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3.更紗を呼ぶ過去の声
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透空学園、二年一組の教室。午前の授業が終わってすぐのこと。
「ねぇねぇ。更紗、お昼食べたらどうする?」
きらきらとした無邪気な笑顔を更紗に向けるのは、幼馴染でクラスメイトの白鳥美羽だ。
特大のシュークリームを連想させる、緩く波打つクリーム色のショートカット。ガラスケースにしまっておかなければ壊れてしまいそうな華奢な体躯。整った顔のパーツの中で唯一、幼児のように大きな瞳。
十人中八人が二度見し、残り二人は視線を外すことさえできなくなる別格の美少女が、この白鳥美羽である。
「ごめん、お昼休み呼び出されてて」
「あぁ、また」
美しく性格も良い更紗は頻繁に愛の告白を受けている。友人である美羽もそれを十分知っていた。
「今日、保健の先生お昼から出張だって。だから怪我には気を付けてね」
「怪我って……私、告白されに行くだけなんだけど」
呼び出しには大きく分けて二種類ある。好意のあるものと、敵意のあるものだ。今回は前者である。
「万が一だよ。先生がいないってことは、あの市原先輩が担当ってことなんだからね!」
「市原先輩って……」
「ほら、三年生の『マッハンド市原ブラザーズ』って聞いたことあるでしょ」
三年に在籍する双子の市原兄弟の噂は更紗も聞いたことがある。由来は知らないが周囲から『マッハンド市原ブラザーズ』と呼ばれて恐れられているらしい。
そのどちらかが保健委員会の委員長を務めていて、先生が留守の時に代わりに手当をすることがあるのだ。
「んー、だけど委員会の仕事をきっちりこなしてるなら、悪い人じゃないんじゃない?」
「美羽も噂でしか聞いてないから確かなことは言えないけど……でも、更紗に何かあったら嫌だもん!……うーん、やっぱり心配だよぉ。美羽も付いて行こうか?」
「え……っ!」
瞬間、更紗の顔が引きつった。
「それは絶対にダメ!ぜっっっったいに、いけません!」
「えー、なんでー?」
「だっ、だって……ほら、美羽はか弱いし……逆に危険っていうか……。……美羽が怪我したら、それこそ保健室のお世話にならなくちゃいけなくなるでしょ。それじゃ意味ないし!」
「それもそっかー」
「そうそう。そうだよ!」
(危なかったー)
笑顔のままの更紗の顔を汗がツーっと伝う。
「じゃあ教室で待ってるけど、くれぐれも気を付けてよ」
(よっぽどのことがなければ怪我なんてしないだろうし)
自信を持って、更紗は頷いた。
「うーん、もうちょっとひと気のある場所を指定してくれるとありがたいんだけど」
教室のある本館と特別教室のある別館を結ぶ渡り廊下に、更紗は一人立っていた。
一階の昇降口から出入りすることが多く、渡り廊下は普段ほとんど使われていない。そのため、まったくひと気がない。
「待たせたな」
本館の方から聞こえた声に、更紗は顔を向けた。
体育会系と一目で分かるガタイの良い身体に、不釣り合いな腰パンの男子生徒が歩いてくる。
「えーっと、渡辺先輩ですよね?」
「おう」
彼が更紗を呼び出した渡辺らしい。
「……お前やっぱり綺麗だな。学校中で噂になるだけのことはある」
「どうも……」
「喜べ!俺様の彼女にしてやる!」
(……このパターンか)
驚くでもなく、更紗は冷静に相手を分類した。
告白にも種類がある。
思いを伝え、反応はすべて更紗の気持ち次第、というのが大多数のパターン。だが、更紗の気持ちを無視してどうにか付き合おうとする懇願系や、もはや更紗に決定権を渡さない命令系も少数ながら存在する。
(今回は命令系か……まぁ泣き落としにかかってくる人たちと比べたら、お断りするのに罪悪感感じなくていいけど……)
「よーし!俺様のクラスに行くぞ!紹介してやる!」
渡辺は手を伸ばして更紗の手を握ろうとする。
「お断りします」
半歩移動して手をかわし、更紗は渡辺に返事をした。
「は?」
「ですから、私は先輩の彼女にはなりません。……ごめんなさい」
「な……っ!」
更紗の言葉を理解した渡辺は、顔を歪めて更紗を睨む。
「なんだと!ここまで来ておいて勝手なことを……」
「呼び出しに応じたのは、好きになってくれた人への最低限の礼儀です」
「バカに……しやがって!」
「っ!」
更紗に掴みかかろうとする渡辺。その動きを見切れない更紗ではない。
身を屈めて手を避け、足を残して引っ掛ける。
「うぉっ!」
巨体が廊下の手すりに激突する。
「あ」
(しまった!)
上背のある渡辺は手すりを支点にしてくるりと回転し、頭から落ちそうになっていた。
「……っ間に合った!うわっ!」
更紗は素早く足を捕まえた。けれど体重差は大きい。
渡辺の重さに負けて、更紗の身体も手すりを乗り越えてしまう。
「……っく!」
右手で渡辺を掴んだまま、左手だけで手すりを握り、更紗は落下を止めた。
(腕が……ちぎれそう)
武闘派な更紗ではあるが、極端に力があるわけではない。推定九○キロほどの渡辺を引き上げることは困難だ。
「だ……誰か!」
返事はない。この渡り廊下を人が通るのは稀だ。
(誰もいないか。誰かいたとして、私と渡辺先輩の二人を同時に引き上げられるわけないし……)
助けを求めるのをやめて、更紗は下を見る。
地面まで五メートル弱。
(飛べない高さじゃない……けど)
問題は渡辺だ。逆さまになっている渡辺は、このまま落ちれば頭から地面にぶつかることになる。
(でもこのままこうしてるわけにもいかないし……やるしかないか)
手すりを掴んでいる手に力を込めると、ほんの少しだけ身体が持ち上がる。更紗は自分の身体を傾け、廊下を思い切り蹴った。
「うわあぁぁぁぁ!」
「口閉じて。舌噛むよ」
廊下を蹴った反動で、更紗は渡辺の下に回り込むことに成功した。
(これなら……!)
――ヒュッ、ダン!
渡辺の巨体を下から抱えて、足から地面に着く。
「っ、く」
渡辺を腕に抱いたまま、更紗は膝をついた。
「大丈夫ですか、渡辺先輩?」
子供のように目を閉じて縮こまっていた渡辺が、更紗に焦点を結ぶ。
徐々に状況を把握して、自分が更紗に助けられたのだと理解した。
「な、なんで俺を助けたんだ!襲いかかった俺を、あんたが危険を冒して助ける義理なんてないじゃないか!」
一度きょとんとしてから、更紗は苦笑した。
「義理なんかなくったって、人が困っていれば助けますよ。これくらいの高さなら問題ありませんから、私は別に危険も冒していません。……それに今回の件に関して言うなら、確かに先に手を出したのは先輩ですけど、先輩が落ちたのは私が適切に対処できなかったからです。ごめんなさい、先輩、怪我はありませんか?」
そう聞くと、渡辺は更紗の腕から身を起こして立ち上がる。
「平気だ。……悪かったな。もうおまえには関わらねぇよ」
「え……?」
「ただ綺麗なだけかと思ってのに……器もでかくて、それにすげぇ強ぇ。俺なんかじゃ、全然釣り合い取れねぇわ。……じゃあな」
背を向け去って行く渡辺を、更紗は声を掛けることなく見送った。
(用事も済んだし……私も戻ろう)
更紗は立ち上がる。
「……痛!」
膝に微かな痛みが走る。見ると、擦り傷ができていて少し血がにじんでいる。
「落ちた時にやっちゃったんだ」
人ひとりを助けた代償としては小さいものだ。水で洗って消毒をすれば数日で治るだろう。
――怪我には気を付けてね。
美羽の声が頭の中で反響する。
「か、かすり傷だし!ノーカン、ノーカン」
「あの高さから落ちたんだから、他にも怪我をしてる可能性があるんじゃないかな?」
「……へ?」
「声が聞こえたから外に出てみれば……まさか渡り廊下から人が落ちてくるとは思わなかった」
いつからいたのだろう。白衣を羽織った男子生徒が更紗へ向かってくる。
(てか、なんで白衣?……あ!)
男子生徒の後ろに視線を移す。そこにあるのは、先ほど美羽との会話でも話題にのぼった保健室だ。
(そっか、ここ保健室の裏になってるんだ。……ん?ということはこの人……)
「……そんなに警戒した目でみないで欲しいな。僕は市原レイ。保健委員なんだ」
そう言ってレイと名乗った生徒は微笑んだ。
(やっぱり!噂の市原先輩か!)
レイの態度は大人しく、恐怖の対象となり得るものではない。しかし更紗は警戒を解くことができなかった。
(この人……なんかエロい)
赤茶の髪もチョコレート色の瞳も派手さはなく、容姿の雰囲気は普通であるべきなのに、どこか匂い立つ妖しさがある。
(シャツを第二ボタンまで開けてるから?……そんなの他の生徒だってやってるのに)
尋常ではないフェロモンだ。今ここに子供がいたら、「見ちゃいけません!」と目を覆い隠していただろう。
「うーん。そこまで頑なだと少し傷つくな。手当はしてあげたいし――しょうがないね」
レイの目が細まる。得体のしれない感覚が更紗を襲った。
周囲の何かが変わった。何が変わったのかの把握に数秒を要し、そして分かった時にはもう手遅れだった。
(何!?このいい匂い)
鼻腔に届くのは甘い香り。
(どこから……まさか!)
更紗はレイを見た。
「〈こっちに、来て〉」
レイの声に、頭がくらくらする。
「……はい」
(身体の自由が利かない!)
近づいてはダメだと思うのに、足は勝手に前へ進む。
ほとんど抱き合うような近さで、更紗の足は止まった。
「綺麗な娘だね。これは小さな傷一つ残さないように徹底的にチェックしなくちゃ……」
更紗をじっくり見定めていたレイが顔色を変えた。
「……っ君!」
はっきりとした驚きの表情を浮かべて、更紗の頬に手を添える。
「サラ?」
「……っ!」
途端、頭の中に流れ込んでくる記憶。
『好きだよ、サラ。お願い。どんな僕も愛して。君に嫌われたら生きられない』
レイによく似た顔立ちの男の子が懇願する。
『ボク、サラちゃんと一緒にもっといろんなところに出かけたいな。サラちゃんといると毎日がハッピーになるから』
『サラ……君だけが僕の人生に彩りを与えてくれるんだ。僕が死ぬまで、そばにいて』
『――サラ。俺のことが好きなんだろ?』
次々と流れ込んでくる声に、更紗の処理能力が追いつかなくなった。意識が遠のき、かくんと身体から力が抜ける。
「あわわっ」
傾いだ更紗をレイがしっかり抱きとめた。
「やっぱり、君がサラなんだね」
「ねぇねぇ。更紗、お昼食べたらどうする?」
きらきらとした無邪気な笑顔を更紗に向けるのは、幼馴染でクラスメイトの白鳥美羽だ。
特大のシュークリームを連想させる、緩く波打つクリーム色のショートカット。ガラスケースにしまっておかなければ壊れてしまいそうな華奢な体躯。整った顔のパーツの中で唯一、幼児のように大きな瞳。
十人中八人が二度見し、残り二人は視線を外すことさえできなくなる別格の美少女が、この白鳥美羽である。
「ごめん、お昼休み呼び出されてて」
「あぁ、また」
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「今日、保健の先生お昼から出張だって。だから怪我には気を付けてね」
「怪我って……私、告白されに行くだけなんだけど」
呼び出しには大きく分けて二種類ある。好意のあるものと、敵意のあるものだ。今回は前者である。
「万が一だよ。先生がいないってことは、あの市原先輩が担当ってことなんだからね!」
「市原先輩って……」
「ほら、三年生の『マッハンド市原ブラザーズ』って聞いたことあるでしょ」
三年に在籍する双子の市原兄弟の噂は更紗も聞いたことがある。由来は知らないが周囲から『マッハンド市原ブラザーズ』と呼ばれて恐れられているらしい。
そのどちらかが保健委員会の委員長を務めていて、先生が留守の時に代わりに手当をすることがあるのだ。
「んー、だけど委員会の仕事をきっちりこなしてるなら、悪い人じゃないんじゃない?」
「美羽も噂でしか聞いてないから確かなことは言えないけど……でも、更紗に何かあったら嫌だもん!……うーん、やっぱり心配だよぉ。美羽も付いて行こうか?」
「え……っ!」
瞬間、更紗の顔が引きつった。
「それは絶対にダメ!ぜっっっったいに、いけません!」
「えー、なんでー?」
「だっ、だって……ほら、美羽はか弱いし……逆に危険っていうか……。……美羽が怪我したら、それこそ保健室のお世話にならなくちゃいけなくなるでしょ。それじゃ意味ないし!」
「それもそっかー」
「そうそう。そうだよ!」
(危なかったー)
笑顔のままの更紗の顔を汗がツーっと伝う。
「じゃあ教室で待ってるけど、くれぐれも気を付けてよ」
(よっぽどのことがなければ怪我なんてしないだろうし)
自信を持って、更紗は頷いた。
「うーん、もうちょっとひと気のある場所を指定してくれるとありがたいんだけど」
教室のある本館と特別教室のある別館を結ぶ渡り廊下に、更紗は一人立っていた。
一階の昇降口から出入りすることが多く、渡り廊下は普段ほとんど使われていない。そのため、まったくひと気がない。
「待たせたな」
本館の方から聞こえた声に、更紗は顔を向けた。
体育会系と一目で分かるガタイの良い身体に、不釣り合いな腰パンの男子生徒が歩いてくる。
「えーっと、渡辺先輩ですよね?」
「おう」
彼が更紗を呼び出した渡辺らしい。
「……お前やっぱり綺麗だな。学校中で噂になるだけのことはある」
「どうも……」
「喜べ!俺様の彼女にしてやる!」
(……このパターンか)
驚くでもなく、更紗は冷静に相手を分類した。
告白にも種類がある。
思いを伝え、反応はすべて更紗の気持ち次第、というのが大多数のパターン。だが、更紗の気持ちを無視してどうにか付き合おうとする懇願系や、もはや更紗に決定権を渡さない命令系も少数ながら存在する。
(今回は命令系か……まぁ泣き落としにかかってくる人たちと比べたら、お断りするのに罪悪感感じなくていいけど……)
「よーし!俺様のクラスに行くぞ!紹介してやる!」
渡辺は手を伸ばして更紗の手を握ろうとする。
「お断りします」
半歩移動して手をかわし、更紗は渡辺に返事をした。
「は?」
「ですから、私は先輩の彼女にはなりません。……ごめんなさい」
「な……っ!」
更紗の言葉を理解した渡辺は、顔を歪めて更紗を睨む。
「なんだと!ここまで来ておいて勝手なことを……」
「呼び出しに応じたのは、好きになってくれた人への最低限の礼儀です」
「バカに……しやがって!」
「っ!」
更紗に掴みかかろうとする渡辺。その動きを見切れない更紗ではない。
身を屈めて手を避け、足を残して引っ掛ける。
「うぉっ!」
巨体が廊下の手すりに激突する。
「あ」
(しまった!)
上背のある渡辺は手すりを支点にしてくるりと回転し、頭から落ちそうになっていた。
「……っ間に合った!うわっ!」
更紗は素早く足を捕まえた。けれど体重差は大きい。
渡辺の重さに負けて、更紗の身体も手すりを乗り越えてしまう。
「……っく!」
右手で渡辺を掴んだまま、左手だけで手すりを握り、更紗は落下を止めた。
(腕が……ちぎれそう)
武闘派な更紗ではあるが、極端に力があるわけではない。推定九○キロほどの渡辺を引き上げることは困難だ。
「だ……誰か!」
返事はない。この渡り廊下を人が通るのは稀だ。
(誰もいないか。誰かいたとして、私と渡辺先輩の二人を同時に引き上げられるわけないし……)
助けを求めるのをやめて、更紗は下を見る。
地面まで五メートル弱。
(飛べない高さじゃない……けど)
問題は渡辺だ。逆さまになっている渡辺は、このまま落ちれば頭から地面にぶつかることになる。
(でもこのままこうしてるわけにもいかないし……やるしかないか)
手すりを掴んでいる手に力を込めると、ほんの少しだけ身体が持ち上がる。更紗は自分の身体を傾け、廊下を思い切り蹴った。
「うわあぁぁぁぁ!」
「口閉じて。舌噛むよ」
廊下を蹴った反動で、更紗は渡辺の下に回り込むことに成功した。
(これなら……!)
――ヒュッ、ダン!
渡辺の巨体を下から抱えて、足から地面に着く。
「っ、く」
渡辺を腕に抱いたまま、更紗は膝をついた。
「大丈夫ですか、渡辺先輩?」
子供のように目を閉じて縮こまっていた渡辺が、更紗に焦点を結ぶ。
徐々に状況を把握して、自分が更紗に助けられたのだと理解した。
「な、なんで俺を助けたんだ!襲いかかった俺を、あんたが危険を冒して助ける義理なんてないじゃないか!」
一度きょとんとしてから、更紗は苦笑した。
「義理なんかなくったって、人が困っていれば助けますよ。これくらいの高さなら問題ありませんから、私は別に危険も冒していません。……それに今回の件に関して言うなら、確かに先に手を出したのは先輩ですけど、先輩が落ちたのは私が適切に対処できなかったからです。ごめんなさい、先輩、怪我はありませんか?」
そう聞くと、渡辺は更紗の腕から身を起こして立ち上がる。
「平気だ。……悪かったな。もうおまえには関わらねぇよ」
「え……?」
「ただ綺麗なだけかと思ってのに……器もでかくて、それにすげぇ強ぇ。俺なんかじゃ、全然釣り合い取れねぇわ。……じゃあな」
背を向け去って行く渡辺を、更紗は声を掛けることなく見送った。
(用事も済んだし……私も戻ろう)
更紗は立ち上がる。
「……痛!」
膝に微かな痛みが走る。見ると、擦り傷ができていて少し血がにじんでいる。
「落ちた時にやっちゃったんだ」
人ひとりを助けた代償としては小さいものだ。水で洗って消毒をすれば数日で治るだろう。
――怪我には気を付けてね。
美羽の声が頭の中で反響する。
「か、かすり傷だし!ノーカン、ノーカン」
「あの高さから落ちたんだから、他にも怪我をしてる可能性があるんじゃないかな?」
「……へ?」
「声が聞こえたから外に出てみれば……まさか渡り廊下から人が落ちてくるとは思わなかった」
いつからいたのだろう。白衣を羽織った男子生徒が更紗へ向かってくる。
(てか、なんで白衣?……あ!)
男子生徒の後ろに視線を移す。そこにあるのは、先ほど美羽との会話でも話題にのぼった保健室だ。
(そっか、ここ保健室の裏になってるんだ。……ん?ということはこの人……)
「……そんなに警戒した目でみないで欲しいな。僕は市原レイ。保健委員なんだ」
そう言ってレイと名乗った生徒は微笑んだ。
(やっぱり!噂の市原先輩か!)
レイの態度は大人しく、恐怖の対象となり得るものではない。しかし更紗は警戒を解くことができなかった。
(この人……なんかエロい)
赤茶の髪もチョコレート色の瞳も派手さはなく、容姿の雰囲気は普通であるべきなのに、どこか匂い立つ妖しさがある。
(シャツを第二ボタンまで開けてるから?……そんなの他の生徒だってやってるのに)
尋常ではないフェロモンだ。今ここに子供がいたら、「見ちゃいけません!」と目を覆い隠していただろう。
「うーん。そこまで頑なだと少し傷つくな。手当はしてあげたいし――しょうがないね」
レイの目が細まる。得体のしれない感覚が更紗を襲った。
周囲の何かが変わった。何が変わったのかの把握に数秒を要し、そして分かった時にはもう手遅れだった。
(何!?このいい匂い)
鼻腔に届くのは甘い香り。
(どこから……まさか!)
更紗はレイを見た。
「〈こっちに、来て〉」
レイの声に、頭がくらくらする。
「……はい」
(身体の自由が利かない!)
近づいてはダメだと思うのに、足は勝手に前へ進む。
ほとんど抱き合うような近さで、更紗の足は止まった。
「綺麗な娘だね。これは小さな傷一つ残さないように徹底的にチェックしなくちゃ……」
更紗をじっくり見定めていたレイが顔色を変えた。
「……っ君!」
はっきりとした驚きの表情を浮かべて、更紗の頬に手を添える。
「サラ?」
「……っ!」
途端、頭の中に流れ込んでくる記憶。
『好きだよ、サラ。お願い。どんな僕も愛して。君に嫌われたら生きられない』
レイによく似た顔立ちの男の子が懇願する。
『ボク、サラちゃんと一緒にもっといろんなところに出かけたいな。サラちゃんといると毎日がハッピーになるから』
『サラ……君だけが僕の人生に彩りを与えてくれるんだ。僕が死ぬまで、そばにいて』
『――サラ。俺のことが好きなんだろ?』
次々と流れ込んでくる声に、更紗の処理能力が追いつかなくなった。意識が遠のき、かくんと身体から力が抜ける。
「あわわっ」
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