捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第一章 運命炸動のファーストリープ

5・進行する衝動

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 ビルの隙間に反響したのは二人分の男の声。
 僕は同じトーンの声を聞いた事がある。
 それも、他ならぬ自分自身の口から。

――恐怖? 恐怖の、悲鳴?
 声はかなり近くから発せられたようだった。何が起きたのかも分からず思わず身構える。

 そもそもここは何処だ。
 記憶が飛んでいるせいでさっぱり分からない。改めて、周囲を見渡す。

 僕が立っているのは、薄汚れたビル群の隙間。
 人気はまったく感じられない。
 恐る恐る開けた道に顔を出す。
 僕の目の前に広がったのは、舗装とは名ばかりの施工をされた殺風景な大通り。建築途中のまま放棄された都市の亡霊。
 
 僕は、ここが何処だか知っていた。地元では有名なスポットだ。

 ここは駅から三キロほど離れた場所にある《再開発地区》。
 十年ほど前、鳴り物入りで始まったはいいが、関係者の度重なる不祥事が明るみに出たため計画が凍結。
 責任者である市長もリコールされたため、開発を続ける予算は下りず、撤去するにも莫大な金がかかる為に半ば放置された我が街自慢のゴーストタウンだ。
 恐らく、僕は無意識に人がいない方へと走り続けた結果、ここに辿りついたのだろう。

 場所は分かったが、問題は何が起きているかだ。
 正直、今の悲鳴は尋常ではなかった。巻き込まれない内に逃げ出したい。

 建物の陰に隠れながらそっと周囲を警戒する。
 周囲にほとんど光源は無い。月と星、そして遠くからの街の明かりだけが頼りの薄闇。

 その薄闇の中を、二つの影が横切った。

 僕の目の前、ほんの二メートル先。
 影の正体は、人間。二人の男の影だった。

――アイツらはっ。

 無意識に歯が食いしばられる。
 慌ただしい足音を立て、荒れた地面を走る二人には見覚えがあった。
 否、忘れようもない面構えだった。

 《奴ら》の一味。取り巻きの二人。

 二人は僕に気付いていないようで、あっという間に闇の中に溶けて行ってしまった。

「……?」
 いくら視界が悪いとは言え不自然だ。
 完全な暗闇でも無いのに二メートル先の僕に気付かないだなんて。

 同時に、一つだけ気になる事があった。
 走り抜ける二人が呟いていた《言葉》。

 あいつらは、間違いなくこう言っていた。


「どうしようどうしようどうしよう。ショーゴが、ショーゴが、ショーゴが……」
「死んだ、死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ殺されちまった」


 ショーゴ。奴らのリーダー格の長髪の名前。

《死んだ?》

 あの男が、死んだ。確かにそう言った。僕の耳は、はっきりと聞いた。それに、《殺された》とも。
 二人が走ってきた方向へと視線が吸い寄せられる。
 広がるのはありとあらゆる暗色の混じり合った闇。

 一体、あの闇の中で何があったと言うのだろうか。
 
 近づいてはいけない、本能があらん限りの音量で警告を放っている。
 危険だ、人が死んでいる。つまり、犯人が近くにいると言う事。
 朝のニュースで目にした通り魔、猟奇殺人犯の可能性だってある。

 それでも、僕は確かめずにはいられなかった。
 僕と、妹の人生をズタズタにした男の死に顔を確かめずにはいられなかった。
 死体を見てどうするかを考えた訳ではない。笑ってやろうと思ったのかもしれないし、ただの怖いもの見たさだったのかもしれない。

 ただ、一つだけ確信があった。
 あの男が死んだことを確かめなければ、僕の心に安息は訪れないと。

 足が一歩、また一歩と闇へと吸い込まれて行く。死神に引き寄せられる亡者のように。
 荒れた地面を踏みしめ少しずつ、だが着実に僕は事件現場へと近づいていくのを感じる。

 数十メートルほど進むと、異変が現れた。

――声?
 人の声だった。それも女のもの。
 声から推測するに、あまり年齢は重ねていないように思えた。

 場所は僕が歩いている大通りから僅かに道を外れたビルとビルの隙間。
 すすり泣くような声は、すぐそばと言っても差し支えないほど近くから聞こえた。

 理屈や論理ではなく、直感が告げる。
 事件現場は、あそこだと。誰も訪れないゴーストタウンの放棄されたビルの路地に死体があるのだと。

 去るか、行くか。

 選択するのは僕だ。僕自身だ。
 これ以上進むのは、常識的に考えて危険以外の何物でもない。
 折角拾った命を再び捨てることになるのかもしれないのだ。

 深く、深呼吸する。退くか、進むか。

 僕の出した答えは、


 進む事だった。


 深い理由などない。
 ただ、勝手に体が動いただけだ。

 ビルの陰から、顔だけを出して声の元を探る。
 真っ暗で、何も見えない。
 足音を殺し、一歩踏み込む。やはり何も見えなかった。

 さらに、一歩。そしてまた一歩と奥へと進む。

 闇はどんどん深くなり、そして――

 何かを、踏んだ。

 固くて、柔らかくて、不快な物を。
 足元を、確認する。何も見えない。

 自然と息が荒くなる。
 何を踏んでしまったのか、僕にはもう予想がついていた。
 心臓の鼓動はどんどん加速し、ドラムロールのような振動を僕の身体に響かせていた。

 泣き声は、近い。もう目の前と言っても良い場所から聞こえる。

 荒い息で携帯電話を取り出し、

 震える手で液晶のライトを足元に向ける。

 案の定。

 僕が踏んでいたのは、《奴ら》のリーダー。

 長髪の男。


 林田章吾ハヤシダショーゴの死体だった。
************************************************
何故、レイプ犯のリーダーである男が死んでいるのか。

次回に続く。
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