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17.透空学園の体育祭事情
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「へぇ、更紗ってばまたそんな無茶をしてるの~?」
「み、美羽、笑顔が怖いよ」
LHRの時間。隣に座る美羽にこっそりと、レイから出された交換条件について話したら目が笑っていない笑顔を向けられた。
美羽に『前世は乙女ゲームのヒロインで、市原先輩はその攻略キャラクターだったんだよ』なんて事情を話すことはできないので、その辺りはごまかしてある。
怒りをため込んでいる美羽に困っていると、偶然にも救いの手が伸びてきた。
「えーっと次は……応援合戦に出場したい人いますか?」
「あ!はいはい!」
今日のLHRは今月末に行われる体育祭の出場種目決めだ。次々と出場者が決まっていく中、美羽は応援合戦に立候補する。
(よかった。美羽の気が逸れた)
剛速球玉入れ
どすこい綱引き
愛の二人三脚
ドーピング応援合戦
悪意と敵意の障害物競走
スクランブル騎馬戦
種目名の下に名前が書き加えられていく。
「更紗は何に出るの?」
「うーん私は……」
怪我はほとんど治っているが本調子とは言い難く、更紗としては積極的に出場したいとは思っていなかった。
前で種目決めを進める体育祭実行委員が更紗の様子を見て声を掛ける。
「如月さん、騎馬戦出ない?」
「えっ?」
更紗の運動神経の良さはクラスの誰もが知るところなのでこの推挙は当然と言えば当然のことだった。
更紗は視線を美羽に移す。
(ここで断ると美羽が余計に心配しそうだしなー)
「……やります」
<今度の体育祭で騎馬戦に出ることになりました>
自宅に帰り、ベッドに横になった更紗はスマホにメッセージを打ち込む。相手は、ネットのみで活動をしている作曲家のミカだ。
ファンが増えて物理的に個別の返信が不可能になった現在とは違い、活動初期は動画に残された一つ一つのメッセージにミカは返信していた。その頃から頻繁にやり取りをしていた更紗はミカとほとんど友達のようなものだった。とはいえ実際に会ったこともなく、互いの本名も知らないため、美女子高生杯の時にミカの曲を紹介したことは内緒にしている。
<ららは体育得意って言ってたよね?大活躍じゃん>
”らら”というのは更紗のハンドルネームだ。
<そうでもないです。うちの学校の騎馬戦変わっていて、学年混合なので先輩とも戦わないといけなかったり、あとさすがに乱戦の方は男女別ですけど一騎討の方は男女混合でもOKだったり……なかなかハードです。これでも他の競技よりはマシですが>
<ちょっと気になってきちゃったんだけど、他の競技はどんな感じなの?>
<玉入れは球速100キロ以上の玉しか籠に入っても得点にならないです。綱引きは両手足にそれぞれ2キロの重りを着けたうえ力士の肉襦袢を着て、50メートル先にある綱までダッシュして綱引き始めます>
<……他には?>
<二人三脚では、ペアがまず目隠しした状態で校内でバラバラにされます。「愛してるよ」とだけ叫ぶことができるのでその声を頼りに頑張って合流して、昇降口まで来たら目隠しを外して普通に二人三脚でゴールまで行きます>
<それは二人三脚がメインではないのでは……?>
更紗はミカとの他愛のないやり取りの中でふと全然別の事を思い出す。
<そういえば次の曲は歌入りだって言ってましたけど、自分で歌うんですか?>
<ううん、ロボイス使うよ>
人工音声であるロボイスを使って自作の曲に歌を乗せる作曲家は少なくない。どうやらミカもその一人のようだ。
<頑張ってロボイスを使いこなせるようになって有名になる!目指せパッショナーズへの楽曲提供!>
パッショナーズに対して並々ならぬ思い入れのあるミカから拳を握っていそうなメッセージが追加で届いた。
その瞬間、頭の中に彼方の姿が浮かんだ。そして何故か――前世で別れたオレンジ色の髪をしたあの人の姿も思い出された。
更紗は会いたかった。
かつて恋したあの人に。
もしも何もしがらみもない現世で会えたなら、今度こそすれ違わずに恋人同士になれるだろう。
だからこそ前世のことを知り、会いに行かなければならない。
(なんにしてもゼロ先輩を学校に来させてレイ先輩から話聞かないとね)
前回はしてやられたが、まだまだ諦めるつもりはない更紗はもう一度ゼロを探して街を歩いていた。
(うーん。この前はすぐに見つかったけど、今日はそううまくは行かないか)
少し歩こうと決め、隣の駅まで歩くことにする。
喧嘩屋を探している以上、ひと目のない場所を探すことになる。だから更紗が陥った状況は当たり前といえば当たり前だったのかもしれない。
「すっげぇ美人じゃん」
「俺らと一緒にあそぼーよ」
住宅街の外れにある木の茂る公園を歩いていると3人の若い男に囲まれた。
「いえ、連れがいますので」
「いねーじゃん」
本当にいないのだが、こういう状況になれている更紗はそのまま顔色一つ変えずに嘘を吐く。
「はぐれてしまっただけです」
「じゃあさ一緒に探してあげるよ」
「……そう来るか」
魅了する笑顔で撃退すればいいので全く困ってはいないのだが、周囲からはそう見えなかったらしい。
「おい。女ひとりに複数で囲んで恥ずかしくねーのか?」
(あれ?この声は……)
囲んでいる男の向こう側。更紗は首を伸ばしてその声の主を見る。
「あ……ゼロ先輩」
「……お前だったのか」
苦虫を噛み潰したような表情でゼロは更紗を見ていた。
男たちも振り返り、そしてゼロの顔を見て何者かを認識する。
「市原ゼロだと?」
「あの喧嘩屋の……」
「ちょうどいい。この女の知り合いなのか」
男たちはにやりと笑うと更紗の腕をつかんだ。
「え……ちょっと」
「おい、この女に怪我させられたくなけりゃあ大人しくしろ」
更紗を人質に取ってゼロの動きを封じようと考えたらしい。
「助けに出てきて状況を悪化させるとはざまぁないな市原!」
「ッチ!」
男たちを睨んでいたゼロが更紗に視線を移し、なにやら意味深な眼差しをする。
――魅了する笑顔でどうにか抜け出せ。
更紗は双子の相方でも超能力者でもないのでゼロの視線の意味を理解することは出来なかった。もし理解できたとしたら、「今やろうと思ってたんですけどね」と苦笑しただろう。
「おい、その女を離せ」
ゼロが言葉を発したおかげで、男たちの意識が更紗から外れた。
更紗が抵抗するとは思っていなかったのだろう。大した力でもなかったので、更紗は難なく腕を振りほどく。
「なにっ」
もう一度捕まえようとしてきた男の飛びかかってきた勢いを利用して投げた。投げた先にいた男も巻き込んで二人して地面に倒れ込む。
「先に相手をしていたのは私でしょう?」
「このっ……!」
「正解。喧嘩を売る相手はゼロ先輩じゃなくて私です」
最後の一人も投げ飛ばして、更紗は男たちを見下ろした。
魅了する笑顔
「<もう私たちに関わらないで>」
嘘のようにおとなしくなり、男たちは更紗たちから離れていった。
「さて、今日は逃がしませんよ。ゼロ先輩。……ゼロ先輩?」
ゼロに対しては魅了する笑顔を使用していないはずなのだが、なぜかゼロまでぼーっとした表情で更紗を見ていた。
「先輩?先輩!」
「ハッ……」
更紗がゼロの前で手を振るとようやく我に返った。
ゼロは身体を動かすのが好きだ。だから喧嘩も大好きだ。特に強い相手と手合わせするのが大好きなのだ。
「ゼロ先輩大丈夫ですか?」
ゼロを心配した更紗が顔を覗き込むと、耳元でゼロがささやいた。
「<おれと、戦え>」
更紗の身体に緊張が走る。
しかし更紗は命令する声に操られてしまうほど弱くない。
一瞬身を強張らせたが、そのままゼロと距離を取って様子を伺った。
「ゼロ先輩、どういうつもりですか?」
「サラ、お前強いんだな。おれと戦おーぜ」
「嫌です。私は身を守るために強くなっただけで、むやみに争いたくありません」
明確な更紗の意志表示に、ゼロはしばし考え込んだ。
「分かった。喧嘩が嫌いなやつに喧嘩を強要するのはおれも避けたい。だが――おれは強い相手とはどんな勝負でもいいから戦いたい」
「いや、私はどんな勝負もしたくないのですが」
「お前が勝ったらなんでも言うこと聞いてやるよ」
「えっ!本当ですか!?」
「その代わり、おれが勝ったらもうおれを学校に行かせようなんてするな」
これはチャンスではないだろうか。更紗としても早いとこ納得して登校してもらいたいと思っていたのだから。
負ければ説得するチャンスが永久に失われてしまうリスクはあるが、それでもゼロがやる気になっている今、この提案に乗る方が可能性が高い。
「良いでしょう。その勝負受けて立ちます」
その後二人は話し合い、決戦の舞台は体育祭の騎馬戦と決まった。
「み、美羽、笑顔が怖いよ」
LHRの時間。隣に座る美羽にこっそりと、レイから出された交換条件について話したら目が笑っていない笑顔を向けられた。
美羽に『前世は乙女ゲームのヒロインで、市原先輩はその攻略キャラクターだったんだよ』なんて事情を話すことはできないので、その辺りはごまかしてある。
怒りをため込んでいる美羽に困っていると、偶然にも救いの手が伸びてきた。
「えーっと次は……応援合戦に出場したい人いますか?」
「あ!はいはい!」
今日のLHRは今月末に行われる体育祭の出場種目決めだ。次々と出場者が決まっていく中、美羽は応援合戦に立候補する。
(よかった。美羽の気が逸れた)
剛速球玉入れ
どすこい綱引き
愛の二人三脚
ドーピング応援合戦
悪意と敵意の障害物競走
スクランブル騎馬戦
種目名の下に名前が書き加えられていく。
「更紗は何に出るの?」
「うーん私は……」
怪我はほとんど治っているが本調子とは言い難く、更紗としては積極的に出場したいとは思っていなかった。
前で種目決めを進める体育祭実行委員が更紗の様子を見て声を掛ける。
「如月さん、騎馬戦出ない?」
「えっ?」
更紗の運動神経の良さはクラスの誰もが知るところなのでこの推挙は当然と言えば当然のことだった。
更紗は視線を美羽に移す。
(ここで断ると美羽が余計に心配しそうだしなー)
「……やります」
<今度の体育祭で騎馬戦に出ることになりました>
自宅に帰り、ベッドに横になった更紗はスマホにメッセージを打ち込む。相手は、ネットのみで活動をしている作曲家のミカだ。
ファンが増えて物理的に個別の返信が不可能になった現在とは違い、活動初期は動画に残された一つ一つのメッセージにミカは返信していた。その頃から頻繁にやり取りをしていた更紗はミカとほとんど友達のようなものだった。とはいえ実際に会ったこともなく、互いの本名も知らないため、美女子高生杯の時にミカの曲を紹介したことは内緒にしている。
<ららは体育得意って言ってたよね?大活躍じゃん>
”らら”というのは更紗のハンドルネームだ。
<そうでもないです。うちの学校の騎馬戦変わっていて、学年混合なので先輩とも戦わないといけなかったり、あとさすがに乱戦の方は男女別ですけど一騎討の方は男女混合でもOKだったり……なかなかハードです。これでも他の競技よりはマシですが>
<ちょっと気になってきちゃったんだけど、他の競技はどんな感じなの?>
<玉入れは球速100キロ以上の玉しか籠に入っても得点にならないです。綱引きは両手足にそれぞれ2キロの重りを着けたうえ力士の肉襦袢を着て、50メートル先にある綱までダッシュして綱引き始めます>
<……他には?>
<二人三脚では、ペアがまず目隠しした状態で校内でバラバラにされます。「愛してるよ」とだけ叫ぶことができるのでその声を頼りに頑張って合流して、昇降口まで来たら目隠しを外して普通に二人三脚でゴールまで行きます>
<それは二人三脚がメインではないのでは……?>
更紗はミカとの他愛のないやり取りの中でふと全然別の事を思い出す。
<そういえば次の曲は歌入りだって言ってましたけど、自分で歌うんですか?>
<ううん、ロボイス使うよ>
人工音声であるロボイスを使って自作の曲に歌を乗せる作曲家は少なくない。どうやらミカもその一人のようだ。
<頑張ってロボイスを使いこなせるようになって有名になる!目指せパッショナーズへの楽曲提供!>
パッショナーズに対して並々ならぬ思い入れのあるミカから拳を握っていそうなメッセージが追加で届いた。
その瞬間、頭の中に彼方の姿が浮かんだ。そして何故か――前世で別れたオレンジ色の髪をしたあの人の姿も思い出された。
更紗は会いたかった。
かつて恋したあの人に。
もしも何もしがらみもない現世で会えたなら、今度こそすれ違わずに恋人同士になれるだろう。
だからこそ前世のことを知り、会いに行かなければならない。
(なんにしてもゼロ先輩を学校に来させてレイ先輩から話聞かないとね)
前回はしてやられたが、まだまだ諦めるつもりはない更紗はもう一度ゼロを探して街を歩いていた。
(うーん。この前はすぐに見つかったけど、今日はそううまくは行かないか)
少し歩こうと決め、隣の駅まで歩くことにする。
喧嘩屋を探している以上、ひと目のない場所を探すことになる。だから更紗が陥った状況は当たり前といえば当たり前だったのかもしれない。
「すっげぇ美人じゃん」
「俺らと一緒にあそぼーよ」
住宅街の外れにある木の茂る公園を歩いていると3人の若い男に囲まれた。
「いえ、連れがいますので」
「いねーじゃん」
本当にいないのだが、こういう状況になれている更紗はそのまま顔色一つ変えずに嘘を吐く。
「はぐれてしまっただけです」
「じゃあさ一緒に探してあげるよ」
「……そう来るか」
魅了する笑顔で撃退すればいいので全く困ってはいないのだが、周囲からはそう見えなかったらしい。
「おい。女ひとりに複数で囲んで恥ずかしくねーのか?」
(あれ?この声は……)
囲んでいる男の向こう側。更紗は首を伸ばしてその声の主を見る。
「あ……ゼロ先輩」
「……お前だったのか」
苦虫を噛み潰したような表情でゼロは更紗を見ていた。
男たちも振り返り、そしてゼロの顔を見て何者かを認識する。
「市原ゼロだと?」
「あの喧嘩屋の……」
「ちょうどいい。この女の知り合いなのか」
男たちはにやりと笑うと更紗の腕をつかんだ。
「え……ちょっと」
「おい、この女に怪我させられたくなけりゃあ大人しくしろ」
更紗を人質に取ってゼロの動きを封じようと考えたらしい。
「助けに出てきて状況を悪化させるとはざまぁないな市原!」
「ッチ!」
男たちを睨んでいたゼロが更紗に視線を移し、なにやら意味深な眼差しをする。
――魅了する笑顔でどうにか抜け出せ。
更紗は双子の相方でも超能力者でもないのでゼロの視線の意味を理解することは出来なかった。もし理解できたとしたら、「今やろうと思ってたんですけどね」と苦笑しただろう。
「おい、その女を離せ」
ゼロが言葉を発したおかげで、男たちの意識が更紗から外れた。
更紗が抵抗するとは思っていなかったのだろう。大した力でもなかったので、更紗は難なく腕を振りほどく。
「なにっ」
もう一度捕まえようとしてきた男の飛びかかってきた勢いを利用して投げた。投げた先にいた男も巻き込んで二人して地面に倒れ込む。
「先に相手をしていたのは私でしょう?」
「このっ……!」
「正解。喧嘩を売る相手はゼロ先輩じゃなくて私です」
最後の一人も投げ飛ばして、更紗は男たちを見下ろした。
魅了する笑顔
「<もう私たちに関わらないで>」
嘘のようにおとなしくなり、男たちは更紗たちから離れていった。
「さて、今日は逃がしませんよ。ゼロ先輩。……ゼロ先輩?」
ゼロに対しては魅了する笑顔を使用していないはずなのだが、なぜかゼロまでぼーっとした表情で更紗を見ていた。
「先輩?先輩!」
「ハッ……」
更紗がゼロの前で手を振るとようやく我に返った。
ゼロは身体を動かすのが好きだ。だから喧嘩も大好きだ。特に強い相手と手合わせするのが大好きなのだ。
「ゼロ先輩大丈夫ですか?」
ゼロを心配した更紗が顔を覗き込むと、耳元でゼロがささやいた。
「<おれと、戦え>」
更紗の身体に緊張が走る。
しかし更紗は命令する声に操られてしまうほど弱くない。
一瞬身を強張らせたが、そのままゼロと距離を取って様子を伺った。
「ゼロ先輩、どういうつもりですか?」
「サラ、お前強いんだな。おれと戦おーぜ」
「嫌です。私は身を守るために強くなっただけで、むやみに争いたくありません」
明確な更紗の意志表示に、ゼロはしばし考え込んだ。
「分かった。喧嘩が嫌いなやつに喧嘩を強要するのはおれも避けたい。だが――おれは強い相手とはどんな勝負でもいいから戦いたい」
「いや、私はどんな勝負もしたくないのですが」
「お前が勝ったらなんでも言うこと聞いてやるよ」
「えっ!本当ですか!?」
「その代わり、おれが勝ったらもうおれを学校に行かせようなんてするな」
これはチャンスではないだろうか。更紗としても早いとこ納得して登校してもらいたいと思っていたのだから。
負ければ説得するチャンスが永久に失われてしまうリスクはあるが、それでもゼロがやる気になっている今、この提案に乗る方が可能性が高い。
「良いでしょう。その勝負受けて立ちます」
その後二人は話し合い、決戦の舞台は体育祭の騎馬戦と決まった。
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