乙女ゲームの元ヒロインは恋の相手をさがしてる

月宮明理

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2.黒い羽根の天使

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トン、と軽い着地音がした。

「な、なんだお前は!?」

彼方のシャツをつかんでいた不良が動きを止める。その隙に彼方は相手を振り切って距離を取った。
その間に黒髪の女――更紗が割り込んだ。

「なにがあったか知らないけど、暴力はいけないよ!」
「と、突然出てきてなんなんだ!」
「邪魔すると殴りつけてグチャグチャに畳むぞ!」

三人のうち二人は突然現れた更紗に戸惑いを見せたが、もう一人は早々に更紗を敵認定して臨戦態勢になる。

「待って。私は戦いに来たわけじゃない」

そう言った更紗の顔を不良たちはまじまじと眺める。その後、視線は自然と更紗の身体に移った。
三人に卑下た笑みが浮かぶ。

「ずっげぇ上玉」
「そっちの男より、あんたと遊ぶ方が楽しそうだなっ!」

言葉とともに、標的を更紗に変えて襲いかかる。

「暴力は憎しみしか生まないんだけどな……」

そうぼやきながら、更紗は相手に意識を集中させた。

「はっ」

突き出された腕を見切って捻り、踊るようにして攻撃をかわす。その動きは底抜けに優美で、あらかじめ打ち合わせをしていたかのような完成度を誇っていた。
更紗が反撃したこと、そしてその流麗な動きの両方に驚き、三人は瞠目した。

「何者だよ……お前」
「動きが普通じゃねぇ」
「そういや塀の向こうから飛んできたもんな……」

警戒をにじませ、三人は更紗に飛びかかるタイミングを伺う。更紗もそれが分かって身構えた。

「おりゃあ!」
「はあぁぁぁ!」
「ふんっ!」

三人の攻撃はほぼ同時。普通ならすべてかわすのは不可能だ。
けれど更紗は相手の腕を押して方向を少し変え、拳を受けないスペースを作り出した。

「う……そ、だろ……」

絶対当たると確信していたのに、かわされた。更紗が見せつけた圧倒的な能力差に、三人は戦意を喪失した。

(今だ!)

「君たち」

更紗の口の端に笑みがのぼる。馬鹿にしたような昏い笑みではなく、慈しむような柔らかい笑みだ。

「……!」
「……!」
「……!」

敵対していた相手に向ける笑顔ではない。それなのに今、その笑顔が自分に向けられている。その事実に戸惑いながらも、誰一人として更紗から目がそらせないでいた。

「〈この子を追いかけるのは、もうやめて〉」
「はい」
「はい」
「はい」

魅了する笑顔チャーミングスマイルにかかった三人は、更紗に逆らえない。
顔を赤らめたまま彼らはその場から去って行った。

「ふぅ。これでよし」
「ちょっとあんた」

更紗が背中にかばっていた彼方が声をあげた。振り向くと、彼は眉間にシワを寄せ、少し不機嫌な顔をしていた。

「どうしたの?」
「どうしたの、じゃねーよ。危ないだろ!」
「危ない?」
「なんで意味が分からないみたいな顔してんだ!どう考えても男三人と立ち回ろうなんて、女がすることじゃない」
「……もしかして心配してくれてるの?」

男三人とはいえ、相手はただ感情に任せて手が出るだけの素人だ。そんな相手を更紗が恐れる理由はない。
だから彼方が更紗を心配していると知って驚き、そして嬉しくなった。

「ありがとね」
「なんであんたが礼を言うんだ!」
「心配してくれたからだよ」

魅了する笑顔チャーミングスマイルの時のように意図的にではなく、感情が高ぶって自然と笑みが零れた。

「……っ!」

魅了する笑顔チャーミングスマイルのような神々しさや芸術性はないが、代わりに無邪気さが前面に表れ、手を伸ばして抱きしめたくなるような庇護欲をそそる。
彼方も例外ではなく、右手が更紗に伸びそうになり、左手で押さえつけて止めた。

「何してるの?」
「いや……なんでもない。……それより、なんでわざわざ助けてくれたんだ?」
「ん?だって困ってたでしょ。殴るわけにも、殴られるわけにもいかないんだから」
「は?」
「アイドルなんだから暴力沙汰は被害も加害もご法度でしょ。光石彼方くん」

更紗はそう言って、持っていた定期券を彼方に差し出した。

「あ、俺の定期……」
「さっき落としてったの」
「マジか……サンキュ」

更紗から定期を受け取り、彼方はズボンのポケットにしまった。

「あんた、俺のこと知ってたんだな」
「うん。友達が大ファンだから」
「……あんたは……いや、なんでもない。……あんたあんたって、助けてもらって失礼だな。名前と連絡先を教えてくれないか、お礼がしたい」
「別にお礼なんていらないよ」

更紗にしてみれば、電車で席を譲る程度の親切だ。それに対してお礼をもらってしまったら、そちらの方が申し訳ない。

「けど……」

彼方がさらに言い募ろうとした時、更紗の耳にチャイムの音が届いた。

「うそ、もうそんな時間?早くしないと本鈴に間に合わなくなっちゃう」
「おい、待て……」

彼方の伸ばした手をひらりとかわし、地面を一蹴りして石垣の上に飛び乗った。

「遅刻しちゃうからもう行くね」
「おい、せめて名前を……!」

黒髪が大きく跳ね、そのまま石垣の向こうへ消えた。

「クソッ……シンデレラかあいつは!だったらガラスの靴くらい残してけっての!」




「まったく朝から散々だな……」

入り組んだ住宅街から抜けて、彼方は大通りまで戻った。

「これから学校とか……ダルい」

ため息を吐く彼方の前に一台の車が滑り込む。止まるのとほぼ同時に後部座席のドアが開き、中から人が飛び出した。

「彼方!」
「おわっ、なんだ!って……さとる!」
「大丈夫?身体なんともない?」
「おいペタペタ触るんじゃない!」

出会い頭に痴漢行為に及んでいるのは、彼方と同じくパッショナーズに籍をおく道鋏みちばさみ悟だ。
女性のような細く柔らかな髪は肩まで伸び、気が弱そうにも見える儚げな顔つきとあいまってものすごく中性的である。
彼方の身体を頭、顔、肩、腕、胸、腹、背中、臀部、脚、と一通り撫で回し、満足した悟は彼方から離れた。

「良かった、怪我はないみたい」
「なんなんだ一体……」
「悟は彼方が心配だったんだよ」

自動車の助手席の窓が下り、そこから一人の青年が顔を見せる。

蓮司れんじ!お前まで一緒だったのか!」
「悟にSOSコールをもらってな」

そう説明したのは、パッショナーズの最年長・紙漉かみすき蓮司だ。
やや丸めの瞳は愛らしく、顔立ちは童顔と言える。けれど身長は188センチとパッショナーズの中でも一番の高身長で、程よく筋肉も付いている。
少年のような顔と成熟した身体が魅せるアンバランスが背徳的な色気を醸し出していて、免疫がない人間ならば赤面してしまいそうだ。

「もー、びっくりしたんだよ!彼方ってばガラの悪そうな連中に追いかけられてるんだもん!」
「……見られてたのか」
「彼方は怪我をしていないようだけど、まさか相手に怪我をさせたりはしていないよな?」

悟は彼方の身体ばかり心配しているが、さすがに蓮司は成人していることもあり、彼方が加害者になりうることも理解していた。

「問題ねーよ。手なんか出してない」
「それは蹴りは入れたとかいうオチじゃないよな?」
「んなわけねーだろ!蹴ってもねーし、頭突きとかもしてねーよ!」
「なら良い。……ほら、学校まで送ってってやるから、乗れ」
「悪いな」

蓮司に促されて、彼方は自動車の後部座席に乗った。後に悟も続く。
彼方と悟は同じ学校に通っているので行き先は同じだ。

「でもさぁ、よく無事だったよね。どうやってあれから逃げ切ったの?」

自動車が走り出してすぐのこと。悟は彼方に問いかけた。
彼方の脳裏には飛び込んできた更紗の姿が蘇る。
最初に更紗を認識した時、黒い翼の天使かと思った。彼女の黒髪が羽のように広がっていたからだ。
彼方が抱いた第一印象を裏切ることなく、彼女は強く美しく優しかった。
ぽつりと彼方は答える。

「天使が助けてくれた……」
「え?」

意味が分からない、と表情で訴える悟を無視して、彼方は窓の外に視線を移した。

(絶対にもう一度会ってやる)

更紗が渡した定期を握り、彼方は座席に背を預けた。
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