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第十五話 麹町時也と青木真里菜 その1

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 夏休みがすぐそこまで迫った日のこと。
 一緒に帰る約束をしていた時也ときやが姿を消した。

 時計の長針が180度動いたけれど、彼が教室に戻ってくる気配はない。

 何も告げずに帰るはずないし、何よりカバンが残ってる。

 待ってても埒が明かないし、探しに行くか。
 私はカバンを置いたまま教室を後にした。



 まずは1年の全教室を覗いてみたけど、時也はいなかった。
 華やかな容姿の時也だからすぐに見つかると思ったんだけど。

 ……なんか、前もこんなことあったような。
 前はサンドイッチを渡したくて探したんだっけ。あの時は確か、校舎裏側の廊下で会うことができた。

「行ってみようかな……」

 何だか今回もあそこにいるような気がする。
 直感に従って、私は歩いた。


 歩いてる途中で、通りかかった部屋のドアがいきなり開いた。

「わっ!」

 びっくりして飛び退くと、中から理事長が出てきた。

「おっと、すまない。驚かせたね」
「いえいえいえいえ! 大丈夫です!」
「何か用事かな?」

 この間見かけた時と違って、声色が優しい。そのことに少しだけホッとしつつ、私は首を振った。

「そうかい。この棟で使われてる部屋はこの理事長室しかないから、てっきり私に用事かと思ったよ」

 そうなんだ。道理で人と会わないはずだ。

「じゃあ、私は行くよ。学園生活で困ったことがあったら、遠慮なく言いに来なさい」

 目尻を下げて微笑み、理事長は去っていった。

「…………真里菜まりなちゃん」
「ふわぁっ!」

 背後から掛かった声に飛び上がり、私は心臓をバクバクさせて振り向いた。

「ここここ麹町こうじまちくん」

 いつ現れたのだろう。後ろに時也が立っていた。
 よく見ると、彼はいつか見た時と同じように暗い顔をしている。

「探してたんだよ」
「……ごめん、急にいなくなって。親父に呼び出されてさ」
「それは良いんだけど……」

 急に姿を消したことは気になったけど、今はそれを問い詰める気になれるはずもない。時也に元気がない方が心配だ。

「ちょっと、話聞いてくれる?」

 そう時也が切り出した。

「オレ、麹町家の一人息子でさ、昔から親父の後を継ぐために教育されてきたんだよね。最初こそ勉強も言われるがままにしてたけど、段々と……中学生くらいの頃から、疑問に思い始めたんだ。オレって何なんだろう、一人の人間じゃなく、麹町家の男子というただの肩書なのかな、って。それから、なーんにもやる気が無くなっちゃってね。反抗期だろうって、親父も数年は見逃してくれてたんだけど、高校生になったらまた厳しくなって……この間も見たでしょ、テストの結果」

 こんなに弱々しく話す時也は初めてで、私はただ無言で話を聞くしかできなかった。

「同じ家に住んでて逃げ切れるわけもないのになぁ。それでも、どうにか逃げたくて……それで、色んな人の家を渡り歩いてた。そしたら学校で捕まって、呼び出されたってわけなんだ」
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