捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第一章 運命炸動のファーストリープ

7・決意する愚者

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「噛みついたの」
 少女が、ぽつりとつぶやいた。

「もう、手遅れだったけど。それでも、私噛みついたの。負けたくなかったから、あんな奴らに」
「もういい、分かった。言わなくて、大丈夫だから」
 彼女の説明に、僕は再び恐怖からの震えを起こしていた。

「そしたら、あいつ、怒り狂って、ナイフを取り出して……」
「もういい。いいんだっ!」
 語気が荒くなるのが自分でも分かった。これ以上聞くことには耐えれなかった。

「そしたら揉み合う内にいきなり、力が緩んで。多分、私の手が、こんなに、なったから」
「っ!?」
 少女が僕に向かい左手を突き出す。

 彼女の薬指はすっぱりと抜け落ちていた。

 それだけではない、小指も根元から切り裂かれ、皮一枚でだらりと垂れ下がっている。
 止まらない血、暗黒くらく歪んだ顔。僕は、もはや言葉を放つ事さえできない。

「力が緩んだから押しのけたの。そしたらね――」
 僕のせいだ。彼女がレイプされたのも、殺人犯になってしまったのも。

「刺さっちゃったの。アイツのクビに、グサって」

《僕が、過去を変えてしまったからなのだ。》

「人って、柔らかいんだね。でも、骨って固いんだね。どうしよう。どうしよう」
 僕が昼間に《奴ら》と遭遇しなかった事によって、標的が彼女に移された。
 そのせいで彼女は蹂躙され、そして殺人者になった。
 僕の行為が、一人の罪なき殺人者と、物言わぬ死体を生んだのだ。

「どうしよう。こんな手じゃ結婚指輪もできないし、お兄ちゃんにハンバーグも作れない。そもそも私、もう、人殺、し、だし」
「違うっ!」
 思わず、叫んでいた。このまま放っておけば、間違いなく彼女は自らの意志で死を選ぶ。
 直感で分かった。僕も、妹も同じだったから。

「君は悪くない。被害者だ、被害者なんだ!」
「アンタは何も分かってないっ。ただ私を見つけただけのアンタに!」
 機械のスイッチが入ったかのように、突如少女の体が跳ね上がった。
 勢いのまま、彼女は右手を伸ばし、死体の喉に突き刺さっているナイフを引き抜く。
 死体の喉から、おびただしい量の血が流れ出し、屈みこんでいた僕のズボンを血で濡らした。

「私のっ、気持ちなんてっ、分かる訳が――」
「分かるさっ!」
 血で濡れたナイフが彼女の喉元へと迫った。
 僕の不安通り、彼女は死ぬつもりだったのだ。

 だが、彼女が自らに突き刺そうとしたナイフが目的を達する事は無かった。

 何故なら、ナイフが刺さったのは彼女の喉ではなく、

《僕の手のひら》だったから。

「分、かるんだよ。僕には、君の気持が。僕は、君と同じだから」
 激痛に呻きながら、僕は声を絞り出す。間一髪間に合ったようだ。
 彼女にナイフが刺さる直前、僕は腕を伸ばしてナイフの軌道を逸らそうとしたのだ。
 生憎、逸らすまではいかず、ナイフを手に食い込ませることになってしまったが。

「なんで、なんでよ。なんでそこまでするの?」
 彼女の問いに、僕は答えられなかった。

 その代わりに口から出てきたのは、彼女を励ます言葉。

「どうにか、どうにかしてみせる。だから、まだ死のうとなんて考えないで」
  足元を、見下ろす。
 僕の目に映るのは、ぼんやりと周囲を照らす携帯電話の明かり。光源代わりに置きっぱなしにしていたのだ。

「一つだけ、方法がある」
 携帯電話は、先ほどと同じメール画面を映し出していた。

《リセット条件:心臓への外傷 残り人数:1》と。

 こんな現実、あってはいけない。やり直さなくちゃいけない。

 そう、僕は。
 再び死ぬつもりだった。

「すぐ戻るから、待ってて」
 少女に言いのこし、立ち上がる。
「行か、ないで」
「大丈夫、すぐ戻るよ」
 大丈夫しか言えない自分の無能さに歯噛みしながら、血に濡れた地面を踏み、歩く。

 不安はある。
 もしあの《夢》がただの予知夢だったら。
 もし、リセットなんてものが僕の妄想だったら、僕はただ死ぬだけだ。この暗い廃墟モドキに死体が一つ増えるだけだ。

  実は、それでも構わなかった。

 正直に言おう。

 僕は、心の奥底ではただ逃げたいだけなのだ。
 この辛い現実から、罪の意識から逃げ出したいだけなのだ。

 死ぬことによってリセットできれば御の字。もし、ただ死ぬだけでも僕はこの重圧から解放される。
 少女から数メートル離れた場所で、手に刺さったナイフを思い切り引き抜いた。
 だらだらと血が溢れだし、気持ちの悪い音と共に地面を濡らす。

 喉の奥から沸き上がる悲鳴。必死に歯を食いしばって我慢。
 獣のような唸り声がビルの谷間に反響する。

「はぁ……はぁ……」
 そっと、ナイフを自分の胸に押し当てる。理科室の人体模型で見た心臓の位置なら覚えている。
 しかし、果たして一発で刺し貫く事は出来るだろうか。胸骨が邪魔をしないだろうか、間違って肺に突き刺さらないだろうか。

――見捨てちまいなよ。
 心の底から、誰かの声がした。

――あんな知らないガキ、死んでも関係無いじゃないか。林田はもう死んだんだ。放っておけば、僕の学校生活は平和になるんだよ?
 僕の声だった。僕の中の、悪魔のささやきだった。
 声の通り、頭を失ったグループは瓦解するだろう。もしかしたら、今回の事件のせいで残った二人も学校から追放されるかもしれない。

――あと、一回しか使えないんだよ? こんなとんでもない力を見知らぬ他人の為に使うだなんて……

「黙れよ」
 荒い息で、悪魔に向かって吐き捨てる。
 僕は《奴ら》とは違う。自分の罪を押しつけて、平和な日常を謳歌するなんてまっぴらだ。

――はんっ。じゃあ、死んじゃえよ。僕はもう、知らないから。
 言われなくてもそうするつもりだよ。
 僕は目を閉じ、息を止め、自分自身の胸にナイフをあてがった。
 少しずつ滑らせ、骨の隙間を探り当てる。

 出来れば苦しみたくないから。一発で《仕留め》たいから。

 やがて意を決し、

 僕は自分自身の胸へと、

 ナイフを突き立てた。
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