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第五章 倫理無用のリベンジアクション
5・その先に待つ結末は
しおりを挟む――いい加減、理解しろよ。
こいつらは、人間じゃない。動物ですらない。
悪魔以下、獣以下の、
――ただの有害物質だ。
「……だったら。だったら殺すしかないじゃないか」
――ぷつ、ん。
口にした瞬間、僕の中の《何か》が切れた音がした。
同時に世界が、大地が震えた。足元がぐらつき、平衡感覚が一瞬失われる。
揺れの正体が地震だと知覚するより早く、体が勝手に動いていた。
「チッ、地震かよ……って」
三下が悪態を吐く間に、全ては終わっていた。大きめの地震は山田が僕へと込める力を緩め、二人に僅かな隙を作った。
一瞬ではあるが、僕に与えられた時間はこのゴミを始末するには十分すぎる物だった。
僕が何をしたかって?
そんな事、わざわざ説明しなくたって分かるだろう。
「……えっ」
掠れるような、疑問の声が山田が口にした《最期の言葉》。
三下は、未だに何が起きているのか理解できていない。
両腕に力を込めて、犯行に使用した《凶器》を山田の首筋から引き抜く。
途端に吹き出す真っ赤な液体。僕の顔を、服を濡らして暗い路地が鮮やかに染まっていく。
山田は、死んだ。
僕が、殺した。
「ゴミの始末に、爆弾なんて必要ない」
自分でも意外なほどに、普段通りの声だった。
グリードの言う通りだ。試しもしていない爆弾より、ずっと頼りになった。先程購入したばかりの、刃渡り十センチほどのナイフの方が。
ポケットに隠していた刃のほうが余程確実だった。
「ちょ、ちょっと、待、オメー」
未だに状況の把握ができていない三下に向かい跳びこむ。
地を這うように、身を屈めたまま、一対の刃を握り締め距離を詰める。
「が、あっ」
易々と、両の太腿に刃が喰いこむ。皮膚を貫き、肉を裂き、骨にぶつかる感触が僕の腕に伝わってくる。
簡単に殺すつもりは無い。山田はあっさり殺し過ぎた。これでは駄目だ。反省も後悔も与えられない。
真帆に与えた屈辱も、九行さんを苦しめた罪も、今ここで全て清算しなければならないのだから。
「言え、真帆に何をした」
ポケットから別のナイフを取り出し、問う。三下は地面に倒れのたうちまわっていた。
「ひぃ……ぎぃ……ぎぃあああああ」
太腿を押さえ呻き声を上げる姿は、陸揚げされた魚を連想させた。
惨めで、憐れで、もうすぐ死ぬことが決まっている、憐れな魚だ。
「質問に答えろ」
ナイフを軽く蹴り飛ばすと、三下が大袈裟な悲鳴を上げる。
「何も、何もしてねぇよぉ」
同情を誘う口ぶり。
この手の連中はいつもこうだ。他人が目の前で泣き叫んでも笑い飛ばす癖に、自分の痛みには幼児のようにすぐに過剰反応を起こす。
胸糞悪くなり、気付けば三下の口に靴の爪先をねじこんでいた。
作業用品店で購入したばかりの鉄骨入りスニーカーは小枝をへし折るかのように三下の前歯を砕き、黙らせる。
こんな凶器が三千円程で手に入るのだから世も末だな、と場違いな感慨がよぎった。
ぶえぇ、と蛙の様な悲鳴を上げる三下。
歯と血液が器官に流れ込んだのだろうか。血反吐をまき散らしながら不気味な咳を漏らしている。
「別に、言いたくないなら構わないんだ」
壊れた機械みたいに痙攣を繰り返す男の掌に、もう一対のナイフを突き刺す。
新品の刃は三下の肉と皮を貫き湿った地面に突き刺さってくれた。これで、気持ち悪い動きをする事も無いはずだ。
もっとも、右手は狙いがずれて指が一本落ちただけだが、特に気にする必要はないだろう。
「でも、動くことは許さないよ。動いたら、殺すから」
動かなくても殺すけどね。と心の中で付け加え、壊れかけた人形から背を向ける。
僕の目的は、山田の携帯電話だった。
「見れば分かるんだ。見れば」
血だまりに沈んだ銀色だった携帯電話を手に取り、キーを押す。どうやら防水仕様だったようで機能に支障は無かった。
ぬめる指先に苛立ちながらも画像フォルダを開き、表示する。そこには、予想外の物が表示されていたのだ。
「……なんだよ、これ」
画像は、二枚。僕の家を撮ったものと、家から出る真帆の横顔だけだった。恐らく、盗撮だ。真帆に気付いた様子は無い。
――こいつらは、何もしていなかった?
ただ、僕の家の前に行って写真を撮っただけ。何故、どうして。
「……そう言うことか」
振り返ると、三本の刃が突き刺さったままの《肉袋》が地面を這って逃げようとしていた。
どうやら、ナイフ一本程度では人間を張り付けには出来ないらしい。
「ひぃっ」
耳に届くのは悲鳴のような音。気にせず歩む。
一歩一歩、ゆっくりと。途中で何か踏んだ感触、指だ。どうでもいい。
「全部、ハッタリだったんだね」
目前へと立ちふさがり、地を這う虫を蹴り上げる。
這っていた体がまさに虫のように仰向けに引っくり返った。
「確かに、賢いやり方だったよ」
真帆がレイプされたかだなんて、僕に確かめるすべは無い。
直接聞く事は論外だ。平静な真帆を見ても僕は《妹は襲われたのかもしれない》と言う不安を常に抱き続けなければならない。
「お前らは次に捕まれば実刑なんだから無茶は出来ない。だから、レイプを実行には移さずに僕を脅迫した。なるほど、大した悪党っぷりだったよ」
だった、に力を込め見下ろす。三下は口元から流れ出る血を拭おうともせずに僕を見つめていた。
「ゆるひ……ふぁすけ……」
「実際には真帆に手を出していないんだから俺は無罪だ。今までの事は謝罪するから命だけは助けて欲しい。そう言いたいの?」
優しさも糾弾の意思も、何の感情も込められていない問いに、必死に頷く三下。
目を見開き、涙を流しながら、必死に命乞いをするその姿に僕は、
「黙れよ」
ただ、感情の無い言葉をぶつけるだけだった。
「真帆も同じことを言ってた。助けて、許して、って。その時お前らはどうした」
笑っていたじゃないか。喜んでいたじゃないか。
下半身を剥きだして、楽しそうに嬌声を上げていたじゃないか。
「なにを、言っ……」
「黙れって言ってるだろ!」
叫ぶと同時にポケットから最後のナイフを取り出し、三下の股間へと突きたてる。
絶叫が、上がった。
廃墟の隙間を揺らすほどの、凄まじいほどの叫びだ。
「《それ》、もう要らないよね」
返事は、無かった。血生臭さに混じり、アンモニア臭が鼻を突く。
非常に、不快だった。
気でも失ったのだろうか。だとしたら拍子抜けだ。僕も、真帆もこの世のありとあらゆる不条理を受け、絶望の中で自ら命を捨てたと言うのに。
――お前らのせいで。お前らの、せいで。
「なのに気を失ってとっとと楽になるとか、ふざけてる」
吐き捨て、三下の掌からナイフを引き抜く。
「楽になれると思ってるのかよ。僕がお前らに何されたと思ってるんだよ」
《口封じ》と称され、僕は《共犯者》にされた。
妹を、傷つけた。おぞましい感触が左の指先へと蘇る。血と精液の臭い、粘液に塗れた実の妹の《ナカ》の体温。
途端に、喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。
忘れかけていた、それでいて深く刻み込まれていた忌わしい映像が鮮明に浮かびあがってくる。
指が疼いた。左の中指と、人差し指が腐り落ちてしまいそうだった。
気持ち悪い、最悪だ、このままじゃ耐えられない。壁に左手を添え、ナイフを二本の指へと突き立てる。
体の腐った部分は呆気なく削ぎ落され、地面へと転がった。
「あとは、お前……」
だけだ、と続けようとした僕の声が止まる。
言い切る事が出来なかった。
腹部に走った熱い衝撃が、僕の喉からくぐもった音を漏らさせたからだ。
「……殺す。殺す」
自分の指を落とすことに意識を集中させていたせいで気付かなかった。
三下は僕が突き刺し損ね、奴の中指を切り落としたナイフを握っていた。
生にしがみつく亡者の表情で、震える腕で、指の欠けた左手で、僕の腹部を刺し貫いていた。
「な、なに言っ……い、意味、わ、わ、わかんねーよ!」
僕の脇腹に突き刺さったナイフを、焦点の合わない目で見つめる三下。明らかに正気を失っていた。
だけど――
「それで?」
ただ、僕はそれ以上に正気では無かった。
突き刺されたナイフを引き抜き、振りかぶる。
腹部の切れ目から熱いものが流れている。
全く気にならない。三下が恐怖に白目を剥いている。どうでもいい。知った事か。
「もう、終わりにしよう」
最後にそれだけを呟き、
僕は、ゆっくり、
鮮血滴る刃を、三下の首筋へと、
振り下ろした。
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