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第一章 運命炸動のファーストリープ
10・変わる死因
しおりを挟む「過去? あ、あんた、何言ってんの」
少女が不審げな目つきでも僕を睨みつけた。
それでも、一度口から洩れた言葉が引っ込む事は無かった。
次から次へと溢れだしてくる。
「僕が過去を変えなきゃ、君はあいつらにメチャクチャにされてたんだよ! 三人に、繰り返し繰り返し犯されて、写真まで撮られてたんだ!」
少女は、呆気に取られているようだった。
ただ、今の僕にはそれさえも癇に障った。
僕の頭に残っているのは、絶望に染まった妹と、そして彼女自身の《取り消した過去》での表情。目の前の少女の言い草は、二人の苦しみを馬鹿にしているように思えたからだ。
勿論、全て僕の気のせいだ。くだらない妄想でしか無い。
それでも、感情的になった僕は、自分自身の行動を抑える事が出来なかった。
「それだけじゃない。君は、奴らの一人と揉み合ってるうちに、殺してしまうんだよっ。分かるかい? 僕は過去を変えた。そして君がレイプされようとしたのを助けた! いいや、それだけじゃない。君が人殺しになることからさえも救ったんだよ!」
胸の中に嫌な気持ちが湧き上がってくる。
自己嫌悪。
彼女が《奴ら》に狙われたのは僕のせいだ。
彼女を救ったのは、僕の自己満足の為だ。
決して感謝されたくて行った訳ではない。
だと言うのに、僕の放った言葉は、言い訳しようもなく押しつけがましい物だった。
「過去を、変えた? ば、馬鹿じゃないの?」
「君の名前は《クギョウ・アカリ》。年齢は十四歳」
ぴしり、と指差し宣言する。彼女の目が見開かれるのが気配で分かった。
「あ、あんたもアイツらの仲間なの。ずっと私に乱暴しようと狙ってたのね。だ、だから私の名前のも知ってるってワケ?」
「君には、大学生の兄がいる。今日は実家に帰ってくる兄の為にハンバーグを作ろうとしていた」
「な、何で」
少女の顔が青ざめて行くのが、見るまでもなく感じ取れた。
「何で知ってるかって? 君の口から聞いたからだよ。尊厳を踏みにじられ、人を刺し殺し、この路地で蹲る君から。絶望の表情で今にも自殺してしまいそうな君自身から!」
絶叫するかのように言い放ち、そして気付く。
こんな行為に意味なんか無い事に。
どうせ、信じられないだろう。それに、信じる必要もない。
きっと、僕は誰かに聞いてもらいたかっただけなのだ。
異常な事態の連続に精神が耐えれず、今日出会ったばかりの少女に、後腐れが無さそうな相手に話してみたかっただけなのだ。
「……冗談だよ。今言ったのは全部デタラメ」
「ま、待って。どう言う事、どう言う事なの?」
「だから、全部デタラメだよ。適当な事言っただけ。当たってたとしてもただの偶然さ」
「だから待って。デタラメだったら名前なんて――」
「待たねぇよ」
男の声が、少女の言葉を遮った。
僕の物では無い。全く別の場所から聞こえてきた声だ。
「隠れてやり過ごしてりゃ、ケーサツなんて来ねぇじゃねーか。ナメた真似しやがって」
「ブッ殺してやる。ツラぁ見せやがれ!」
声は闇の奥、路地の向こうから聞こえてくる。
先ほど逃げたはずの《奴ら》の物だった。
不幸中の幸いと言うのだろうか。光が弱いせいで僕の正体に気づいていないようだった。
――逃げろ!
理性が警告を放つ。
だが、僕の足は動いてくれなかった。
《奴ら》の悪魔のように歪んだ表情が、妹の悲鳴が、脳裏に蘇ったせいで。
「動くんじゃねぇぞ。オレらをナメた事、絶対ぇに後悔させてやるかんな」
――逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
終わりだ。全部、終わりだ。
僕がやって来た事全ては、無駄だったんだ。
このまま、僕は見つかり、今までの行為は全て台無しになる。
《取り消した過去》で味わった絶望が二つ重ねで襲いかかってくるのは想像に難く無かった。
今、僕がやるべきは逃げる事。
逃げて、助けを呼ぶこと。
だけど、僕の足は動かない。
逃げ出すどころか、立ち上がる事も出来ない。
声を出そうにも、喉は震えず、身体が石にでもなってしまったかのようだった。
だが――
「助けて! お願い! 誰かっ!」
少女は、《クギョウアカリ》は違った。
彼女は危険も顧みず、敢えて大声を出したのだ。
「動くな!」「そこで何をしているっ!」
直後に聞こえたのは自転車が倒れる音。大人の男の声。
数秒も経たずに警察官と思しき男の気配が現れた。懐中電灯の光が僕の背中から《奴ら》を照らす。
気付けば、パトカーのサイレンもこの場所へと近づいてきているようだった。
「やべぇっ逃げろ! 今度はマジだ!」
「待てっ。動くな!」
一人が《奴ら》を追い、もう一人が僕らへと歩み寄ってくる。振り返って確認すると、予想通り制服警官だった。
「もう大丈夫だ。何があったのか、話してくれるかい?」
優しい口調。逞しい腕を見て認識する。僕たちは助かったのだ。
ふと、少女の方を見る。彼女は、薄い微笑みを浮かべていた。
「私、耳がいいの。今度は私が助ける番だったね」
自転車を漕ぐ音を聞きとり、大声を出したということだろうか。
何とも掴みどころのない少女だった。
怯えて震えていると思えば、今みたいに肝が据わった行動も取る。
――気が強いって言うか、強すぎるって言うか。
「あ、ありがとう」
本心からの言葉。
ヒーローのように格好よくとは行かないが、僕は目的を達成する事が出来た。
今度こそ、本当の意味で。
「通報したのは、僕です」
サイレンの音が近付いてくる中、警察官に向けて言葉を放つ。
犯人の名前も学校も分かっているのだ。後は僕が証言すれば《奴ら》は法の裁きを受ける。
もう、学校にもいられない。
平穏な日常が僕に訪れるのだ。
しかし――
この数秒後。僕は自分の認識の甘さを思い知らされることになる。
僕に平穏な日常は訪れない。
これは、始まりだったのだ。
異常と絶望に彩られた、狂った日々の、始まりでしかなかったのだ。
「彼女が車に連れ込まれるのを見て――」
警察官へ説明を始めた僕の言葉が遮られた。
突然鳴り響いた、耳を引き裂くような音によって。
ありったけの金属板を、馬鹿でかいツメで引っ掻いたような音。
聞き慣れては無いが、聞き覚えのある音。
――車の、ブレーキ音?
直後、とてつもない重音が周囲を走り抜けた。
爆発でも起きたかのような衝撃。今まで聞いた事もない様な爆音。
「……!?」
警官、少女、そして僕が同時に声にならない声を上げる。
聞こえたのは、衝突音だった。
コンクリートが砕ける音、金属がひしゃげる音、ガラスが砕ける音。全てが混じり合った異様な不協和音。
まるで、急発進した車がコントロールを失い、ビルに衝突した様な音。
「ここを動かないで」
警察官が僕たちに警告し、音の方へと飛び出していく。
嫌な予感がした。
言葉にならない、例えようもない嫌な予感。
体は、動かない。
今、何が起きたのか確かめたい気持ちはあった。
だが、やはり僕の体は動かなかった。
薄闇の中に遺されたのは、僕ら二人だけ。
口を開く事も出来ず、ただ時間だけが過ぎて行く。
「今の、あいつららの車かも」
少女が、無機質な声で呟く。彼女の言葉を裏付けるかのように、遠くから男の叫ぶ声が聞こえてきた。
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《やっぱり》と言う――
どこか場違いな感慨だけだった。
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