12 / 62
第一章 運命炸動のファーストリープ
8・再来する絶望
しおりを挟む最初に感じたのは痛み。皮膚を引き裂き、骨の隙間へとナイフが滑り込んでいく感触。
今まで感じた事もないような激痛だった。
現実の時間にすれば一瞬だと言うのに、僕の中では何秒にも何分にも感じられる。
骨と筋肉をえぐりながら刃が心臓へと到達すると、痛みは痺れへと変わった。
最悪な事に、まだ意識がある。人間、そう簡単には死ねないらしい。
全身を痺れが覆い尽くし、身体は急激に冷えていく。
刃は熱いのに、体は冷たい。
命が流れて行く感覚、闇が覆い尽くしていく不快感。
冷たい喪失、終わりの始まり。
やがて、僕の意識は闇に包まれて。
■
気付けば、僕は自分の部屋にいた。
前回と同じ、自室のパソコンの前。
デスクトップに大きく映っているのは《10月6日 午前3時30分》の文字。
僕の記憶が確かならば、前回と全く同じ時間だった。つまり……
――成功、した?
同時に、確信する。最初に見た《夢》は予知夢などではなく、現実の物だったと。
妹が汚された事も、僕が死んだことも。そして、全てが《無かったこと》になったことも。
携帯電話を確認する。例のメールはまだ来ていない。《リセット条件》のメールが届いたのはいつだったろうか。
そもそも、《残機数》を使いきった僕にメールは届くのだろうか。
余りに色々な事が起き過ぎたせいでよく覚えていなかった。
事件が起きるまで十二時間以上あるはず。
それでも僕は既に焦っていた。
僕と奴らが出会えば妹が汚され、出会わなければ見知らぬ少女が殺人者となる。
つまり、僕は奴らと出会うことなく彼女――クギョウアカリ――を救わなければならないのだ。
僕の持つアドバンテージは未来を知っていること。
彼女が《どこ》で連れ去られ、どこに連れて行かれたかを知っていることだ。
逆に、問題は《いつ》なのか分からない事。
僕が彼女を発見した時には全て終わっていた後だったからだ。
《奴ら》に気付かれずに彼女を守る方法。
力ずくは不可能だ。僕の腕力では絶対に適わないし、奴らがクラスメイトである以上報復から逃れるすべは無い。
少女に危機を知らせる事も論外。当人である僕が夢だと思っていた事を他人が信じられる訳が無い。
どうする。どうすればいい。どうすれば彼女を救えるのだろうか。
ただただ、思考する。奴らの行動を、自分が成すべきことを。完璧な行動を。
どれだけの時間が経っただろうか。僕の頭に一つの閃きが舞い降りた。
「……これなら、行けるかも」
危険はあるが、至ってシンプルな方法に思わず笑みが浮かぶ。
どうして僕はこんな《当たり前》の事に気付くことに時間を費やしたのだろうか。自分の頭の悪さにうんざりする。
僕が思いついた行為そのものは単純だったが、達成にはいくつかの下準備が必要だった。
必要な情報を引き出す為、目の前のパソコンに語句を打ちこむ。
――くくっ。
「……ん?」
微かな、違和感。今、笑い声がしたような。それも、パソコンのスピーカーから。
同時に、誰かに見られている様な不快な感覚。
「ただの、ノイズ。だよな」
自分に舞い降りた不思議な力の事もあり、微かな不安を抱く。
「気のせい、気のせい」
自分に言い聞かせるように、わざと口に出して否定。
ようやく下準備を終えた頃には、朝日が昇りきり、僕の顔を明るく照らしていた。
そして何故か、
僕が部屋を出るまでの間、視線が途絶える事も、無かった。
■
僕が深夜に調べていたのは、駅前の詳細な地図だった。
最寄り駅である天野丘駅は普段から利用する場所ではあるが、細い道や店舗の一つ一つとなると意外と知らないことが多い。
僕は知っておく必要があったのだ。理由は簡単、《奴らを尾行するため》だ。
見つかれば、かなりの高確率で奴らは金をせしめようと僕の家に乗り込むだろう。
三人に僕の家を知られるわけにはいかなかった。妹に外出を促したとは言え、家を知られてしまえば、いつかは遭遇するだろうからだ。
その先に待っているのは一番最初の《死》で味わった絶望しかない。
見つからずに尾行をし、彼女がさらわれた瞬間に警察へと通報する。
それも、ただの通報では無い。事件現場を先回りして知らせるのだ。
《少女が男たちに暴行されようとしている》と。
完璧な手段に思えた。
これ以上の物は正直、僕の頭では思い浮かばない。
そして僕は今、奴らの視界の外、植え込みの影にあるベンチから三人組の様子を覗っていた。
時刻は昼過ぎ。奴らはカフェの前にしゃがみこみ、何かを喋っている。
距離は二十メートルほど離している為、何を喋っているかは当然聞き取れないし興味もない。
――このまま何時間か粘れば勝ちだ。
逆に、見つかれば全てが水の泡。駆け巡る緊張感。既に手先は痺れ、胸が疼くように高鳴っている。
それでも、自分の心臓にナイフを突き立てた時よりは何万倍もマシな気分だった。
――頼む。動くな。動かないでくれ。
見つかればアウトだが、僕が奴らを見失う事も許されなかった。
彼女がさらわれたのは駅前大通りと言う所までは分かっている。だが、それでも大通りはかなり広い。
人通りも車通りも土曜日となれば膨れ上がる。一度見失えば、再び探し出すまでにはかなりの時間を必要とするだろうし、見つかる危険も跳ね上がる。
――車通り?
ふと、とんでもないことに気付く。取り返しのつかない見落とし、とてつもない誤算に。
僕は、見落としていた。奴らが車を持っていることを。
――まずいっ。
もし車に乗られたら……!
僕に追いかける手段は無い。駅に来るまでに乗って来た自転車は人目につかない路地裏に止めてある。
そもそも、自転車で車に追いつけるわけが無い。
いつもそうだ。僕は肝心な時に詰めを誤る。
後悔が胸を支配すると同時に、リーダーの長髪が立ち上がった。
取り巻きの二人も長髪の後に続く。
――お願いだ。車にだけは乗らないでくれ。
慌てて立ち上がり、追跡を始める。
しかし、僕の願いとは裏腹に三人が向かった先は、駅の近くのコインパーキングだった。
考えてみれば当然だ。用事もないのに駅の近くに三時間も四時間も長居するわけがない。
きっと、ドライブでも楽しんだ後に、彼女を襲う事を決めたのだろう。
どうする。どうすればいい。
考えれば考えるほどパニックが頭に広がって行く。
事件が起きるまで、恐らくあと三時間から五時間はあるはずだ。
《奴ら》は駅前に戻ってくる。だが、天野丘駅の利用客数は週末ともなれば万に近いはずだ。
この人混みの中で、いつ現れるかもしれない三人を探し出すのは不可能に近かった。
――もう、リセットは出来ない。
心の奥底から、ひたひたと何かが迫ってくるのを感じる。
この感覚を、僕は知っている。
《絶望》だ。
この数十時間で何度も味わった《絶望》の感覚だ。
途端に、震えが僕の体を襲った。
《奴ら》の車にエンジンがかかり、駐車場を飛び出て行く。
体は、動かない。
僕はただ、間抜けな面構えで見送ることしか出来なかった。
――どう、しよう。
自分自身の闘志がどんどん抜け落ちて行くのを感じる。
無駄だった。全部無駄だったんだ。
朝まで地図を下調べした事も、僕が死んだことも、何もかも無駄だったんだ。
僕にはもう、追跡を続けるどころか、立ち上がる気力さえも残っていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる