捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第五章 倫理無用のリベンジアクション

3・憤怒と倫理がせめぎ合う中で

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『何か思い悩んでいるな?』
  午後八時半。パソコンで調べ物をしている僕へと声が投げかけられた。
 しゃがれた、それでいてはっきりした声。パソコンのスピーカーから放たれた声は、僕のよく知っているものだった。

「別に。グリードには関係無いよ」
《悪魔》グリード。僕と契約した悪魔。時間をリセットする能力を与えた張本人。
 彼は相変わらず僕の古びたデスクトップ・パソコンに居座り、奇妙な同居関係を続けていた。
 ただ、相棒と言える彼ではあるが、今回の計画には関わって欲しくなかった。例え悪魔と言えど、悪事に加担する事を僕は望んでいない。

『関係無い、ねぇ。寂しい事を言ってくれるじゃあないか。だが、言わせてもらうぜ』
  つっけんどんに突き放す僕の言葉に怯むことなくグリードが言葉を続ける。
『お前、誰を殺すつもりだ?』
「……!」
  一撃で確信を貫かれ、逆に僕が怯まされてしまう。

『さっきから何を調べている。はっきり言って普通じゃあない。オレはお前のパソコンと一体化しているんだ。気付かないとでも思っているのか?』
「どうせケータイで調べてても覗き見するんだろ」
『否定はしないがね。しかし、どう言うことだ? 突然、《爆弾の作成方法》を調べ始めるだなんて。一体、外に出ている間に何があった。まぁ、想像はつくがな』
「グリードには関係無い」
 ぴしゃり、と言い放ち再び調べ物――爆弾の作成方法へと集中する。
 以前、ニュースでも問題になっていたのだ。一般的に手に入る素材で爆弾を作る方法がインターネットで簡単に閲覧できる事が。
 彼が茶々を入れてくる事は承知の上だったが、僕の無視シカトにも構わずグリードは話を止めることはない。

『お前を恐喝していた二人だろう? さっき、メールでそのような事をやりとりしていたようだしな。無事に逃げれたようで何よりだな』
 やっぱり覗き見していたようだ。電子の悪魔にかかってはプライバシーも何も無い。
「分かってるなら、黙っててよ。グリードは巻き込みたくない」
 友達だから、とは言えなかった。ほんの数時間前に《トモダチ》に全ての罪を押しつけた醜悪な人間を見てしまったから。
 あいつらと同じ言葉を使うのはまっぴらだった。

 それきりグリードは黙り、無言の時間が過ぎていく。
 キーを叩く音、必要な物を紙に書きこむ摩擦音、そしてパソコンのファンが回る音だけがこの部屋の全てだった。

『保護観察処分、か。やれやれだな』
 突如、再びスピーカーからため息交じりの声が漏れた。
『三下、山田の両名は、死んだ林田章吾に脅されて仕方なく九行あかりを襲ったんだとよ。何度も止めはしたが、暴力で抑えつけられ逆らう事が出来なかったらしいぜ?』
 くつくつと喉を鳴らしながら、詠うように続けるグリード。

「もしかして、警察にでもハッキングしてるの?」
『まさか。そんな面倒な事は必要ない。オレが覗いているのは九行あかりの父親のパソコンさ。ご丁寧に公判記録をスキャンして保存してあるぜ。多分、娘には知らせてないな』
 マウスを握る手に、自然と力がこもる。
 グリードの無神経な発言にもだが、何より《奴ら》の許し難い行為に僕はただただ怒りを感じていた。

 あの二人は死者に全ての罪を押しつけ、のうのうと塀の外に出てきたのだ。
 吐き気がするほどの悪、反吐が出るほどの傲慢さ。何が友達だ、何がカタキだ。

『お前の話では、奴らはカメラで自分たちのレイプシーンを撮ったって言っていたのに、証拠は見つからず、か。これは、どこかに証拠を隠したな。死人が出るのほどの事故だ。騒ぎの隙に記録媒体を隠す事も難しい事じゃあない。真実は天国……いや、地獄の林田と一緒に闇の中ってワケか』
「もういい、やめてくれ」
『いいや。止めないね。分かっているんだろう?』
 あぁ、そうさ。僕は《分かっている》。
 奴らが野に放たれたのは僕らにも責任がゼロな訳ではないことを。九行さんも、僕も《奴ら》の裁判の証人となる事を拒んだし、《スイッチ》の事を説明できないせいで、辻褄の合わない証言をしてしまった部分もある。それら全てが《奴ら》に対して有利に働いたのだろう。

 だけど、それでも――

「こんな結果はあんまりだろっ。許されるわけ、ない」
 絞り出すような声が喉の奥から漏れた。世界の理不尽に、悪の蹂躙になされるがままだなんて我慢できなかった。
 グリードは僕の事を笑うだろう。頭の芯までコンピュータで出来ているような理論派の男だ。きっと『少しは考えてものを言え』とでも言うに違いない。

 案の定。

『はんっ、それで爆弾か? 短絡的にも程があるな』
「でも、奴らをどうにかしないと、また妹が……真帆が……」
『それで? 爆弾を作ってどうするつもりだ。そもそも、どこで、どうやって爆破する? 無関係の他人を巻き込む可能性は考えたか? お前も巻き込まれてリセットできない可能性は? 爆破範囲は?予算は?工具は?』
「それは……」
『少しは考えて行動しろ』
 畳みかけるようなグリードの追及の嵐に、何も言えなくなってしまう。
 いつもそうだ、彼は正しい。正しすぎる。

 そして、正しすぎるがこそ、次に彼が放った言葉は意外な物だった。

『人を殺すのに、爆弾などは必要ない。刃物一本で十分だ』
 一瞬、何を言ったのか分からずに頭の中で反芻する。
『殺すなら、手段と計画をちゃんと考えろって事だ。頭を冷やせ』
 彼が言い放つと同時に、おんぼろパソコンのモニターに文字の列が表示されて行った。
「これって……?」
『そうだ。すぐに作れる爆弾の材料さ。それも、とびきり強力な、な』

  彼が喋っている間にも、情報は次々と表示されて行く。
 画像で、文章で、動画で。近所のホームセンターに行けば、すぐにでも取り掛かれそうなほどに親切な物だった。

『死者を愚弄し、己の保身を図る。悪魔にでも分かる邪悪さだ。オレには、お前を止める権利も義務も無ければ、そんな気もさらさらない。だが思慮はするべきだ。お前は今、正常な思考力を失っている。そんな時は、頭を空にして何らかの作業を行うのが最適らしい』
「けど、何故爆弾なのさ。あんなに馬鹿にしておいて」
『炎と言うのは、憎悪の象徴だ。何の知識も無いお前が爆弾を選択したのは、そう言うことだろうよ。だったら、全ての感情を爆弾ソイツへと込めてやればいい。完成してなお、お前の中に奴らへの殺意が残っていれば、お前の覚悟は本物だ』

 その時は、と悪魔はいつもの詠うような口調で続ける。

『素人細工の爆弾ではない、確実な策を以て奴らにお前の覚悟を見せつけてやれ』
  画面の向こうに、悪魔の幻影が映る。
 幻影は裂けた口を目一杯歪め、僕へと語りかけていた。

『いつも言っているだろう。オレは、常にお前の行動を支持する、ってな』

 魂を引き寄せられる程の頼もしい言葉に、僕は「ありがとう」としか口に出来なかった。

『ところで、《セーブ》はどうするつもりだ? 随分と先延ばしにしているが』
「……するよ。準備が終わったら」
《奴ら》とは別に、僕にはもう一つの問題を抱えていた。

 《セーブ》に関してだ。

 九行さんの死の引き金を解除してから一カ月。未だに僕は一度もセーブを行えていなかった。
 また何かあったらと思うと、恐ろしくてアイコンをクリックする事が出来なかった。

「また、僕は逃げてたんだ。けど、このままじゃ駄目だって分かった。いつまでも、怯えて立ち止まってる訳には行かないって」
 時間を戻せるからと言って、契約の力に甘え続けるわけにはいかない。
 人は、生きている以上、前に進まないといけないのだから。

 僕にとっては、今がその時なのだ。

「だから、僕はやるよ」
 モニターに向かい、必要な物を書き出す。

 爆弾作成。これは、儀式だ。

 使う使わないはともかく、僕が《奴ら》を殺すか、別の手段を取るかの最後の分岐点なのだ。
 ならば、半端は許されない。僕の悪意も、憎しみも、悲しみも、後悔も、迷いも、全てを注ぎ込んで取り組まなければならない。

 決断の時は、すぐ眼前へと近づいていた。
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