捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

文字の大きさ
7 / 62
第一章 運命炸動のファーストリープ

3・這い寄る恐怖

しおりを挟む

「冗談、だろ?」
 どうして夢の内容と現実が一致するのだ。

《予知夢》と言う単語が脳裏をよぎる。
 にわかに信じられない話だったが、偶然では済まされない一致だった。

 震える指でテレビの電源を落とす。
 今、僕の頭の中は一つの衝動に支配されていた。

 恐怖。

 今、僕を突き動かしている感情は紛れもなく恐怖だ。未知の出来事に、異様な現実に恐怖を感じていたのだ。

――確かめなきゃ。

 僕の身に何が起きているのかを。
 はっきり言って現実味などどこにも存在しない。まだ僕は夢の中にいるのかもしれない。
 何が夢で、何が現実なのかも分からない。だからこそ確かめずにはいられなかった。
 この恐怖から逃れるために。


 びしょ濡れのシャツを脱ぎ棄て、着替える。
 洗濯には後で出せばいい。今はとにかく、街へと出なければならない。

 夢の中で僕は《奴ら》に見つけられたせいで絶望を味わわされた。
 僕の見た者が予知夢ならば、遭遇したのは駅前のカフェの前。
 薄手の白い上着を羽織り、部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。

 妹の心配する声が聞こえたが無視をする事にした。
 とてもじゃないけれど、説明なんてできそうにないから。

 ■
 
  週末の裏通りを、人目を避け走る。
 万が一にも奴らに見つからないように。息が切れる事なんてお構いなしだ。
 今の僕は、ただただ衝動に突き動かされていた。

《真実を確かめなければ、これから先に平穏は絶対に訪れない》と言う強迫観念にも似た衝動に。

 夢の中において、僕は大通りを歩いていたせいで見つかった。
 なので見つからない為には、裏道を駆使して駅に近づかなければならない。
 もし、奴らの目に付けば夢のような惨事になる可能性があったからだ。

「っ!」
 ビルとビルの隙間の狭い路地から大通りを覗きこむと見知った三人組がいた。
 予想通りとはいえ、背筋が凍る。

《奴ら》は常に三人で行動している。
 大人の前では優等生のフリをし、影では悪魔のような行為を働く三人。名前を呼ぶのも忌わしい連中。
 奴らは下品な笑い声を上げ、何かを話していた。

「お前らさー、今から女捕まえに行かね?」
  リーダー格の長髪が口元を歪め、提案する。
「あー、最近溜まってんもんな」
「でも、ちょっとヤバくね? 通り魔事件でケーサツ多いしよ」
  取り巻きの二人が醜く口を歪め、相槌を打つ。
 夢の通りの場所に奴らがいる。

 間違いない。僕が見たのは《予知夢》――

「大丈夫だって。《いつもみたいに》写真撮っちまって口封じすりゃいいんだよ、コレで」

――じゃ、ない。

 長髪男が取り出した手の平サイズのデジカメを見た瞬間、僕の頭の中に電撃が走った。

《僕は、あのカメラを知っている》。

 最悪の瞬間、精神が崩壊するほどおぞましいシーンで見た事を覚えている。

――そう、だ。あれは、夢なんかじゃない。

 忘れたかっただけだ。
 余りに、辛すぎるから、夢だと思おうとしただけだったんだ。

 長髪の持つデジカメを鍵に、心の奥に封じ込めていた記憶が湧き出してくる。
 バラバラだったルービックキューブが瞬く間に色を揃えて行くかのように。
 封を切ったシャンパンが噴き出すかのように。

 過去に体験した音が、色が、声が、絶叫が、絶望が、鮮やかに蘇っていった。



 ■



『妹をヤったのはオメーだかんな、夜澤』
 けだもの達の蹂躙を終えた後、表情を失った裸体の真帆を指差して長髪が僕に語りかけた。

『俺達じゃねぇ。オメーなんだ』
 へたり込む僕に蛇の様な視線を合わせ、ねっとりとした囁きを向ける。だけど長髪の声は僕の耳に入らない。既に僕は、妹と同じように放心状態になっていた。

『納得いかねーってツラぁしてんな。だったらァ分からせてやんよ』
 僕の無言に何を思ったのか、苛立った口調と共に長髪が顔を歪めた。

『コウ、シンヤ、コイツ脱がせろ』
 それでも、僕は言葉が放てない。余りの出来事に思考が完全に麻痺していたから。何も考えたくなかったから。だが……

『おい、命令だ』
 長髪が次に放った言葉。それは外道と呼ぶのも憚れる、悪魔の様な命令。

『お前、妹とヤれ』

 頭をハンマーで殴られたような衝撃。

『そんな、できない。できるワケないだろっ』
 恐怖もお構いなしに大声が溢れた。
 長髪の放った反吐が出るような提案に、眠っていた精神が無理矢理に引きずり起こされたのだ。
 それでも取り巻きの二人はゲタゲタと笑いながら僕のズボンを無理矢理に引き下ろしていく。
 僕の叫びも抵抗も、お構いなしに。

『あー、駄目だわ。ショーゴ。コイツ、フニャフニャだァ』
『じゃあ、指でいいわ。コレで撮るから。あぁ、叫んだらコレで刺すから。声出すなよ』
 喉元にナイフが突きつけられ、僕は抵抗すら封じられる。
 長髪は、干からびたミミズを見るような目で僕を見下ろしていた。

 小さな《デジカメ》を手に。

 そして、取り巻きによって僕の指は真帆の細い太腿へと運ばれ――

――僕の意識は、闇へ落ちた。 



  目を覚ますと、取り返しのつかない光景が広がっていた。
 獣達はもういない。あるのはメチャメチャに倒れた椅子にダイニングテーブル。割れたグラス。

 そして。

《喉を掻き切った妹の死体》。

 真帆は、自ら命を絶っていた。
 夢じゃない。夢なんかじゃない。その証拠に、僕の指は血と精液に塗れ、妹の体の生温かい感覚がどうしようもないくらいに染みついていた。

 だから、僕は、死を選んだ。

 真帆と同じように。この世の絶望から逃げる為に。



 ■



 思い出した。全部、全部。
 あれは夢なんかじゃない。予知夢なんかじゃない。
 あの恐怖が、絶望が、悲鳴が、獣のような笑い声が、夢であるはずが無い。

 妹が自殺したのは僕のせいだ。
 僕が、最後のひと押しをしたのだ。
 実の兄に汚された心の傷に真帆は耐えられなかったのだ。

 そして僕は、死んだ。間違いなく死んだ。自ら命を絶った。近所にあるマンションの屋上から飛び降りたのだ。
 そして、忌わしい記憶を無意識の内に夢と思いこもうとした。

――じゃあ、何で僕は生きてるんだよ。

 地面が骨を砕いた衝撃、骨が内臓に突き刺さった痛み。
 自分の体から《命》そのものが流れ出て行く喪失感を今では克明に思い出す事が出来る。
 ほんの数時間前に体験した事なのだから当然だ。

 もう、何が正しいのか分からない。
 何が現実で、何が夢で、今がいつで、ここがどこで僕は何者なのかすら。

 ただただ、頭が真っ白になっていた。

 今足を踏みしめている地面さえも虚ろに感じる。不安と恐れに支配された僕が取った行動、それは。

 この場から逃げ出す事だった。
 

 ■


 どれだけの時間が経ったのだろう。
 気付けば、日が沈んでいた。今まで何をしていたのかよく覚えていない。体は起きているのに、意識が痺れたように眠っていた。
 頭が真っ白な時間。全てを思い出した直後、僕は意味もなく走り、何者かから隠れていた。

 怖かったのだ。自分自身に起きている現象が。

 今はどことも知れない路地裏。ビルの隙間、廃材の影に隠れて僕は震えていた。
  とてもじゃないが、家には帰れなかった。《あんなこと》をした僕が、妹の顔をまともに見ることが出来る気がしなかった。

――そうだ、真帆は。真帆はどうなってるんだ。

 今さらながらに気付く。《夢》の中で妹は汚され、命を落とした。
 ならば今、今まさにこの時間、彼女はどうなっているのだろうか。
 ポケットから携帯電話を取り出す。時刻を確認。午後六時二十五分。《夢》では、とっくに全てが終わっている時間だ。
 アドレス帳から妹の電話番号を呼び出し、僕はコールボタンを――

――押せなかった。

 もし、妹が電話に出なければ。
 もし、《夢》と同じように蹂躙されていたら。
 そう思うと、どうしても結果を知ることが恐ろしくて指を動かす事ができなかったのだ。

 荒い息と共に液晶画面との睨み合いが続く。

 五秒、

 十秒、

 二十秒。

 その時だった。

 突然、携帯電話が振動し、着信音が鳴り響いたのは。

 余りの驚きに思わず携帯電話を取り落してしまう。
 不意打ちで携帯ケータイが鳴り出したからと言うだけではない。

 何より僕が驚き、そして慄いたのは――

《液晶に映し出された文字》。

 歯ががちがちと音を鳴らす。

 緊張感で、息が苦しくなる。

 額から、背中から、手先からびっしりと汗が噴出し、背筋が凍る。

 手は震え出し、携帯電話を手に取る事さえも困難だった。

 液晶に映し出された文字、見知った名前、それは。


《夜澤真帆》。

 僕の、妹の名前だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...