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第七章 限界突破のソウルサクリファイス
11・真か虚か、信か疑か
しおりを挟む「あんた、契約中の悪魔に騙されてるのよ」
何を言っているのか、そして何を伝えようとしているのかさえ分からなかった。
「気付いてない? 馬鹿ねぇ、本当に」
ウィスパーがのそりと体を動かし、ベッドを椅子代わりに腰掛ける。
相変わらず僕を上目づかいで見つめていた。値踏みするように、隙を探すように。
「悪魔は人間の魂を喰らって生きる。例外なくね。その為ならどんな方法だって取るし、どんな嘘だって吐く。例えば、そうねぇ。《契約すれば死んだ夫が生き返る》とか」
「まさか――」
震えた声が漏れた。愛沢珠希の目的は《死んだ大切な誰かを生き返らせる》だった。その為に彼女は悪魔と契約し、幾つもの命を奪った。
それさえも悪魔の嘘、誑かしとでも言うのか。
「先生を、騙してたのか?」
騙され、狂わされ、奪い、奪われた。救えない。救えなさすぎる。
愛沢珠希のあまりにもむごい結末に非難の声が漏れた。
「騙すなんて人聞きが悪いわね。悪魔にとって契約は絶対よ。あと七人の魂と、契約に沿った《生贄》のパーツを揃えれば愛沢の夫は生き返る。ただし、生前通りの姿とは限らないけどねぇ」
「それを騙してるって言うんだよ……!」
怒りで唇を噛みしめる。例え彼女が契約を遂行できたとしても、願いは裏切られる。
目の前に座っているようなゾンビが一匹出来あがるだけなのだから。
もし、僕が同じ目に会えば全てに絶望する事だろう。不快感で僕の両の拳は痛いほどに握り締められていた。
「馬鹿な事言わないで。死んだ人間が全く同じ状態で生き返るなんて神でもなければ不可能に決まってるじゃない。だけど、絶望に沈んだ人間はそんな事にも気付かない。騙される方が悪いのよ」
睨みつける僕を見下すように紡がれて行く言葉の羅列。
もう、限界だった。
「騙される、か。だとしたらこの話は終わりだ。僕はそんな詐欺師と話す気は無い」
「何言ってるの? あんたと契約している悪魔も同じよ。みィんな嘘吐きだもの」
ふざけた話だった。さっきから聞いていれば自分の都合のいい事ばかり吐きだされているではないか。
嘲るように笑うウィスパーを真っ直ぐ見据え、告げる。
「残念だけど、あり得ない。僕と彼の間には《互いに嘘を吐かない》って契約があるんだから」
話すだけ無駄だ。下らない話術。見え透いたハッタリ。
相手はグリードに不信感を抱かせようとしているだけだ。そして、あわよくば僕に契約させて第二の愛沢珠希にしようとしているだけなのだ。
このまま脱衣所に置いてあるバッグの中に詰めてある爆弾を使おう。ありったけの火力を注ぎ込めば例えゾンビと言えども生きてはいられないはずだ。騒ぎは起こしたく無かったが、それ以外に方法は無い。
例え刑務所に送られようと、《リセット》するのに数年かかろうともここで殺すしかなかった。
ウィスパーを正面に捉えたまま、ゆっくりと後ろに下がる。
そのままドアから出ようとしたその時。
「あは……あはははははは」
突然、甲高い笑い声が室内に響いた。
「あはははははは。何? そんなコト信じてるの? 本当に馬鹿なのねぇ。あんた、考えた事無いの? 《契約そのものが嘘っぱち》かもしれないとかさ」
足が、止まった。
――耳を貸すな。あり得ない。《最初から何もかもが嘘だった》なんて。
「真実の中に嘘をひとつ混ぜる。嘘の中に真実をひとつ混ぜる。どっちも詐欺の常套手段じゃない」
――やめろ。黙れ。それ以上僕の友達を蔑むな。
「それに、本当の事を言わないって方法もある。《嘘を言わず、親身になるフリをして、契約者を操る》。極限状態に追い詰められた人間ほど分かりやすい行動を取るからねぇ」
瞬間、怒りに燃える僕の心が凍りついた。
《嘘を言わず、親身になる。そして契約者を操る》。
グリードはどうだったろうか。この上なく親身に相談に乗り、僕に道筋を示してくれた。
だからこそ僕は何度だって立ち上がることができた。
《まるで、彼に操られるように》。
戯言だ。悪魔の甘言だ。無視しろ。
今までの事は全て僕の意思で行ってきたことだ。グリードは関係無い。
「まるで《自分の相棒が騙しなどするわけがない》って顔ねぇ。だけど、思い出して御覧なさい? 今まで本当にそうだったの? あんたを操ろうとした素振りが一度もなかったって言える?」
「……ふざけてる。操ってどうするって言うんだ」
気付けば、口にしていた。
《トモダチ》に裏切られ続けた僕の経験が、最後の最後で疑念の種を無視する事を拒んだ。
「簡単よ。契約者が力を使えば使うほど、悪魔はより多くのエネルギーを喰らう事が出来る。愛沢が殺せば殺すほど、私には魂が集まり、そして契約の力を喰らえる。彼女が上手くやる為に色々教えてあげたのよ。力の使い方、隠れ方に、手早い殺し方」
ウィスパーが言葉を発する度に、僕の力が奪われていく。
僕がエクステンドすれば、リセット回数が増える。
契約を実行する回数が、増える。
――まさか、そんな。
「他にも、そうねぇ。人間を操る手段として《挫けそうな時、希望をちらつかせる》っていうのもあるわよ。そして、その後『今のは忘れてくれ。諦めろ』とか言っちゃうとかね」
「……ッ!」
「希望を捨てられない人間に諦めろって言ったらどうなると思う? 答えは簡単。反発するの。あんた、そういう経験無い?」
■
十月の事件。目の前で九行さんが死んだショックで塞ぎこんでいた時の事を思い出す
『人を殺す事は簡単だ。だが、死んだ人間を生かす事はほとんど不可能と言っていい。それは《運命》だからだ。どんなに精魂込めて作った料理も、歴史に残る芸術品も、破壊するのは一瞬だろう? だが、同じ物を作ることは不可能だ。例え寸分たがわぬコピーを作ったとしても、それはオリジナルとそっくりなだけの別の物なんだからな。命もそれと同じだ。お前は間違いなく無意味に残機数を使い果たすだけになるだろう』
「じゃあ、《無理だから諦めろ》って言うの?」
『その方が賢明だ。オレはお前がスイッチで成す事を見たいんだ。無駄な事に残機を消費して絶望の中で死んでいくのを見たい訳じゃあない』
あの時の彼は、《ほとんど不可能》と言い、僕に希望を持たせた。そのお陰で絶望の中から再び立ち上がる事が出来たのだ。
他にも、まだある。
九行さんを救うのに再び失敗した時の事だ。
『現実にお前は死の引き金の一つを解除したじゃあないか。エクステンド条件は達成しているんだ。後はお前が納得するだけでいい』
「納得、するだけ?」
『そうだ。エクステンド条件はお前の深層心理から生まれ出たものだ。お前が全てを受け入れさえすれば、四億を手にしたままお前の残機数は五に回復するだろうよ』
■
彼の目的が僕の残機数増加だけであったと考えるなら辻褄が合う事だった。
「もう一度言ってあげる。悪魔の目的はたった一つ。人の魂を喰らう事。その為ならどんな嘘だって言うわ」
トモダチを、信じるな。僕の心に深く刻み込まれた傷が疼きだす。
十年以上もの間抱えていた孤独、傷がそう簡単に癒える訳が無い。
隠れていた生傷が表面に浮きだし、疑念の種が芽を出す。
人間は、何て弱いのだろう。
どんなに強くなったつもりでも、どんなに成長したつもりでも、心の奥の一番純粋な部分を引き出されたら簡単に崩れ落ちてしまう。
――馬鹿を言うな。
それでもまだ、今まで積み上げてきた想いの方が強かった。
グリードが僕を裏切るはずが無い。彼は僕の行動を、決断を見守る事を信条としているだけだ。そこに矛盾は無い。
――本当に?
悪魔が最初から僕の事を食料として見ていたとしたら? 全て、エクステンド条件を達成させる為だけのお芝居だったら?
同じ悪魔が言っているのだ。「悪魔は例外なく嘘吐きだ」と。
今まで立っていた大地が崩壊していく。足元がおぼつかない。
宇宙にでも投げ出されてしまったかのように頭が、体が頼りなく浮いているようだった。
――グリードが裏切っているかもしれない。
――だとしたら何なんだ。彼が僕にエクステンド条件を満たさせようとしていることの何の問題がある。
迷いが疑念を呼び、疑念が思考をループさせ続ける。
無言の葛藤。現実が歪んでいく。そして、好機とばかりにウィスパーは追い打ちをかけてくる。
「アタシと契約すれば、前の悪魔との契約は自動的に解除される。あんたはアタシに枷を嵌めるの。アタシとの契約内容は《九つの魂と九つの肉体を捧げる事で、願いを一つ叶える》。
だけどあんたは履行しなくていい。そうすれば誰も死なずに何もかもハッピーになれる。死体の隠し方だって教えれるし、悪い事じゃないと思うんだけどねぇ」
グリードとの契約を解除すれば、もう誰も死なない?
父も、母も、妹も、九行さんたち家族も、誰も死なない?
「言っとくけど、アタシを殺したってあんたにはロクな人生は待っていないわよ」
悪魔の囁き。魂を握りしめられたような甘美な誘惑。
裏切り者の悪魔など、偽物の友人など捨ててしまえば良い。
ウィスパーが立ち上がり、今にも倒れそうな僕を指差す。
「思い返して御覧なさい」
そして、トドメの一言が放たれた。
「《あんた、契約してから、良い事あった?》」
心臓の鼓動が、停止したかのようだった。
時間が止まり、今まで起きてきたことが滝の様な勢いで頭を流れ出す。
九行さんとの出会い、そして死。何度ものリセット。
簡単に出所してきた三下と山田。僕が背負った殺人と言う名の罪。
ようやく立ち直り、居場所を見つけた瞬間の家族の惨殺。
追い打ちをかけるかのような九行さんの再びの死。
困難に次ぐ困難、絶望に次ぐ絶望。
これら全て、たかだか二か月の出来事なのだ。
「その顔、図星みたいねぇ。理解した? やっぱりあんた、騙されてんのよ」
「……それでも、自分を嘘吐きだと言いふらす奴は信じられない」
必死に声を絞り出す。自分自身に言い聞かせるように、最後の理性を振り絞って。
「だからこそ、よ。嘘吐きの悪魔が洗いざらい全部ゲロったんだから、ね。何ならアタシも《嘘を吐かない》契約を結んでも構わない。自分の事を正直者って言う悪魔よりはよっぽど信用できると思うけど?」
甘い囁きが、僕に残った最後の理性を奪い去って行く。
「この世界に正しい事なんて何一つないの。愛沢が夫を生き返らせるために多くの命を奪う事は正しいの? あんたが愛沢を殺した事は正しいの? 悪魔は嘘吐きで、この世は狂ってる。覆しようのない事実じゃない」
停止した脳へと、ウィスパーの声だけが響いていく。
「愛沢珠希はあたしにそそのかされて、結局のところ死んだ。何も知らずに悪魔と契約するって、そう言う事なのよ。あたしの囁きを無視してれば、伴侶は失っても新しい幸せを見つけていたかもしれないのにねぇ」
馬鹿にしているのにどこか優しい口調には、信じられないほどの説得力があった。
契約したからこそ、僕に試練が訪れたのではないか。絶望が覆いかぶさってきたのではないか。
「今から改めて考えて御覧? 悪魔と出会わなけりゃもう少しマシな人生があったんじゃない? 絶望から立ち直れる道だってあったんじゃないの?」
「もし、グリードがいなければ……?」
あの日、メールを受け取らなければ。
僕は、どうなっていただろうか。
答えは、一つだった。
《死んでいる》。
とても、シンプルな答えだった。
『愛沢や悪魔が何を言おうと耳を貸すんじゃあないぜ。悪魔は人の心に付け入る。自分を保たなければ、喰われるぞ』
詠うような声が、霧に呑まれた頭に響き渡る。
「……ははっ。そうだ、そうだよ」
僕はどうしてこんな事に気付かなかったのだろう。
何故、こんなバカみたいな話術に引っかかっていたのだろう。余りの滑稽さに笑いを抑える事が出来なかった。
「僕は、彼がいなければとっくに死んでたんだよ。妹と一緒にね」
少なくとも、今は生きている。心臓も動いているし、意識だってある。
もし、彼との出会いが無ければ死んでいた。もし《体験版》で見限っていれば、僕は生きる屍のまま、後悔と孤独に怯える毎日だった。
彼と契約した事で、僕は本当の意味で命を得た。人として、誇りを持って生きる道標を見つけることが出来たのだ。
ようやく、気付いた。
誰を信じるべきか。何を疑うべきか。
心の霧が真っ二つに裂けて、迷いが晴れる。
全ての終わりは、もうすぐそこに迫っていた。
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