捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第五章 倫理無用のリベンジアクション

2・僕から奪うもの

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今日だけの特別サービス。二回更新。
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 帰り道。僕は人生最大の危機に直面していた。今度は冗談やギャグでは無い。

 本物の、危機だ。

「なあ、何でお前があの女と一緒にいるワケ?」
  僕の胸ぐらを掴んだ男が煙草臭さの混じった息を吐きつけながら、僕に問いかける。
「ケーサツにチクったのって、オメーじゃねーのか? オイ。ケータイも着拒してるしよ」
 もう一人の男が、周囲に気を配りながらどすの利いた声で質問を投げかける。
 油断していた。まさか、《奴ら》が自由になっているだなんて。
 目の前にいるのは、九行さんを襲った三人組の生き残りだった。

 逃げ場は無い。そして、周囲に人もいない。
 天野丘駅は大きな駅ではあるが、十分ほど歩いた住宅街は、一本路地に入ってしまえば人気が無くなってしまう。
 僕は、その隙間を突かれた。マンションとマンションの隙間。街灯の遠い光だけが視界を照らす、人がすれ違える程度の細い道へと引きずり込まれたのだ。

「……何でもう出てきてるんだよ。カメラなんて証拠だってあったのに」
  口にして、後悔する。僕の悪癖だ。黙っていればいいのに、感情的になるとどうしても余計な一言を喋ってしまう。
「やっぱテメェか。だけど残念だったなァ。カメラなんか最初からなかったんだよ」
  カメラなんて無かった? どう言う意味だ。一体、何が起きているのだ。

 奴らはカメラで被害者たちを撮影していた。その中には間違いなく、加害者の誰かも一緒に映っている事は想像に難くは無いのだ。

 カメラが無い。証拠がない。証拠。証拠隠滅。

――まさか、こいつら。証拠を隠して、

 救いようのない答えに辿りつこうとした瞬間、僕の思考が中断される。

 鳩尾に強烈な一撃をくらった事で。

 咳き込み、涎が口元を伝い、胸を掴んでいる男の手を汚す。それさえも《奴ら》の生き残り、僕を拘束する男――三下みつしたシンヤの気に障ったようだ。

「汚ぇンだよクソがっ。パシリ虫がナメた口聞くんじゃねーよ。つか、何? そのアタマ。虫がカッコつけて、マジできめぇんだけど。死ねよマジで」
 喉の奥が熱くなり、掻き毟りたくなる。きめぇ。気持ち悪い。一番、堪える言葉だ。それでも、僕は何も言えずに、ただ三下を睨むだけだった。
「ンだよ、その目は。オメーのせいでショーゴが死んだんだよ。オメーのせいで!」
 胸倉を掴まれ、そのまま塀へと押しつけられる。
 喉から潰れるのは、潰れた悲鳴。

 確かに僕は林田を見捨てた。だけど、あいつが死んだのはただの自業自得だ。劣悪なレイプ犯罪などに手を染めなければ死ぬことなどなかったのだ。

 言い返してやりたかった。
 真帆を自殺に追い込んだお前が、僕に責任を求めるのかと。九行さんの虚ろな瞳を見てなお、同じ事が言えるのかと。

「何とか言えよ、この人殺し!」
 三下の強烈な足払いを受け、平衡感覚を失う。そのまま背中から狭い地面へと叩きつけられる。息が、出来ない。言い返したい。文句を言ってやりたい。

 だけど、出来なかった。

 痛いだけでは無い。苦しいだけでは無い。ただ、単純に、

――怖かった。

 震えが止まらなかった、身をすくませることしか出来なかった。理不尽な暴力に対して、奴らの怒りと復讐に燃えた狂気の光に対して。
《リセット条件》を満たす為に自分を傷つける事とは全く違う感覚、剥き出しの凶暴な感情に対して、僕は全くの無力だった。

「顔は止めろよ。今度捕まったらマジでやべーんだから」
 呼吸もできず、地面をのたうつ僕に向かい、見張りをしている男が半笑いで口を開く。
「けどよ、コウ。ショーゴのカタキだぜ。ゼッテー許せねーよ」
 殺されるかもしれない。本気でそう感じさせる口ぶりだった。

「バカ、捕まったら復讐できねーだろ。コイツには俺らが味わった苦しみと悲しみを一万倍にして返してやらなきゃいけねーんだよ」
  見張りの男、山田コウジがつかつかと歩み寄り、僕の脇腹へと蹴りを叩きこむ。まるでボールを蹴るかのように無造作さだった。

 間違いない。こいつらは、僕を人間として見ていない。

 人間ではないから、何をしても構わないのだ。
 金を奪おうが、妹をレイプしようが、暴力を振ろうが、殺そうが。

「まずは学校だ。月曜から行くんじゃねーぞ。見張ってっからな? もし見かけたらブッ殺す」
 山田が、腹部の一番柔らかい部分を踏みにじりながら口元を歪めた。
 ここまでされても口を開けない自分自身に情けなささえも感じてしまう。
 電車に飛び込む方が、自分の体に火をつける方が、斧で腕を切断する方が遥かに勇気が必要なことだろうに、僕は惨めったらしく地面にへばりついていることしか出来なかった。
 刷り込まれた恐怖が、本能が、僕から抵抗する気持ちを奪っていたのだ。

 人は、痛みに耐える事は出来ても恐怖を克服する事は難しい。
 だが、暴力はいつか終わりを迎える。それまでただ耐えればいいだけだ。少なくとも、痛みだけならば僕は耐える事は出来る。
 一カ月前とは違うのだ。暴行した二人を警察に訴える程度の意思は持っているつもりだ。せいぜい良い気になっていればいい。終わった時が、お前たちの最後だ。

 しかし、そうはいかなかった。
 《奴ら》は僕が思っている異常に邪悪で、狡猾で、悪辣だったのだ。

三下シンヤ。俺が見張ってっから財布取れ。家も押えとくぞ」
  身が、縮んだ。山田が口にしたのは、悪魔の発想。

「もし、誰かに言えば家族が無事に済まないぞ」と言う脅迫。

 三下が上着のポケットに手を突っ込んでくる。身体は、動いてくれない。なのに、脳裏には真帆の絶望に沈んだ瞳が、真っ赤に染まった死顔だけがただ流れ続ける。

 嫌だ。怖い。もうあんな思いはしたくない。動かない。痛い。苦しい。

 心中で叫び声を上げる中、三下の手が僕の財布を開くのが見えた。

――もしかして、これがまた真帆の《死の引き金》に?

 それだけではない。もしかしたら父も、母も巻き込まれるかもしれないのだ。
 最悪の想像。起こりうる中で最低の現実。

「やっぱコイツ、この辺に住んでるっぽいぜ」
「写メっとけ。あと、アレだ。ショーゴが死んだからシューギだっけ? 貰っとけよ」
 馬鹿が。死んだ人間に出すのは祝儀じゃない。香典だ。そんな事も知らないのか。
 痺れる体を起こし抵抗しようとするが、踏みつけられた身体は動いてくれない。ただただ、掠れた喘ぎ声が漏れるだけだった。

 どうしようもない。僕にはもう、何も出来そうになかった。

「ンだよ。三千円しかねーよ。クソが」
「明日までに五万用意しろ。分かったか? トモダチの為の罪滅ぼしなんだからソレくらいできるよなァ? あとアレだ。電話通じなかったら家まで追い込みかけっからな」
 友達? 死んだ林田のことを言っているのか? 死人をダシに金をせびるとは、何とも素敵な友人関係だ。
  涙を浮かべ身体を震わす僕を鼻で笑い、三下が携帯電話のカメラに保険証を近づける。

  瞬くフラッシュ。響き渡るシャッター音。
 取り返しのつかない所まで行きついてしまった確信が胸を支配して行く。

 しかし。

「誰だっ!」
「ざけんなっ、クソがっ!」
 一瞬、何が起きたのかが分からなかった。どうしてこいつらは慌てているのだ。
 疑問はすぐに氷解した。遠くなって行く誰かの足音と、奴らの怒り狂う様子が教えてくれた。
 第三者が、僕が暴行されている現場をカメラに収めたのだ。
 僕の予想は的中していたようで、狼狽する二人は何やら喚き散らし、路地から飛び出していく。既に僕など眼中にないようだった。

「……ちく、しょう」
  独り取り残された僕に、夕暮れ時の風が吹きつける。嫌になるくらい、冷たかった。体と心に痛みが鈍く走り、鼻孔を涙と鼻水の臭いだけが支配する。
 瞼が、熱い。僕は、無力なままだった。
 成長しただとか、エクステンドとか、錆ついたネジほどの価値もありはしない。
 ここにいるのは、ただ地面に這いつくばって自分の殻に籠ることしか出来ないどうしようもない男なのだ。

 その時だった。

『メールを受信しました』
  無機質な受信音が、閑散とした世界に響き渡ったのは。
 既視感デジャ・ヴュ。僕はどこかで、同じような経験をした。
 あれは、いつだったろうか。あの時もまた僕は絶望していた気がする。
 蹂躙され、妹を奪われ、心を閉ざした僕に届いた一通のメール。

 そう、最初のリセットの時だ。

 風に舞う木の葉のように頼り無く揺れる頭で、携帯電話を取り出し受信ボックスを開く。

「……っ!」
 声にならない悲鳴が漏れた。余りの予想外に、余りの想定外に。

《差出人:九行あかり》《件名:無題》
《本文:早く逃げて!》

 簡潔なメールで全てを理解した。間違いない、助けてくれたのは九行さんだ。
 どうしてかは分からないが僕が襲われることに気付いた彼女が一芝居打ってくれたのだろう。彼女は、兄の事さえなければ頭も回転も速く、肝も据わっている。
 どうしようもない僕なんかより、ずっと。

 みっともない所を見られてしまった。情けない姿を晒してしまった。恥じ入り、逃げ出し、このまま消えてしまいたかった。
  だけど同時に、そんな事は僕には許されそうになかった。
 気付いてしまったのだ。目の前の問題に。

「保険……証」
 そう、保険証だ。僕の住所が書かれた保険証は三下に奪われたままだった。奴らに住所が割れた以上、次に起こる事は想像に難くはない。
 それは、悪夢の再来。妹の、そして九行さんへの危機。

「どう、して。何で、だよ」
 恨み事が口から洩れる。
 どうして奴らが塀から出てきた。他人に暴力を振るい、無関係の女性たちを辱めてきたあいつらが何で自由に街を歩いている。
  奴らはどう言う訳か、何食わぬ顔で日常へと戻って来た。多くの罪なき人々と、同じ大地に立ち、同じ空気を吸い、同じように生きるのだ。

「人殺しは、どっちだよ」
 痛む腕に力を込め、起き上がる。
「お前らなんか、人間じゃない。同じ人間だなんて、認めない」
 震える足をアスファルトに喰い込ませ、必死に立ち上がる。

 このまま這いつくばっている訳には行かなかった。

「守る、守るんだ。家族を、九行さんを。僕の、日常を」
  ずっと、考えていた。一つの《計画》が思考の全てを支配する。
 死の引き金から九行さんを守ってからずっと描いている《計画》だ。

「守る、守る。絶対に、守る」
 うわごとのように呟きながら、足を引きずり大通りへと出る。

 計画は、そう難しいことではない。一度のリセットで済む簡単な物だ。
 ただ、まともな人間では実行する事は出来ない。だから、今日まではただの妄想にとどめていた。もし、実行すれば僕も《奴ら》と同じ側の人間になってしまうからだ。

「守らなきゃ、殺される。やらなきゃ、やられるんだ」
 歩きながら涙と鼻水の溢れる顔を袖で拭い、携帯電話のメール画面を開く。
 息が苦しい。胸が痛い。腕が痺れ、足が震える。

 僕が開いたのは、特別なフォルダに収められた一通のメール。
《リセット条件》が書かれた物だ。

 そこには、こう書かれていた。


《差出人:夜澤ミライ》《件名:無題》
《本文:リセット条件→他人の命を奪い、その後自らの命を断つ 残り人数:5》


 一度死んだ人間には死の引き金が入る。
 トリガーが引かれた人間は解除しない限り、林田章吾のように必ず死ぬ。

 ならば、もし僕が《リセット条件》をあの二人で満たしたとしたらどうなる。

 答えは簡単。
《引き金が、引かれる》。

 そして、リセットした世界で僕が何もしなければ、《奴らは再び死ぬ》。運命に、殺される。

 恐ろしい妄想だ。僕に人殺しなどできるとは思えなかった。ほんの、今の今までまでは。
 だが、弱者を蹂躙し、誇りを冒涜するあの男たちは本当に人間だと言えるのだろうか。
 もし、奴らが再び事件を起こし刑務所や少年院に送られたとして、その後の僕の人生はずっと平穏であるのか。

 答えは、否だ。

 僕は、一生《奴ら》の影に怯え続けることになる。家族が、友人が傷つけられるのではないかと不安な毎日を過ごすことになる。
 何年も、何十年も、邪悪の闇に震えながら生きることになる。

 耐えられる訳が、ない。やるしか、ない。

 僕の日常を守るために。家族を、九行さんを守るために。

「やってやる。絶対に、《殺してやる》」
 闇色の意思が、色鮮やかな執念と共に体を満たしていくのが自分でも分かった。

 ただ、同時に気付いてもいたのだ。
 家族を守るだの、専守防衛だの言い訳しようと――

――僕はただ《奴ら》が憎いだけだと。

 それでも、誰が僕を責められる。誰が僕を止められる。

 僕はただ、歯を食いしばり帰路を踏みしめるのだった。
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