ミスティック・ツアーズ〜転移魔法の旅行会社〜

きたじまともみ

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9 常連客

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「じゃあフィンのことはセレスティアに任せるから、頼んだぞ」
「はい、わかりました」

 オーナーが出ていくと、入れ違いに若い男女が入ってきた。
 私はセレスティアさんとライナスと同時に立ち上がった。少し遅れてフィンが続く。

「いらっしゃいませ」

 私たちが揃ってお辞儀をして、やっぱりフィンは少し遅れて頭を下げた。

「おかけになってください」

 小さく会釈をしてお客様が座ると、私たちも腰を下ろす。

「ご来店ありがとうございます。本日はどのようなご要件でしょうか?」

 フィンは肩に力が入っていそうだが、口元に笑みを浮かべてセレスティアさんの接客を真剣に聞く。

「まだ日にちも決まっていないのですが、相談だけでも大丈夫でしょうか?」
「はい、もちろんです」
「新婚旅行先に迷っていて、行きたい場所を三つに絞ったのですが、そこから全然決まりません」

 セレスティアさんがキラキラと瞳を輝かせて、頬の横で手のひらを合わせる。

「おめでとうございます。忘れられないご旅行のために、お手伝いをさせてください」

 お客様は顔を見合わせて、幸せそうに微笑み合う。

「えっと……ハニーシュガー島とコメットロップとシーリナ・ベイで迷っていて」
「全部素敵な場所ですね。それぞれの魅力をお伝えさせて頂きますね」

 その中だと私はハニーシュガー島にしか行ったことがない。

「まずはシーリナ・ベイについてお話しさせて頂きますね。ここは海底が見えるほど透明度の高い海が特徴のリゾート地です。水中の魚や珊瑚礁もはっきりと見えます。白い砂浜で海を見ながら、美味しい海産物を食べられます。昼間の青い海も、夕日で赤く染められた海もとってもロマンチックですよ」

 セレスティアさんの説明でお客様は顔を輝かせて「シーリナ・ベイにしようか」と相談を始める。

「ステラはハニーシュガー島を、ライナスはコメットロップのご説明をして。私より二人の方が詳しいと思うから」

 フィンが立ち上がり、セレスティアさんの後ろに控える。
 私はフィンの座っていたセレスティアさんの隣に移動した。

「ハニーシュガー島は、お菓子のテーマパーク『リトルパフベール』が人気の島になります。シュガークラフトでできた家や、チョコレートの滝は圧巻です。入場するとお菓子を渡されるのですが、それはお菓子の城の材料なんです。お菓子の城の好きなところに飾り付けをして、来場者全員で大きくするのがとても素敵です。お菓子も美味しくて、特にドーナツがオススメです。揚げているのが嘘のように軽くて、いくらでも食べられそうなほど美味しいです」

 思い出したら頬骨は上がるし、涎が溢れそうになって慌てて口を閉じた。
 久しぶりに行きたいな。孤児院のみんなも連れて行ったら、喜んでくれるかな?

 私はライナスに席を譲るため、自分の席に戻る。
 ライナスが座って丁寧に頭を下げた。

「コメットロップは華やかなハニーシュガー島やシーリナ・ベイとは違い、とても落ち着いた町です。お客様が候補に選んだ理由は星ではないでしょうか? コメットロップは星の降る町です。空気が澄んでいるので、星がはっきりと輝いて見えます。そしてなんといっても流れ星。一時間で100くらいの流れ星を見ることもできるみたいです。とても幻想的で、夢心地の体験ができると思います」

 ライナスも自分の席に戻る。

「えー、どうしよう。全部行きたくなっちゃう」
「そうだね。聞けば聞くほど迷うな」

 お客様が顔を見合わせて、心を弾ませながら悩んでいる。

「帰って検討してもいいですか?」
「はい。またいつでもご相談にいらしてください。素敵な旅行のお手伝いをさせて頂けたら嬉しいです」

 お客様が席を立ち、私たちも立ち上がる。フィンはやっぱり少し遅れた。
 寄り添いながら出ていくお客様に「ありがとうございました」と頭を下げる。
 扉が閉まると、全員で腰を下ろした。

「どうだった? 初めてのお客様は」

 セレスティアさんがフィンに優しく訊ねる。

「相談だけっていうのも、よくあるんですか?」
「ええ。旅行は衣食住のような、絶対に必要なものではないでしょ。高い娯楽だから、頻繁に行けるものでもない。だからこそお客様が納得した上で選んでいただくの。そのために何度もお話しをさせていただくこともあるわ。とくに新婚旅行なんて、人生で一度きりでしょ。忘れられない思い出にして頂きたいもの」

 セレスティアさんは穏やかにフィンに聞かせているのに、なんでライナスが泣きそうになっているんだろう。

 目頭を揉んで「優しさが心に染みる」と呟くライナスに、私は天井を見上げて大きく息を吐いた。

 すぐに扉が開き、三人組の男性が入ってくる。それぞれ剣、弓、杖を装備していた。

「いらっしゃいませ」

 丁寧なお辞儀をするが、剣士は同じ孤児院で育ったレオン・フィルチだから、頭を下げることにいつも違和感を感じている。
 レオンはギルドに所属していて、私がここに就職してから、遠くに行くときは利用してくれる常連客だ。

「いつもご利用ありがとうございます。おかけになってください」

 レオンたちが座ると、みんなが腰を下ろす。
 私はセレスティアさんの後ろから声をかけた。

「ねぇ、レオン。今日は新人に接客をさせてもいい?」

 気心の知れたレオンだから、失敗しても笑って励ましてくれるとわかるし、初めて自分で接客するにはうってつけの相手だ。

「ああ、いいよ。……あれ? 君のこと、何度がギルド本部で見たことあるな。ここに就職したんだね。仕事頑張って」

 レオンはフィンに向かって爽やかに笑う。フィンは私とレオンを交互に見やり、慌てて姿勢を正して「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 私が自分の席に座ると、フィンが口を開く。

「本日はどのようなご用件でしょうか」

 フィンの声は裏返った。
 レオンはふふっと笑い声を漏らして口角を上げる。

「緊張しなくていいよ。今日はルトアリン遺跡への送迎をお願いしたくて」

 セレスティアさんが「こちらに記入して頂いて」と書類をフィンに渡した。

「必要事項のご記入とサインをお願い致します」

 レオンがペンを走らせる間、フィンは大きく息を吐き出す。セレスティアさんが安心させるように「大丈夫よ」と微笑んだ。
 レオンがサインを書くと、同行者の二人も順番にサインをする。

「じゃあステラ、頼むよ」

 レオンに声をかけられて立ち上がる。

「あのさ、もっと美味しいものがあるところに行ってくれない? 遺跡じゃ食べる楽しみがないんだけど」
「ギルドの仕事なんだから仕方ないだろ。頼りにしてんだから」

 レオンが、私の肩に腕を回す。
 ガタリとイスが鳴る音がしてそちらに目を向けると、フィンが中腰の姿勢で目を丸くしていた。

「どうかした?」
「いえ、なんでもありません。お気をつけて」
「そう? 行ってくる」

 フィンは浮かない表情で座る。
 私は店の中心で両手を合わせた。浮かび上がる魔法陣の中にレオンたちが入ると、転移魔法を発動させる。

「ルトアリン遺跡へ」

 魔法陣から光が吹き出して視界が白く染まる。わずかな浮遊感の後、瞼を持ち上げた。

 離島にあるルトアリン遺跡は、巨大な石壁に蔦が絡まり、苔が生い茂っていた。中心にある空高く伸びる塔はひび割れていてる。壊れた石像があちこちに転がっていた。

 ギルドの依頼だから仕方がないけれど、レオンを危険な場所に送り出す時はいつも不安で仕方がない。

「レオン、絶対に帰ってきてね」
「ああ、また五時間後に迎えにきてくれよ」
「わかった。いってらっしゃい」

 レオンは手を振りながら、仲間と遺跡の中に入っていく。
 私はレオンが見えなくなると転移魔法でミスティック・ツアーズに帰る。
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