

 イリスが野盗の近くにいては、チアの魔術は使えない。人数が多いなら俺が遠くから射撃しても、数人倒すうちにイリスがやられる。
 考えあぐねいていると、シーナが覚悟を決めたように頷いた。

「私が代わりになる。イリスちゃんと私を人質交換すればいい。私は治癒術が使えるって言えば、高めに売れるって思うはず」
「いや、あぶねーって!」

 俺が止めるけれど、シーナは首を振る。

「私ならチアの魔術に巻き込まれない。私のことは、チアが助けてくれるでしょ」

 シーナはチアの手をギュッと握る。「顔が怖いよ」とシーナが苦笑すれば、チアの肩から力が抜けた。

「チア、私を助けて」
「もう! そんなこと言われたら、止められないじゃん。絶対にイリスちゃんもシーナも助ける」

 チアが力強くシーナの手を握り返した。

「俺とカイも行くから」
「野盗は全員捕まえます。この村に収容所みたいなものはありますか?」
「ここにはない。バルディアの警備隊に頼むしかない」

 村長の家にある通信機で、バルディアの警備隊を呼んでくれることになった。

「すぐに出発しよう」

 イリスを一刻でも早く助けたい。七歳の女の子が一人で野盗に囲まれているんだ。怖いに決まっている。
 ルルがマイルズに飛びつき抱えられると、身体が宙に浮いた。

「ルルはイリスちゃんを助けたら、イリスちゃんを乗せてすぐにこの村に引き返して」

 チアの指示にルルは「ニャ」と胸を張って凛々しく返事をした。
 空を飛び、北の岩山に向かう。

「こんなにのどかな村の近くに野盗がいるなんて…」

 シーナが不安気に眉を寄せる。

「俺たちが住んでいた時には、そんな奴らいなかった」
「最近どこかから移ってきたんだろうな」
「ライハルの人たちが安心して暮らせるように、一人残らず捕える!」

 チアは拳を握って意気込んだ。
 花畑を素通りして、十分ほど飛ぶと岩山が見えた。
 麓の川縁で多くの人影を見つけて、チアに地面へ下ろされる。

「ここからは歩いて行こう。イリスちゃんを助ける前に、魔術が使えるってバレたくない」

 清らかで緩やかな流れの川は、水源として理想的で、野盗たちはここに目をつけたのかもしれない。
 近付くとだんだんはっきりしてくる。二十人はいそうだ。ヒューさん一人では、どうにもならなかっただろう。

 イリスはどこにいる? 目を凝らすと、野盗たちの後ろで膝を抱えて小さくなっているイリスを見つけた。膝に顔を埋めていて表情はわからない。
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