捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第一章 運命炸動のファーストリープ

2・忘却された記憶

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 メールの詳細を確認すると、自宅にあるパソコンからだった。
 いたずらにしてはふざけている。このタイミングで、この内容。

 家には誰もいない。
 いや、一人だけいた。なので訂正しよう。

《家に、生きている人間は誰もいない》。

 誰かが僕の携帯電話にメールを送る事なんて出来るわけが無いのだ。
 世間で話題になっている遠隔操作ウィルスとやらだろうか。僕のパソコンが感染してしまい、誰かがイタズラを行ったのだろうか。

「いいや、違うね」
 自嘲気味に呟く。
 このメールは、イタズラなんかじゃない。
 このメールは、妹からのメールだ。僕のせいで、命を失った妹の、真帆の。
 彼女はこう言っているのだ。

『私を汚して殺したお兄ちゃん、早く死んでよ』、と。

 先ほどまで感じていた僅かな迷いも既に吹き飛んでいた。

『ねぇ、死んでよ』

 否、突き動かされていた。頭に延々響き続ける、妹の『死ね』と言う声に。

『死んで』

 僕の思考は完全に停止し、

 携帯電話を握りしめ、

『死ね』

 薄汚れた十階建ての雑居ビルの屋上から、

 その身を投げ出し、

『死になさいよ』

 十八年にも満たない人生に、幕を下ろした。


  ■

 痛みは一瞬だった。
 体中の骨が潰れるような音が全身に響き、そのまま命を落としたからだ。
 身体がバウンドして肋骨が内臓を突き破る衝撃、顔面が潰れる感触。

 体中の力が死の暗闇へと吸い込まれて行く感覚が今でも残っている。

 だからこそ、疑問があった。《僕の瞳に映る光景に》。

――何故、どうして。

 僕は、死んだ。間違いなく致命傷だったはずだ。紛う事なき即死だったはずだ。
 頭の中が混乱と疑惑で満たされる。全身が不気味な寒気で覆い尽くされる。

――なのに、なんで。

 どうして、どうして僕は。

《全くの無傷で、自室のパソコンの前に座っているのだ》

 ポスターの一枚もない地味な部屋。あるのはスカスカの本棚と、テレビとパソコンだけ。
 見間違いようもなく、僕の部屋だ。
 だからこそ発狂してしまいそうだった。余りに理解不能な出来事に。
 そして、何より不可解だったのは僕が生きている事でも、無傷な事でも無い。

 目の前に映っている、《文字》だった。

 パソコンのトップ画面に壁紙代わりに設置している時計の《文字》。
 時計には、こう表示されていた。

《10月6日 午前3時30分》、と。

 僕が死んだ時間より、ちょうど十四時間前。
  何故だろうか。パソコンの画面のちらつきが、僕の混乱を見て笑っているように感じた。


 ■


――おう、グーゼンだな。
 偶然でも、出会いたく無かった。お前らなんかに。

――ちょうど良かった、金持ってね?
 持ってないって言ってもむしり取るんだろ。知ってるさ。

――んじゃ、コイツの家に《遊びに》行こうぜ。まだ行った事無かったし。
 やめろ。学校でならまだいい。だけど、家だけは、家族だけには手を出さないでくれ。

――良い家に住んでんじゃん。
――へー。お前、妹いるんだ。へぇー。
 なんだその目は。何を考えている。

――夜澤の妹にしちゃもったいねーな。なあ、コイツ置いて遊びに行こうぜ。
 止めろ、何をしている。嫌がっているじゃないか。真帆はまだ中学生なんだ。

――ざけんなっ! 優しくしてりゃいい気になりやがって!
――黙らせちゃおうぜ。《いつもみたい》にさ。
  おい、止めろ。なんだよ、そのナイフは。他人ヒトの家で何をするつもりなんだよ。なぁ?

――声を出したら、殺しちゃうよ?
 止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ。

「止めろォォォォォォォォォォ!」
 自分の出した大声に驚き、意識が覚醒する。
 同時に襲い来る頭痛と、眩暈、そして寒気と吐き気。身体をびっしりと汗が覆い、シャツが体に張り付いていた。
 どうやら、寝ていたらしい。パソコンの前で突っ伏していたようで、頬がキーボードの形にへこんでいた。

 最悪の目覚め。生まれてこのかた今日以上に不快な朝は無かった。
 頭を振り、パソコンに映る画面を確認する。時刻は十月六日の午前九時。

「……夢?」
  夢だとしたら最悪だ。実の妹が強姦される夢を見るだなんて、反吐が出る。しかも犯人は顔見知りだと言うのだから尚更だ。
「うぷっ」
 夢で見た惨事を思い出し、喉の奥から酸っぱいモノがこみ上げてきた。
 そのまま手元にあったゴミ箱に嘔吐する。
 たっぷりと胃液まで出しきると、幾分か気分はマシになった。

「どうしたの?」
 胃の中のモノをすべて出し切り荒い息を吐いていると、ドアの向こうから少女の声が聞こえた。
 心配する声音。今、一番会いたくない相手。
 妹の真帆のものだった。

「大丈夫だよ、真帆。何でも無い」
「具合が悪かったら、薬持ってくるけど?」
「大丈夫だから!」
 思わず、口調が強くなる。正直、妹の目は直視できそうにない。

「むむぅ。何かあったらすぐ言うように」
 拗ねたような声と共に真帆の足音が遠ざかる。階段を降りる足音。完全に気配が消えたのを確認し、僕は大きく息をついた。
 さっきまでのは夢のはずだ。現実では真帆は元気で、僕も自殺していない。

 だけど、あの夢には《夢には思えないリアル》が満ちていた。

「……って、自殺?」
 夢はやけにリアルだったが、僕は自殺などしていないはずだ。真帆が乱暴をされているシーンで目を覚ましたのだから。

 おかしい。
 何かが、おかしい。けれど、何がおかしいのか分からない。

  夢の中で、僕は当てもなく街をうろうろしていた。
 お金などはない。《奴ら》のせいで手持ちの漫画もゲームも全て売ることになってしまったからだ。
 それでも、部屋に一人きりでいるのに耐えれずに僕は出かけた。

 そして、偶然《奴ら》に出会ってしまったのだ。駅前大通りにあるカフェの前で。

――これ以上考えるな。夢は夢なんだ。
 追憶が最悪のシーンに達する前に頭を切り替える。
 今日は一日家で大人しくしているべきだろう。僕は、リモコンを手に取り、テレビを見ることにした。流れているのは、NHKのニュース。

――夢の中だと、出掛ける前のテレビで変なニュースをやってたんだよな。
 確か、市内で通り魔事件が起き、無残な遺体が発見されたのだ。

「今日午前未明、四季上しきのかみ鷹追川たかおいがわの河川敷で女性の死体が発見されました」
 夢のニュースによると、見つかったのは若い女性の首無し死体。

「女性の首は切断されており、現在警察は――」
「なっ!」

 ぞわり、と背筋を悪寒が走る。まるで、何十何百の虫が足元から這いあがってくるような。

 思わず、テレビの画面を食い入るように見つめる。
 再び、体中から嫌な汗が噴き出していた。祈るように、ニュースキャスターの言葉を待つ。

 僕の記憶では被害者の名前は蓮見ゆき子。二十一歳の大学生。

 ただの夢であって欲しかった。僕の記憶と現実の被害者の名前が一致しないで欲しかった。無意識に指が二十一型の液晶テレビへと食い込む。
 お願いだ。違う名前を、僕の知らない名前を言ってくれ。

 だが、現実は、無情にも。

「ただいま新しい情報が入りました。照合の結果、被害者の名前は蓮見ゆき子さん二十一歳。死亡推定時刻は午前三時半頃と見られており――」


 夢の中で聞いた名前と、全く同じ言葉を僕の耳に届けたのだった。
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