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第五章 倫理無用のリベンジアクション
4・答えは導き出された
しおりを挟む三連休の初日、金曜日の午後二時前。
僕は天野丘駅から数キロ離れた建設途中のビルの群れの隙間に姿を隠していた。
ここは、九行さんが襲われた再開発地区。
建設を続行する業者も無く、取り壊そうにも事業中止による夜逃げや倒産により土地建物の権利関係が曖昧な為、放置することしか出来ないゴーストタウンだ。
しかも去年の震災によりいくつかガタの来ているビルもあり、ちょっとした世紀末気分さえも醸し出している。
ここが、決着の場所。五万円をダシに僕は二人をここに呼び出していた。
電話を受けた三下は訝っていたが、人気がない所での受け渡しは望む所だったようであっさりと条件を呑んだ。
執行猶予と同等である保護観察処分を受けた彼らとしては、目立たない事が大事なのだろう。
計画通りだ。
約束の時間まで、後五分。グリードは、今日は一緒ではない。
『どうしてだ。どうしてアプリを消す?』
一切の命の気配の無い静寂の中、不満に溢れた悪魔のしゃがれ声が耳に蘇る。
僕は、今日の計画を行うに当たってグリードの同行を拒否した。
理屈も理由も無い。見られたくなかっただけだ。
友達の前で人殺しを行う事が、ただ嫌だっただけだ。
奴らが指定した五万円。簡単に用意できないが、不可能ではないギリギリの金額。
いつもそうだ、奴らはそのギリギリを提示してくる。
ただし今回、僕はお金など払う気はさらさらなかった。
何故なら、《奴ら》の人生は、ここで終わりを迎えるのだから。
無心で工具をいじり、薬剤を調合する中、僕の頭に浮かんでいたのは真帆と、九行さんの暗い瞳だけだった。
人としての尊厳を踏みにじられ、生きる意志を奪われた彼女達の死相を切り離す事はとうとうできなかった。
そうして、朝日を反射する金属の群れを見た瞬間、僕は決意したのだ。
奴らを、この手で殺すと。
レイプ事件が《取り消した世界》での出来事だったなど知るものか。
既に住所はバレている。再び真帆に危険が及ぶかもしれない。
それに、生き残った二人は過去の罪を全て林田に擦り付けているのだ。
奴らの罪は僕と被害者しか知らない。法は、助けてくれない。
ならば誰が罪を裁くと言うのだ。
「僕しか、いないじゃないか」
「何がお前だけだって?」
冷たい風と共に、不快な声が作りかけの大通りから鳴り響いた。
「ドコにいるんだ。早く出てこいよ、ブッ殺すぞ」
三下と山田の声だった。
建物の隙間に身を隠している僕の姿は見えずとも、漏らした独り言を聞きつけたようだ。
隙間から顔を出し、様子をうかがう。五メートルと離れていない目と鼻の先に奴らは来ていた。
「こっちだよ」
腕だけ伸ばし合図を送り、すぐに奥へと駆け込む。道は、狭い方が好都合だった。
「クソが。チョロチョロしてんじゃねーよ」
僕の仕草が何の気に障ったのか、二つの舌うちと共に粗野な足音が後ろから近づいてくる。
いくつかの角を曲がり、やがて道の奥、廃墟と廃墟の隙間、昼だと言うのに薄い闇に包まれた袋小路へと達した時に僕はようやく足を止めた。
「ここにしよう」
軽く息をつき、振り向く。二人の姿はまだ角の向こうだった。
もう、数秒もすれば見たくも無い醜悪な顔を僕の前に晒してくれることだろう。
「ふざけんなっ。何逃げてるんだよ」
威圧と怒りに満ちた山田の罵声と共に、二つの影が僕の前へと現れる。
「別に、逃げてない」
「ンだとコラ」
二つに重なった恫喝ではあったが、今の僕には届かなかった。
僕と二人の間には明確な意識の差があるからだ。
それは、覚悟の差。
三下達は僕を格下に見ている。自分より腕力がなく、精神力も足りていない憐れで愚かな弱者だと見下している。
それでも彼らは《僕を殺すつもりは無い》のだ。
僕は、違う。
《人を殺す兵器》に自分の執念を詰めてなお、こいつらに対する殺意は収まらなかった。
暴力を加えようとする者が、殺そうとする者に勝てるわけがないのだ。
「なあ。もう、止めにしようよ?」
ゆっくりと影達に近付きながら、告げる。
「僕は、お前らの犯罪を知ってる。僕を恐喝し、暴行を加えた事も。知らない女性をレイプした事も。全部、知ってるんだ」
僕には、もう一つだけ奴らと違う部分がある。
それは、僕が人間であることだ。
こいつら外道とは違う。殺す前に、最後のチャンスだけは与えるつもりだった。
「二度と僕に近付かないなら、黙ってる。だから、もう終わりにしよう」
歩みを寄せながら、最後の警告を発する。
距離を詰める僕。
動かない二人。
既に、影は影ではなく、表情までもが窺える程にまで近付いていた。
瞬間、僕は絶句する。
二人は、嗤っていた。口元を歪め、瞼をぴくぴくと痙攣させながら、薄い笑みを浮かべていた。
「オメー、何言ってんの?」
言うが早いか、腹部に重い衝撃が走る。三下が放った蹴りだった。
これが最後通告への答えらしい。吹き飛ばされる事は無かったが、勢いで膝をついてしまう。
未舗装の湿った地面の感触。非常に、不快だった。
「俺達は、金を持ってこいって言ったんだよ。説教しろとか言ってねぇんだよ。自分の立場が分かってるか? レイプ? 何だそれ。証拠も無いのに勝手な事抜かすなクズが」
「それに、お前は俺達には逆らえねーよ。なぁ、シンヤ」
山田が僕を見下ろし、銀色の携帯電話を取り出す。三下が山田の動きを見ると、何かを察したように頷いた。
「オメー、妹いるだろ」
――何故、知っている? この世界では真帆の事は知らないはずなのに。
「ところで、話は変わるけどよ、ケータイってカメラ付いてるよな」
――何が、言いたい?
三下が屈み、右手で僕のあごを持ち上げ、空いた左手で山田の携帯電話を指差す。
「ここまで言えば分かるんじゃねーのかな。だって、オメーの中じゃ俺達はレイプ犯なんだしなァ」
「あー。やべー。夜澤が逆らうから、間違ってネットに画像データばら撒いちまいそうだ」
――まさ、か?
指先で携帯電話を弄びながら下卑た笑いを山田が上げる。
おい、待てよ。ちょっと、待てよ。どう言う意味だ。何を言ってるんだこいつらは。
「そんな……」
頭の中で閃光が走る。記憶と、知識と、要素の光だ。
レイプ常習犯、口封じには写真、僕の住所は知られている、両親は仕事、呼び出し時間よりはるかに早くに家を出たので家には真帆が一人きり。
「お、お前ら……」
視界に重なるのは、首筋を自ら刃物で切り裂いた真帆の幻影。
妹の幻の後ろで笑みを浮かべる現実の獣たち。
「オメーがショーゴを殺したんだ。人殺しなんだ。なのに、何で俺らは裁判受けてオメーは呑気にデートしてんだよ、なァ?」
「そいつは、法が許しても俺らが許さんよな。お前の人生、滅茶苦茶にしてやんねーと、気が済まねーンだよ」
僕の顎を掴んだまま、三下が腕に力を込める。
思い切り押し倒された僕は力なく地面に仰向きに横たわる事になった。
何か、体から大切な物が抜け落ちてしまったかのようだった。
「妹に聞いても良いと思うぜ? 答えないと思うがよ。誰かに喋ったらばら撒くって言ってるしな」
浴びせられる現実を前に、僕は力を失っていた。
どうして、何故いつもこうなるんだ。
「何とか言えよコラ」
携帯電話を持ったまま、山田が僕へと歩み寄り胸倉を掴む。
抵抗できない僕は、無理矢理に起き上がらされ再び膝をつく形になった。
――何が、最後通告だ。
「あぁ? 何か言ったか?」
何が僕は人間、だ。
ただ、甘いだけだじゃないか。
覚悟なんて決まってはいなかった。
土壇場で人を殺すと言う禁忌に怯えて、《最後通告》だなんて下らない事を考えていただけだ。
――いい加減、理解しろよ。
こいつらは、人間じゃない。動物ですらない。
悪魔以下、獣以下の、
――ただの有害物質だ。
「……だったら。だったら殺すしかないじゃないか」
――ぷつ、ん。
口にした瞬間、僕の中の《何か》が切れた音がした。
************************************************
来週に続く。
週4はちょっと厳しいので、水土日か水(金)土日の週3~4更新になると思われます。
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