ギルド《ボンド》

きたじまともみ

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第二章 無償の愛

55 救出

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 野盗たちがこちらに気付く。

「止まれ!」

 大声で叫ばれる。
 イリスがビクリとして顔を上げた。泣き腫らして顔が真っ赤だが、見えるところに怪我はない。イリスは俺たちを目に映すと、泣くのを我慢するように下唇を噛んだ。
 俺たちは足を止める。

「金品は持ってきたか?」
「ありません。だからその子と私を交換して、私を売ってください」

 野盗たちからざわめきが起きる。

「ガキを助けるために自分を売る?」

 理解できないというように、野盗たちがせせら笑う。

「その子が助かるなら構いません。私は治癒術が使えます。買い手には困らないと思います」

 野盗たちは治癒術に食いつく。

「そっちの女は何ができる」

 今度はチアに焦点が向いた。

「私はなにもできない」
「なにもできねーのに、なんでそんな偉そうなんだ? 売るのはお前で、治癒術師は俺たちが飼う。二人ともこっちに来い。男どもは武器を捨てろ」

 俺は弓をマイルズは剣を前方に放る。

「女の子がこちらにきたら、私たちがそちらに向かいます」
「ダメだ。お前らが先だ」
「それなら先に私がそっちに行く。女の子がこちらに来たら、もう一人がそっちに向かう」

 チアの提案に野盗たちが渋々頷いた。
 チアが歩き出した。野盗たちに囲まれる。

「女の子を返して」

 大男がイリスを抱き上げてこちらに足を進める。途中で剣と弓を蹴って遠ざけた。
 俺たちの前に立つが、イリスを離そうとはしない。

「治癒術師が向こうに行ったら、ガキを離してやる」

 シーナが奥歯を噛み締めて頷いた。
 シーナが半分ほど進むと、大男が後ろを気にするように目線を逸らした。

 そこを逃さず、マイルズが踏み込んで脇腹に拳で強打する。すかさずよろめく大男の顎に掌底を叩き込んだ。
 俺は落ちそうになったイリスをキャッチした。
 イリスを抱えたまま距離を取る。

「怪我はないか?」

 イリスは目を潤ませながら頷いた。
 ルルが大きくなり、イリスを背中に乗せる。

「すぐ家に帰れるから。しっかり掴まってろ」

 イリスに言い聞かせると、ルルが音もなく駆けて行った。

「なにしてやがる! この女がどうなってもいいのか!」

 野盗がチアに掴みかかる直前で、風の刃がチアの周りを飛び交い、誰も近付けなくなった。

「私に触らないで」

 風が野盗たちを襲う。斬りつけられて、悲鳴や呻き声が響いた。
 野盗の一人が、シーナを捕まえる。
 シーナが顔を顰めて呻いた。
 野盗は盾にするようにシーナの背に隠れる。

「治癒術師がいれば、手出しできないだろう」

 嘲笑う野盗に腹の底から怒りが湧いた。
 俺は足を踏み出すが、ヒヤッとする寒気に体が強張る。
 チアの纏う空気が、氷点下まで下がったような心地だ。

 シーナを盾にしようとしたことに、チアは青筋を立てる。堪忍袋の尾が切れた。

「シーナにも触らないで」

 水がシーナと野盗に怒涛の勢いで向かっていく。シーナだけを避け、野盗を飲み込んだ。
 肩にあるボンドのギルド印のおかげで、仲間には攻撃が当たらない。
 マイルズが大男を圧倒している間に、俺はシーナに駆け寄った。

「大丈夫か?」
「うん、平気だよ」

 シーナの腕には薄らと掴まれた跡が残っていた。ぎりっと奥歯を噛み締める。

「自分を治して」

 腕の跡を見て、シーナが自分に治癒術をかけた。温かな光がシーナに吸い込まれると、跡は綺麗になくなっていた。

 弓と矢を拾い、背中にシーナを庇う。
 チアの風の範囲から逃れた野盗が走っていくのが見えた。

 俺は弓を引いて狙いを定める。矢が野盗の後を追うように飛んでいく。足に刺さり、野盗は地面を転がった。

「カイくん、あっちも!」

 シーナに服の裾をくいくいと引かれた。指を差す方に目を向ける。
 もう一度矢を放つ。ヒュンと鋭い音と共に飛び、こちらも狙い通り足に刺さった。野盗は膝をつく。

 後ろを向くと、マイルズが大男の身体にロープを巻き付けていた。
 自分よりもデカい相手を素手で倒せるまでになっていて驚く。ルーカスさんの指導を受けて、ここまで強くなっていたのか。

 縛り終わったマイルズは大男を転がしたまま、俺たちの横を走り去ってチアに向かっていく。

「チアちゃん、もう決着はついてるよ。ライハルに戻ろう」

 マイルズがチアの肩に手を置く。チアは鋭い視線をマイルズに向けるが、徐々に目から力が抜けていった。
 チアが攻撃をやめた。立っている野盗は一人もいない。

「チア!」

 シーナが叫び、チアに駆け寄る。俺はシーナの後を追った。

「ごめん、怖い思いをさせて」
「大丈夫だよ。チアが助けてくれたもん」

 チアはか細い声を出して俯いた。シーナはチアをギュッと抱きしめる。

「カイ、警備隊に引き渡さなきゃいけないから、手分けをして拘束しよう」

 俺とマイルズは倒れている野盗の手足を縛る。
 意識のあるものに抵抗をされるが、切り傷や打撲が痛み、呻いて地に突っ伏した。チアの魔術の威力が凄まじいと物語っている。

 人数が多いため、全員を縛るだけでも一苦労だ。
 チアが俺たちだけではなく、野盗も全員浮かせた。

「おろせ!」

 全員が叫んで、チアは耳を塞ぐ。

「うるさい」

 空高くまで急浮上させると、野盗たちはおとなしくなつた。

「あの高さは怖いだろーな」
「なに言ってるの? イリスちゃんが怖い思いしたことに比べたら、絶対に落ちないんだから怖くなんてないよ」

 俺の呟きに、チアは眉をぴくりと動かして頬を膨らませた。

「ねぇ、治癒術をかけなくて大丈夫?」
「死なないように手加減してるから。あんなに元気なら必要ないでしょ。警備隊に任せよ」
「手加減してあの威力なのか?」

 チアの発言に耳を疑う。

「人を殺したくないから。火と雷の魔術だと死んじゃうかもしれないでしょ。だから人と戦う時は風と水しか使わないの」

 雷の魔術でファントムのギルドハウスとチュアロの薬の製造場所を瓦礫の山にしていたことを思い出した。人に当たれば即死だろう。

「チアちゃんは大丈夫? 怪我はない?」

 マイルズがチアの手を掬った。チアは反対の手をマイルズの手に重ねる。

「私は怪我はしてないよ。止めてくれてありがとう。やりすぎちゃうところだった」

 シーナがチアとマイルズの甘ったるい空気に顔を真っ赤にして口元を押さえ視線を彷徨わせている。初心な反応が可愛らしくて胸を鷲掴みされた。

 シーナの指を絡めるように握る。
 シーナは驚いたように大きな目をさらに開いた。すぐに柔らかく細める。

「帰ろう」

 マイルズが言うと、浮いた身体が進む。




 ライハルの前で警備隊が待機しており、チアは野盗をゆっくり下ろして引き渡した。

「次この村に手を出したら、徹底的に潰すから」

 連行される野盗たちに、チアが驚くほど低い声を出す。
 ライハルに入ると、村人たちが歓声を上げて喜んでいた。

「イリスは?」
「大きな猫が家まで連れて行ったよ」

 ホッと胸を撫で下ろす。

「ルルはどこにいるんだろう?」
「イリスの家に行ってみよう」

 村の真ん中くらいにあるイリスの家をノックすると、ヒューさんが嗚咽まじりに「ありがとう」と言って家の中に通してくれた。

 リビングのソファで、イリスは泣き疲れたのか眠っていた。小さくなったルルをギュッと抱きしめている。

「ルル、イリスちゃんとずっと一緒にいたの?」

 ルルはイリスを気遣ってか、鳴き声を出さずに小さく頷く。
 ヒューさんがイリスの腕を持ち上げると、ルルがチアに飛びついた。抱っこされると褒めて欲しそうに擦り寄る。

「頑張ったね。お疲れ様」

 チアはルルの顎を撫でた。ルルは気持ちよさそうに目を細める。

「またイリスと礼に向かうから」
「お気になさらないでください。怖い思いをしたはずですし」

 シーナとチアは頭を下げる。
 イリスの家を出て、シーナと顔を見合わせた。

「疲れたよな。花畑は明日行こうか」
「そうだね。今日はのんびりしよう」

 マイルズとチアとは別れて、シーナと手を繋いで歩く。
 ゆっくり散歩をしながら村を案内した。

 途中で会う村人たちに、野菜やミルクやパンをもらった。
 ヒューさんを治したシーナに、みんな感謝をしている。

「いっぱいもらっちゃったね」
「全部美味いから」
「マイルズくんの家でキッチンを借りられたら、明日の花畑にもらった食材でお弁当を作っていくね」
「ありがとう。楽しみにしてる」

 明るいうちにシーナをマイルズの家まで送る。名残惜しく思いながら手を離した。

「また明日」
「うん、またね」

 手を振って別れ、家に帰って夕飯とシャワーを済ませると、明日に備えて早めに眠った。
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