捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第六章 恋理無常のテンダーライアー

3・談、迷、嘘

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プチ更新。
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「映画、面白かったよ。さっきも言ったけど、誘ってくれてありがとう」
「ううん。急でごめんね」
「それを言うのはこっちだよ。メール貰ったのは昨日だったのに、朝に返事しちゃって」

 食事を終えての和やかな談笑。出汁が自慢のはずの雑炊セットの味はほとんど分からなかったが、それでも完食出来たのは進展だと思う。
 日曜日のファミレスは混雑していたが、満席と言う訳では無かった。周囲のざわめきが少々鬱陶しいがお互いさまなので我慢しなければならないだろう。

「主人公、ミライさんに似てたよね」
「そう、かな」
 人の寿命が蝋燭の形で見える能力。確かに、僕に近いものがあるかもしれない。時間を遡ることができる僕は、言うなれば絶対の未来予知を可能にする。

「うん、似てた。けど、ミライさんなら諦めないでしょ?」
 九行さんがテーブルから身を乗り出し、じっと僕の目を見つめた。彼女の大きな瞳が、長い睫毛が否応なく視界へと入ってくる。

「諦めないって言うか、ずっと考えてたかな。自分ならどうするかって」
 目を逸らす事も出来ず、絞り出すような声で返事をする。
 主人公と違うのは、僕は定められた運命を変えることができる点だ。少なくとも、リセット回数が限界に達するまで僕は同じ日々を繰り返すだろう。

「実は私もなんだ。ミライさんと同じ事考えてた」
「そうなの?」
 ようやく体を椅子に戻した九行さんが、何故か納得したように何度も頷く。

「うん。私に《スイッチ》があったらどうしようとか、人にとっての最初の《死の引きデツドトリガー》って生まれる事なのかなーとか、《死の引き金》と寿命の蝋燭って似てるなって、ずっと」
「トリガーと蝋燭が似てるって、どう言う意味?」
「うーん。上手く説明できないかも。でも、何だか似てるの」
 彼女の言いたい事がさっぱり分からない。人の生死を決定付ける物という共通点だろうか。考えてはみるが、僕の足りない脳味噌で答えが出る事は無かった。

 ただ、それでも構わなかった。
 一緒に話しているだけで、満足だった。血塗れの心が洗い流されて行くような感覚。

 救い。
 そう、彼女は僕にとって救いなのだ。

「大丈夫? さっきから様子がヘンな時があるけど。心ここに在らずって言うか」
「そう、かな?」
「うん、何かあったの?」
 口ぶりから察するに、彼女は山田達の死に気付いていないようだ。新聞の隅に載っただけなので彼女の耳には入っていないのだろう。
 このまま、何も知らずにいて欲しかった。

「何も、無いよ。大丈夫」
「嘘は駄目だよ。もしかして、この前の二人組の事?」
 まさか、気付いていたのか。

「やっぱり。刑務所、行かなかったんだよね」
 違う。彼女はまだ何も知らない。
 襲われていた僕を助けた事で、塀の外に出てきたことに気付いただけだ。
 ほっと胸をなでおろす。

「保護観察処分、だってさ。でも安心して。悪が栄えた試し無しって言うし。九行さんには絶対に危害はないよ」
「そう、なのかな」
 危害なんてあるわけがない。だって、二人はもう死んでいるんだから。

 僕が、殺したのだから。

「うん。あれから僕も会ってないし、連絡も来てない。多分自棄やけになってただけなんだよ。保護観察処分ってほとんど有罪みたいなものらしいからさ。
 もう、あいつらも無茶苦茶な事はできないだろうし。だからさ、心配しないで」

 表情筋にあらん限りの力を込め、口角を上げる。
 上手く、笑えているだろうか。彼女を心配させていないだろうか。

――心配? 上手く騙せているか、の間違いだろ。
 まただ。頭の中の冷たいもう一人の僕が囁く。黙れ、黙っていてくれよ。

――幻滅されたくないだけさ。知られたくないだけなんだよ。
  うるさい。お前に何が分かる。僕の不安の、苦痛の、恐怖がどんなものかを。

――分かるさ。僕は、お前なんだから。

「ミライさん?」
「大丈夫、何でも無い。ちょっと人が多くて疲れただけかも」
  何度目の「大丈夫」「何でも無い」だろう。自分のコミュニケーション能力の低さが嫌になってくる。それでも、九行さんは笑顔を崩すことはない。

「そっか、そろそろ出る?」
「うん。ごめん、心配かけて」
 心に負った生傷から血が噴き出そうだった。
 悪魔に《互いに嘘を吐かない》契約を求めた僕が、彼女に対して嘘を吐き続けているのだ。

「いいのいいの。いっつも心配させてるのは私の方なんだから」
「じゃあ、お詫び代わりにここは僕が持つよ。映画は出してもらっちゃったしさ」
 彼女への負い目は金銭では解決できない。そんな事は分かっている。
 けれど、食事くらいは奢らせてもらいたかった。彼女の誘いがあったからこそ、塞ぎこむ時間から僅かでも解放されたのだから。

 そして、僕なんかに人並みの幸せを与えてくれているのだから。

「チケットは貰いものだから別にいいのに」
「映画が面白くなかったら割り勘だったけどね」
「あは、じゃあラッキーだ。ごちそうになります」
 軽く頭を下げ、九行さんが立ち上がった。
 同時に、少しだけ安心する。

 まだ僕は大丈夫。冗談を言うだけの余力は持っている、と。

「立てる?」
「もちろん。こう見えて僕は男なんだよ」
  いつもの帽子を被りながら気遣う九行さんに無理矢理の笑顔を向ける。
 大丈夫、まだ大丈夫と自分に言い聞かせながら。

 どこが大丈夫なのかも。何がまだなのかも分からないままに。
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次回、何かが起こる。
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