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第七章 限界突破のソウルサクリファイス
10・蟲惑の囁き
しおりを挟む「あんた、何者?」
死体が、喋った。首が動き、目が合った。
眼球を串刺しにされたまま、血涙を流しながら、確かに死体は喋りかけてきた。
それも、僕の手首を掴んだまま。
叫び声が上がり、無我夢中でまだ温かい手を振りほどく。
死体の腕に力は無い。簡単に握られた手を離し、そのまま後ろへ飛びずさる。
「どうして、どうやって愛沢珠希を殺したの?」
錐の突き刺さった顔面を僕に向けたまま、続ける。愛沢珠希そのままの声だった。
「……ッ!」
何が起きている。愛沢の息の根は間違いなく止めたはずだ。呼吸も、脈も止まっていた。
ならば、目の前の存在は何だと言うのだ。
契約の力? 違う。僕もそうだが、契約者は、契約の範囲外ではただの生身の人間のはずだ。
刺せば痛いし、殺せば死ぬ。
だとしたら、一つしか考えられなかった。
「悪、魔?」
震える声が漏れる。可能かどうかなど考える余地は無い。
愛沢と契約した悪魔が死体を動かしているとしか考えられなかった。
「私の事を知ってるの? なら話は早いねぇ。愛沢珠希は死んだ。契約は解除された。ならあんた、アタシと契約しない?」
根元まで突き刺さった錐など気にもならないように、愛沢だったものがゆらりと起き上がる。
慌ててポケットからナイフを取り出すが、死人相手にどこまで通用するかは怪しい。
「そう身構えないで。危害を加えるつもりは無いよ。アタシはウィスパー。愛沢珠希がそう名付けた」
「ウィスパー?」
「そう、お喋りが好きでねぇ。そんなことより、アタシと契約を結ばないかい。あの珠希を殺したんだ。あんたほどの人間なら、きっと面白可笑しい人生を送れるよ。アタシの力があればね」
愛沢の声なのに、彼女ではない。囁きかけるような口調の中に、どこか人を見下し、馬鹿にしているような音色が感じられた。
「面白可笑しい? 人を殺す事がか? 殺して冷凍庫に放り込むことがか?」
「アタシは誰も殺っちゃいないよ。ただ、あの子の望むがままに力を与えてやっただけだもの。殺したのは愛沢珠希。アタシは無関係さ」
何をふざけた事を。
僕は知っている。愛沢が何のために猟奇殺人に手を染めていたかを。
愛沢と契約し、生贄を強要していたのは誰だ。悪魔との契約さえ無ければ彼女は殺人者にはならなかった。
そそのかしたのは悪魔ウィスパー、お前じゃないか。
「それより契約よ。あんた、契約者でしょ」
《契約者》。ウィスパーの断定口調に反応し、握り締めたナイフに力が入る。
どうして奴は気付く事が出来た。
僕と愛沢の間に契約者としての接点は無いはずだ。互いが契約者である事を知った事実は《リセット》したのだから。
「何でそれを……」
「やっぱり契約者だったわけねぇ。悪魔を知ってる人間なんて、契約者を除けばそうはいないから。目的は復讐? 愛沢に殺された人間の蘇生? それとも、何か他に願掛けでもしたのかい?」
――カマをかけられたっ?
「……関係無い」
頬を汗が伝う。緊張が体を縛り付けようとする。
だが、焦りは一瞬だった。異常から立ち直った理性がこれ以上の発言を止めるよう警告してくれたからだ。
一体、目の前の悪魔は何が目的なのだ。たった一言二言の会話で、ウィスパーは僕が契約者だと見抜いた。しかし、襲いかかってくる気配は無い。狙いが全く分からない。
僕が出来る事は二つ。
このまま逃げるか、それとも殺すかだ。
頭をよぎる迷いを知ってか知らずか、愛沢だった悪魔は表情一つ変えずに口を開く。
「どこのどいつか知らないけれど、そんな契約なんか破棄してアタシとくっつかない?」
「お断りだね」
粘つく空気を振り払うように吐き捨てる。
「おやおや、冷たいね。だけど、いいのかい? アタシをこのままにしておいて」
「……どう言う意味だ?」
だが、理性の警告とは裏腹に、気付けばウィスパーのペースに巻き込まれていた。
――耳を貸しちゃ駄目だ。無視して殺すべきだ。
――だけど、どうやって?
殺そうにも、愛沢は既に脳を破壊され死んでいるのだ。
死人をどうやって殺せばいいと言うのだろうか。
「死者が動いてるのよ? あんたの目的が何だったか知らないけれど、このままで終わると思ってるわけ?」
錐の刺さった奥の瞳がじっと見つめてくる。まるで僕の心を見透かすかのように。
愛沢は死んだ。つまり、トリガーは解除された。悪魔などこのままにしておけばいい。
――本当に?
瞬時に脳を破壊した為、夢は見ていないだろう。
だが、本当に死んだと言えるのか。今まさに悪魔ウィスパーとして愛沢は口を開き、体を動かしていると言うのに。
「だからこその契約よ。あんた、アタシに枷をはめる気は無い?」
どう言う意味だ。何が言いたい。どうして契約を求める。
相手が僕を惑わそうとしている事は確実に見て取れた。突拍子もない発言で気を引き、疑問を増やす。そして最後は共感を得て心を奪う。
僕が《取り消した世界》で愛沢に行おうとした事と同じ事だからだ。
「枷、だって?」
それでもなお、僕が口にしたのは相手への質問だった。
愚かと思うならば思えば良い。だが、僕にはどうしても会話を続けなければならない理由がある。
愛沢珠希は死人となっても動いている。契約した悪魔が生きている以上、僕の家族の身の安全は保障されていない。トリガーが完全に解除されたと言う確証が無い以上、無視するわけにはいかなかった。
――耳を貸さずに逃げろ。
――いや、本当に状況を打破したいなら話を聞くべきだ。
二つの葛藤が心の中でぶつかり合う。
「あんたが何を望むのかは知らない。どうして愛沢珠希を殺したのか聞くつもりもない」
迷う僕に対して、ウィスパーが囁きかける。僕の疑問には答えずに。
逃れようがない蟻地獄に嵌まって行くのが自分でも理解できた。それでも、相手の出方を覗うしか無かった。
悔しさで体が震えそうになる。
「あんたに興味は無いけど、アタシはこれからも同じように契約者を探し契約を結ぶ」
「何のために? どうして人を殺す?」
「はぁ? あんた、何も知らないの? 悪魔と契約したのに? 信じられないくらいの愚かさねぇ」
「質問に答えろっ!」
落ち着けと理性が訴えるが、耐える事は出来なかった。悲鳴にも似た声が上がり、構えたナイフを振りかぶる。
「落ち着きなさいよ。別に取って喰ったりしないから。まあいいわ、馬鹿な人間には分からないでしょうからねぇ。説明してあげる」
ウィスパーが《取り消した世界》の愛沢そっくりの口調で口を開く。
唇を吊り上げ、家の敷地で僕へと向けた時と全く同じ表情で。
「まず最初にあんたの盛大な勘違いを教えてあげるわ。アタシは優しい悪魔だから」
悪魔が俯き、上目遣いで僕を見つめたまま喉を鳴らす。
体と共に錐が上下に揺れるのが堪え切れないほどの異常さを演出していた。
しかし、何より異常だったのは相手の外見では無かった。
次に発された言葉だったのだ。
「あんた、契約中の悪魔に騙されてるのよ」
絶句、する。
悪魔が何を言っているのか、そして何を伝えようとしているのかさえ僕の頭では理解できなかった。
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次回更新、明日。
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