捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第五章 倫理無用のリベンジアクション

1・僕が取り戻したもの

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 胸が、締めつけられる。手先に、痺れが走る。今、自分自身が何処で何をしているのかさえもが曖昧になってくる。
 目を閉じ、深く息を吸う。冷たい風が喉を突きぬけ、肺へと流れ込んでいく。来週にはもう十二月に入るのだから当然だ。

 ここは、人に溢れた木曜日の天野丘商店街。時刻は、夕刻。
 狭い車道は車とバイクがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、レンガ色の歩道を老若男女問わず様々な人々が行き交っている。駆けまわる子供、仲睦まじいカップル、退屈そうな表情で歩く手ぶらの男。

 僕は群衆の中の、どの顔とも違った。

「どうしたの? たこ焼きの中にタコじゃなくてナマコが入ってたみたいな顔して」
「どんな顔なのさソレ」
  後ろからかけられた甲高い声に言い返す。聞き慣れた声だった。
「えーっと、そんな顔」
  振り返ると、色白の少女が悪戯っぽく笑っていた。
 淡いさくら色のセーターの上に羽織られた白いダウンジャケット。モノトーンを基調としたスカートから伸びる、黒タイツに包まれたすらりとした足。

「見てみたら? 映ってるよ」
 トレードマークの帽子から生えた猫耳状の突起を揺らしながら、少女が真っ直ぐに目の前のガラス戸を指さす。
 言われるがままに指し示された方向を見ると、なるほど、地味な服装をした間抜けなツラの男が映っているではないか。

「ミライさん。何か様子がおかしいよ。今日は止めておく?」
「いや、大丈夫。予約取ってくれたんだし、行くよ」
  男――僕の顔は、緊張感と羞恥心に支配されていた。ただ、緊張の理由を彼女――九行あかりに伝える訳には行かない。
 この僕が、生まれて初めて踏み入れる場所に、《美容院》を前にしてビビっているだなんて、彼女に知られる訳には《死んでも》知られてはならなかった。
 もし、僕がチャットソフトを起動していたら、家でぐうたらしているもう一人の友人から茶化す言葉が飛んできていることだろう。

 ちなみに、お金に関しては問題無い。
 父の口座に返したお金を引いてなお、十万円近い現金が僕の手元にあった。
 僕の腰が引けているのはカット四千円の看板ではなく、店の雰囲気だ。

 阿呆面を晒した僕の向こうに見えるのは、見るからにオシャレそうな美容師達。
 誰も彼もが僕とは別次元のセンスのいい衣類に身を包み、どうやっているのかよく分からないけれどスタイリッシュな髪形をきっちりとセットしていた。
 地味野郎のイメチェンだなんて笑われないだろうか。身の程知らずと心の中で謗られないだろうか。
 そもそも、僕のオシャレに対しての語彙そのものが頭が悪すぎると嗤われるのではないだろうか。

 不安が恐怖を呼び、恐怖が被害妄想を膨らませていく。
  これほど恐怖したのは、一カ月ほど前に九行さんが死んで以来だった。

 意を決して、扉を睨む。

 大丈夫、僕の精神は成長したんだ。成長して、《エクステンド》だってしたんだ。

――本当にそうなのか?

 結局、何も変わっていないように思える。
 だって、一人の少女を救ったはずのちっぽけな英雄は、初めて入る美容院にも恐れおののくほどのヘタレ男なのだ。

「大丈夫なら、早く行こ? 予約の時間過ぎちゃうよ」
 僕の先へと進み、ドアを開ける九行さん。結局のところ、僕に出来る事は覚悟を決める事だけだった。

――大丈夫、上手く行くさ。

 腹筋に力を込め、決意を新たに拳を握りしめ、僕は生まれて初めての美容院へと足を踏み入れるのだった。

 ■

 魔界に足を踏み入れてから一時間後。場所は変わって、天野丘駅近くのいつものカフェ。
「どう、気に入った?」
「何か、慣れないって言うか……」
 シャギーだの遊ばせるだの、流す感じにだの、異世界の技術と言語で構築された髪を軽くいじり口ごもる。
 まだ、羞恥は残っている。理由は分からない。だけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 だけど――

「でも、悪くないね」
「でしょ? 似合ってるよ」
 席に面した窓ガラスに映った自分は、口角を上げていた。多分、気に入っているのだ。
 実際、喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言ったもので、調子に乗った僕はこの髪形を維持する為の整髪料ワツクスまで購入していたのだし。

「ありがとう、九行さん」
「お礼を言うのは私の方だよ。お世話になりっぱなしで。何にもお返しできてない」
「お返しなら、ゲームソフトを貸してくれたじゃないか」
「うぅ、そんなのお礼になる訳無いし」
 シロップの入ったポットを手に取り、アイスティーに注ぎ込みながら、彼女が顔を伏せむくれる。

「いいんだよそれで」
 生きてくれただけで僕は満足だ。
「それに、面白かったし」
 雑談の中で、九行さんが目を輝かせて話していたゲーム。
 退院した後、携帯機ごと借りたそれに僕はのめりこみ、いつのまにか随分とプレイしていたのだ。

「むー。いつか絶対にお礼するんだから。それで、どこまで進んだの?」
「一応、クリアはしたよ。でも、選択肢次第で本当のエンディングってのに辿りつけるって聞いて今、試してるとこ」
「分岐点でセーブしてれば簡単に見れるよ?」
「僕がセーブしたの、そこより先だったんだよ。だから、最初からやり直し」
「あはっ。《ゲームあるある》だ」
 重要な隠し要素や、死ぬはずのキャラクターの生存条件を満たす為のシーンに気付かずにセーブしてしまうと言うのはよくある事らしい。
 僕は計らずとも多くのゲーマー達と同じ轍をふんでしまっていたようだ。

「まぁ、のんびりやるよ。ところでさ」
 他愛もない会話。何でも無い雑談が続く中、実は先程から僕は《異常》を感知していた。
 伝えるべきか、伝えないべきかずっと迷っている異常だ。
 もしかしたら、ただ単に告げるタイミングを逃していただけなのかもしれない。
 それでも、いつかは彼女自身も気付くだろうと放っておいたのだが、いい加減教えなければいけないだろう。

 その異常とは。

「シロップ、空になってるよ」
「あっ……」
  彼女の手は、先程からシロップをグラスへと注いだままだったのだ。
 既にポットは空になり、グラスには並々と液体が満ちている。
 一瞬、眉をひそめた後にグラスを口元へと運んでみるが、すぐに「あまぁー」と口を離してしまった。当然である。

「新しいの頼もうか」
「ううん。いらない」
 きっぱりと言い放つ彼女の表情は、決意に満ちたものだった。
 食べ物を粗末にしない、と言う人としての尊厳に満ちた立派な決意だ。って、さすがに無理だろ。
 再び一口だけ飲んでから顔をしかめると、彼女は深いため息をついた。

「ねぇ、ミライさん。《死の引き金デッドトリガー》って、何なのかな」
「どうしたのさ、突然」
「私の死の引き金ははミライさんのロト6と、兄さんの借金だったんでしょ。そんな事が原因で、私が死んじゃうなんて。
 だったら、今シロップを入れ忘れたのも《死の引き金》になっちゃうんじゃないかって、時々不安になるの」

 考えすぎだよ。と思いたいが、一蹴する訳には行かなかった。
 僕も同じような不安を抱えているからだ。事件に巻き込まれて人が死ぬだなんて稀なことだ。それでも、人は死ぬ。嫌と言うほど味わった、味わわされた。
 とは言っても退院してからのひと月、何事も起こっていない。変化と言えば林田の取り巻き二人が逮捕、起訴された責任を取って担任がどこか別の学校に行ったくらいだ。変わりに副担任の愛沢が今の担任になっている。

 平穏で、平和な日々。
 それでも僕は、何が起きても良いようにと周囲を警戒してしまう。

《次のリセット条件を、僕に満たせる訳がないと言うのに》。

「大丈夫。あんな事件は、もう起きない」
 僕に出来るのは、気休めの言葉を口にする事だけ。
 情けない事この上なかった。ただ、そんな僕の根拠のない慰めでさえも、彼女は笑顔で返してくれるのだ。

「ありがと」と。
 胸が、暖かくなる。自然と、頬が緩む。
 神様がいるのなら感謝しよう。僕に悪魔の力を与えてくれた事を。

――しかし。

 僕はすぐに後悔する事になる。

《真実》に触れる物語が、これから始まる事で。
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