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第一章 運命炸動のファーストリープ
9・ちっぽけな勇者
しおりを挟む僅かな西日さえもビルが遮る闇の中、九行あかりは恐怖に震えていた。
「大人しくしてりゃあスグ終わるさ。チョットばかし写真は撮らせてもらうがよ」
長髪の男が、手のひらサイズのデジカメをちらつかせる。
どうしてこうなったのか、あかりには全く理解できなかった。
本当なら今頃は一カ月ぶりに兄に会い、夕食の準備をしていたはずなのだ。
なのに、現実に彼女がいるのは、人気のないビルの隙間。
三人の男に囲まれ、ナイフを突き付けられて動けずにいる。
口はガムテープで塞がれ、声も出す事は出来ない。
最も、声が出せた所で誰か来るとは思えなかったが。
「おい、脱がせろ」
長髪の命令で、後ろに控えていた二人が下卑た笑みを浮かべ、あかりのスカートへとゆっくり手を伸ばしていく。
「……っ!」
不快な触感が腰部に走ったのは一瞬だった。
そのまま一瞬で引き摺り下ろされ、あかりの下着があらわになる。
「乱暴にすんなバカ。証拠が残るだろうが」
「へへっ。悪ィ悪いィ」
げらげらと笑う男達の声は明かりの耳に届かない。ただ、涙だけが後から後から溢れて来た。
この世の全てが憎かった。恐ろしかった。
どうしていつも自分ばかりが貧乏くじを引くのだろうか。
シャッター音と共にカメラのフラッシュがあかりの目を焼く。
――もう、終わりだ。私は、もう終わりなんだ。
この世界にヒーローはいない。
警察も、大人も、友達も役には立たない。
母のいない喪失感も、一人ぼっちの寂しさも、目の前の危機さえも誰も救ってくれないのだ。
男の腕が、あかりのシャツをまくり上げ、ブラジャーを引っ掴む。
その時だった。
「こっちです! こっちで、女の子が!」
必死に叫ぶ男の声が彼女の鼓膜を震わせた。
「やべっ」
「どうすんだよオイ!」
「うるせぇっ、逃げろ!」
声に反応し、我先にと三人がお互いを押しのけ、逃げ出す。
勿論、あかりを置いて。
視界はゼロだったが、男たちが遠ざかって行くのは足音で分かった。
「よ、良かった」
三人が経ち去った後、疲れ切った男の声が聞こえた。
「ねぇ、大丈夫?」
そろり、そろりと男の声が近づいてくる。
先ほどの三人の様な粗野な声ではなく、どこか子供っぽさの残る、優しい声だった。
やがて、男の気配が目の前に達し、彼女の視界に光が戻った。携帯電話のライトだ。
「よかった。間に、あっ――」
男が、目を逸らす。きっと、スカートをはぎ取られたあかりの姿を見てしまったからだろう。
彼の声には、羞恥と気まずさが同居していた。
彼女自身も、自分が今どんな姿であるのかに気付き、恥ずかしさで被っていた帽子を思い切りずり下げる。
「あ、あのさ。後ろ見てるから、服、着なよ」
男は、あかりよりは年上だろう。
酷い猫背。伸ばしっぱなしの髪の毛。野暮ったい顔つき。
黒を基調とした地味な服装。
彼女の基準からすれば、冴えない男以外の何物でもない。
だが今の彼女には、目の前の気まずそうな表情の男が、まるでテレビに出てくるヒーローのように見えたのだった。
■
彼女に背を向けたまま屈みこみ、疲労と緊張のせいで乱れた呼吸を整える。
どうにか、間に合った。
彼女を救う事が出来た。
安堵のため息が肺の奥から深く漏れる。
絶望した僕を立ち直らせたのは、一通のメールだった。
例のリセット条件のメールでは無い。
だけど、僕のパソコンから送られたもの。
《送信者:夜澤ミライ》
《件名:なし》
《本文:落ち着け。まだ時間はある。
考えろ、きっと方法はあるから》
メールを読んだ瞬間、僕の頭に閃きが宿った。
二行のメールが、崩れ落ちた僕をどうにか立ち上がらせてくれたのだ。
《奴ら》は車でどこかに行ってしまった。
もう、追いかけるすべは無い。
だがもう一つ、僕は誘拐現場を知る方法を知っていたのだ。
《クギョウ・アカリはゲームセンターの対戦ゲームで連勝していた》
彼女の口から直接聞いた、間違いの無い事実。
おそらく、ゲームで時間を潰し、スーパーで買い物を終えた直後に事件は起きた。
ならば、彼女はゲームセンターにいるはずだ。
昨晩の時点で天野丘駅周辺の地理は調べつくしていた。
そして、周辺に対戦ゲームを置いているゲームセンターは一件しか無い。
あとは、簡単な話だった。
彼女を尾行し、声をかけられた時点で警察に通報する。
《再開発地区に女の子が連れ込まれた。暴行されようとしている》と。
ただ、もう一つの誤算は《事件発生時に僕が再開発地区のどこにいたのか分かっていない事》だった。
余りの混乱と、場所を確認する前に自殺した為、間抜けにも細かい位置の確認を怠っていたのだ。
お陰で、警察は間に合わず、僕が一芝居うつことになってしまった。
まだ、心臓がばくばく鳴っているのが自分でもわかる。
「ははっ。実は、一人なんだよね。けど、通報はしたから。もうすぐ警察も来るよ」
全力で自転車を漕ぎ、虚ろな記憶を頼りに走りまわっている内に《奴ら》の白い乗用車を発見する事が出来た。
ならば近くにいるはずだと、大声を出したのだ。
一か八かの賭けだったが、僕は勝つ事が出来たようだった。
後は警察の到着を待って、彼女の保護を頼むだけだ。
「何もされてない?」
背中を向けたまま、声をかける。上ずった声なのが自分でもわかった。
それでも、僕の胸を満たすのはたっぷりの満足感。
僕は、やり遂げたのだ。彼女を救う事が出来たのだ。
生まれてこの方感じた事のない充足感と達成感が僕の気分を高揚させる。
――しかし。
「……別に」
少女の声には感情が無かった。
状況を見るに、乱暴をされはしたが取り返しのつかない所までは行っていないはずだ。
彼女が強姦され、林田が死ぬとと言う最悪の結果は間違いなく回避できている。
なのに、どうして彼女の様子はおかしいのだろうか。
首を傾げる僕に向けられた少女の返事は、あまりにも予想外の物だった。
「別に、大丈夫だったし。助けなんか、無くたって」
「へ?」
「私一人でも大丈夫だったって言ってんのっ。あんな奴ら、あんなサイテーの奴ら、私一人で、一人で!」
次第に強くなる語気に思わず振り返る。
帽子を深くかぶっているせいで表情は読めない。
だが、どう言う訳か少女は僕を睨んでいるように見えた。
今の彼女の様子からは《取り消した過去》の絶望は微塵も感じられない。
もし、僕がもう少し大人ならば理解できたいたのだろう。
辱められ、恐ろしい目に遭わされた彼女がパニックになり、支離滅裂な言葉を放っているだけだった事に。
ただ、僕には余りにも子供だった。
みっともない事に、僕の頭の中に浮かんだのは《せっかく助けたのに、なんて態度だよ》と言う不満だったのだ。
「僕は……」
無意識だった。
喉の奥から勝手に言葉が漏れて行く。抑える事は出来なかった。
興奮していたのもある。
充足感に水を差されたのもある。
万能感に酔っていたのもある。
それらを差し引いても、次に僕の放った言葉は、余りにも愚かとしか言いようのないものだった。
「過去を……!」
駄目だ。言っちゃ駄目だ。
言え。教えてやれ。僕がどれだけ苦しい思いをして助けたのかを。
言え。言うな。言っちゃ駄目だ。
相反する感情がぶつかり合った結果、僕は――
「過去を変えてまで君を助けたんだぞ。何だよその態度!」
――とんでもない事を口走っていた。
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