捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第一章 運命炸動のファーストリープ

4・亡霊の呪詛

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「あ……あぁ……」
 妹の亡霊が僕に電話をかけてきたのではないか。
 根拠のない妄想が思考の全てを支配する。
 余りにも理不尽な出来事が溢れだしそうなほどに襲いかかっていたせいで、僕は正常な思考を失っていた。

 それでも僕は電話を取らなければならない。
 取って、確かめなければならない。
 今にも逃げ出そうとする身体。ジャンキーの中毒症状のように震える腕。全てを歯を食いしばり無理矢理に抑えつけ、携帯電話へと手を伸ばす。

 笑ってしまうほどに大きく振動する指で通話ボタンをプッシュし、耳へと運ぶ。

 直後に聞こえてきた声は――

《奴ら》の呼び出し、ではなく。

 亡霊の呪詛、でもなく。

『やっと出た。具合悪いのに何してんの? もうすぐお母さんたち帰ってくるよ』
 呑気な、妹の肉声だった。
「……は、はは」
 安心とともに全身から力が抜けて行くのを感じる。

『ねぇ。何してんの? ホント大丈夫?』
「大丈夫、すぐ、か、帰るよ」
 真帆の普段と変わりのない声と共に、《奴ら》に、そして僕に汚された時の絶叫が重なり、自然と声が震えた。

 平静を装うだなんて無理な話だった。

「とにかく、今から帰るから。ごめん、心配かけて」
『風邪薬ならあるから、帰ったら飲むように。おーけー?』
「うん、オーケー。約束する」
 言うが早いか通話を切断。これ以上会話を続けられる気がしなかった。それでも、僕の胸は安堵の気持ちで満たされていた。

《夢》の中において、僕は《奴ら》と出会ったせいで最悪の結末が訪れた。
 しかし、《現実》において《奴ら》に見つからなかった事で僕も妹も無事だったということだろうか。

――やっぱり、予知夢?
《奴ら》に出会った場合の未来を僕は予知していた、と考えるのが自然なのかもしれない。
 ただ、一つ気になる事がある。

 それは《夢》の中でのリアリティ。
 実際に体験したかのような現実感。
 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の全てで僕は《夢》の事を覚えている。

 妹を汚した罪悪感も、
 自殺した喪失感も、
 自分に対する無力感も、
 怒りも、絶望も、そして自殺するまでの記憶も。

 妹を汚した指を自らへし折ったこと。
 その後、近所の雑居ビルの屋上でただただ身体を痛め続けたこと。
 自殺しようとしたこと。

 そして、飛び降りる直前に奇妙なメールが送られてきたこと。

『メールを受信しました』
「……!?」
 突如、無機質なメール着信音が鼓膜を震わせた。
 頬を冷たい何かが伝う。自分の汗だと気付いたのは数秒経ってだった。

 そうだ。僕は《夢》の中で奇妙なメールを受信したのだ。
 確か内容は、《リセット条件が飛び降り自殺》だとか、《残り人数が二》だとかそんな内容だったはず。

――リセット……条件、残り……人数。
 瞬間、今までぼんやりとしていた違和感が形を帯びそうになる。
 バラバラだった何かが繋がりそうになる。自分の身に何が起きているのかは未だに分からない。

 ただ、一つだけ予想できる事があった。
 慌てて液晶タッチパネルを操作し、受信したメールを表示させる。
 予想通りだった。《夢》と同じメール。
 ただ、少しだけ僕の記憶と食い違う部分があった。確認のため、もう一度じっくりと液晶を見つめる。

《差出人:夜澤ミライ》《送信日時:2012年 10月6日 17時32分》
《件名:無題》
《本文:リセット条件→心臓への外傷 残り人数:1》

  恐らく《夢》と同じメール。
 ただ、本文に違和感を感じた。

「数字が、減ってる?」
《夢》で見たメールでは数字は《2》を示していたはずだ。
 それに、《リセット条件》の部分も飛び降り自殺ではなくなっている。
 僅かではあるが、確かな違い。もしかして、僕の勘違いなのだろうか。
 あの時の僕は間違いなく正気を失っていた。メールの内容を完全に覚えているとは自信を持って言い切れない。

「いや、違うっ」
 思わず、声が出た。自分自身の閃きに戦慄したせいで。

 僕は、気付いてしまったのだ。

 リセット条件。
 飛び降り自殺。
 書き変わったメール。
 カウントの減った残り人数。
 夢とは思えない現実感。

 僕の中にあった霧のようにぼんやりとした想像が、今確かな形を持ち、繋がりだそうとしていた。

 僕は、予知夢を見た訳でもなければ、死後の世界に辿りついた訳でも無い。
 ここは現実で、僕は正気だ。

 ただ、《それ》は余りにも現実からかけ離れた想像。
 実際に体験した自分でさえ、とてもじゃないが信じる事は出来ない。
 だけど、状況から推測するに《それ》以外の考えは存在しなかった。

《メールに指定された死に方をしたら、時間が巻き戻った》

 残り人数、とはアクションゲームで言う残機数のような物。
 僕は実際に《夢》の絶望を体験し、自殺した。そして、時間が撒き戻った。だから残り人数が減少した。
 リセット条件の部分が書きかわっている事に引っかかりを感じるが、答えは出ない。

 時間を、巻き戻せる。過去を、やり直せる。
 先ほどとは違う意味で背筋に寒気が走った。

「ふふ……ふくく……くくくくくくくく」
 喉の奥から、腹の底から奇妙な声が漏れる。
 恐怖はある。不安もある。誰が何のために僕にメールを送ったのか、疑問だってある。

 ただそれ以上に、僕の体と心には《興奮》が満ち溢れていた。

 そう、僕は《笑っていたのだ》。
 この異常事態に、得体の知れない事象に。自らの得た力に歓喜さえ感じていたのだった。

「やり直せる。やり直せるんだ。《奴ら》のいない未来を、僕がこの手で作り出せるんだ」
 それだけじゃない。残り一度とは言え、時間を巻き戻す事が出来るなら、これからの人生において最強の武器になるではないか。
 
 全身から、力が漲って来るのを感じる。
 湧き立つ活力が自然と僕の足を立ち上がらせる。

 だが、その時。

「うわああああああああああっ」

 朽ちかけた建築物の谷間に――


 男の絶叫が響き渡った。
************************************************
次回更新は火曜日です。
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