公爵子息の母親になりました(仮)

綾崎オトイ

文字の大きさ
7 / 21

公爵様の呟き(ディアン)

しおりを挟む
 一人目の妻とは、どこにでもあるようなありふれた政略結婚だった。
 彼女は物静かで大人しく落ち着いた女性で、親の決めた婚約にも反対は無かった。適度な距離感でそれなりにやっていけるだろうと思っていたが、それは彼女の本性を本人と家族がうまく隠していただけだったと気づいたのは息子のアスルが生まれた後のこと。
 幸い、というべきか、初夜で授かったアスルは公爵家の特徴を持っていた。タイミングが違えば生まれてくるのはアスルで無かっただろう。

 昔とは違い、貴族でも恋愛がある程度は自由になっていて、私たちの婚約は大人に差し掛かるような年齢になってから整った。婚約前に付き合いのある男がいてもおかしな話では無い、と彼女の大人しい見た目にも騙され過去の交際関係は特に気にしていなかったのがいけなかった。

 本来の彼女は非常に自由奔放な性格だったらしく、婚約してから婚姻まで大人しくできていたことを褒めるべきなのかもしれない。
 結婚してからアスルの妊娠が発覚するまでには、すでに何人もの男と関係を持っていて、アスルを産むと同時に公爵家から追い出した。アスルが彼女ではなく私に似ていたことは正に奇跡と呼ぶべきか。彼女そっくりに生まれていたならここまで愛を感じられたか分からない。

 アスルは母親の存在を知らない。生まれた瞬間から傍に居なかったのだから当然だ。
 だが、周りには当然母という存在がいる。物語の中にだっている暖かな存在に、アスルは憧れを抱いてしまったらしい。

 どうして僕にはお母様がいないの? 僕もお母様が欲しい。

 泣きそうな顔で懇願されてはどうしようも無い。当然のことながら父である私は母にはなれないし、乳母や使用人にも懐いているがやはり母親という存在とは違うものだ。

 実の母親だからとあの女を連れ戻すことはできない。
 後は後妻を見つけるしかないか、と何人か話をもちかけ、最終的に辿り着いたのが私の二人目の妻でもあるエルシーだった。

 予想外に陛下からのお墨付きもある女性で、私より年は下だが実際に会ってみた印象も悪くない。自分で言うのもなんだが、女性にとって魅力的らしいこの容姿と身分に媚びる様子もない所は気に入った。
 アスルとの仲も順調なようでまだ日は浅いのにすっかり彼女に懐いている。

 アスルもあまり我儘を言わないが、エルシーも欲が無いらしい。仕立て屋を呼んでも宝石商を呼んでも目を輝かせるどころか遠慮するばかりで、彼女が唯一自らデザインを望んだというアスルとの揃いの服が今日やっと出来たところだ。

 私の分も作ろうと言ってくれたエルシーに私は頷いた。だからこそ今日という日をそれなりに気にしていた……のだが。

 目の前に広げられた大小の服は全く同じでは無いが対になっているのだと一目でわかる。
 二つの服を両手に持っている派手な男はご機嫌だ。

「お揃い、と言うから三人で同じなのかと思っていた」
「違うわよ~。貴方と奥様、それぞれが息子くんとセットの服で二つ」

 奥様とペアの方は可愛くしちゃった~とはしゃぐ男には未だに慣れることがない。くねくねとした動きは気色悪いとさえ思うが口に出しても面倒になるだけだと分かっているから黙っておく。

 ロージーに呼ばれた時にエルシーとアスルの揃いの服を見た。ちょうど着替え終わったところだったのか二人で手を繋いで嬉しそうに鏡の前に立っていて、その姿は親子そのものに見えた。
 彼女を選んだのは正解だった。

 しかし本当に彼女は。

「私に興味が無いんだな」

 私に見向きもしない彼女の姿が浮かんで思わず心の声が漏れ出ていて、気づいた時にはロージーが頬を緩ませきった顔でこちらを覗き込んでいた。本来の身長は対して変わらないが、今のロージーは踵の高いヒールを履きこなしている。頭一つ分高い大男に顔を覗き込まれるのはあまりいい気がしないものだ。
 何よりそのニヤついた顔が癪に障る。

「なんだ、お前も気に入ってるのか」
「何が言いたい」
「いや? ふーん。ディアンが見向きもされてないの珍しくて笑える」
「うるさい」

 似合うから、という理由だけで女装を好んでいるこの男の素は女性からはかけ離れている。
 私の中ではこちらが慣れ親しんでいる口調だが、この格好で言葉遣いを戻されるとなんともいえない気持ち悪さを感じてしまうからやめてもらいたい。

「結婚式もするつもりなんだろう?」
「あぁ、もう少し落ち着いた後でにはなるだろうが」

 公爵夫人としての役割を背負わせる気は無いが、邪険にするつもりも無い。
 アスルの母親として尽くしてくれる以上、彼女の幸せのためには努力も金も惜しまないつもりでいる。

「もちろん、ドレスはうちに任せてくれるのよね?」

 目立つ色のリップを塗った唇が弧を描く。この切り替えの早さはなんなんだ。

「一応そのつもりだが、マダムローズの店は常に予約が埋まっているんじゃないのか?」

 今回のエルシーの衣装も知り合いのよしみで無理やりねじ込んで貰っている。少し先になると言っても婚姻衣装を作るほどの時間の空きがあるのかどうか。

「そりゃぁ、うちは常にキャンセル待ちだけど、あたしは作りたいものを作るのよ。こういうのは別腹ってやつなんだから、任せなさい」

 すでに私の存在を無視してスケッチブックを取り出してアイデア出しを始めているロージーは奇行が目立つ変人だが、腕だけは良い。昔から器用で、美的センスは群を抜いていた。

 エルシーと合わせた物より落ち着いた色味の大小の紳士服。試しに自分の分に袖を通してみるがサイズはぴったりで着心地も良い。子供服にはリボンなどの装飾は少なめで裾の広がりも抑えられている。一人でいてもどこかに引っ掛けることが無いようにデザインされているのだろう。

 しかし三人で合わせるのだろうと思い描いた理想が頭から抜けていってくれない。

「ねぇ。暇な時に三人お揃いでのデザイン、考えてあげてもいいわよ、公爵様」

 スケッチブックから顔を上げたロージーがにんまりと笑う。その顔の横で親指と人差し指を合わせた丸が掲げられている。その丸の中に金貨が光り輝いている気がした。

「……頼もう」
「まいどあり~」

 望み通り懐から金貨を一枚放り投げてやれば、派手な女装姿の男は機嫌良さそうに掴み取った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

短編 政略結婚して十年、夫と妹に裏切られたので離縁します

朝陽千早
恋愛
政略結婚して十年。夫との愛はなく、妹の訪問が増えるたびに胸がざわついていた。ある日、夫と妹の不倫を示す手紙を見つけたセレナは、静かに離縁を決意する。すべてを手放してでも、自分の人生を取り戻すために――これは、裏切りから始まる“再生”の物語。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

虎の威を借る狐は龍【完】

綾崎オトイ
恋愛
ヴィーはただの平民だ。ちょっと特殊だけど、生まれも育ちも普通の平民だ。 青春ライフを夢見て我儘を言って、やっと婚約者と同じ学園に通い始めたというのに、初日からこの国の王太子達を引き連れた公爵令嬢に絡まれるなんて。 その令嬢はまるで婚約者と恋仲であるような雰囲気で、ヴィーは二人を引き裂く悪い女。 この国の王族に愛され、貴族国民からの評価も高いらしい彼女はまるで虎の威を借る狐。 だがしかし後ろに虎がいるのは彼女だけでは無い。だからヴィーは何も気にしない。 2話完結 ◤勢いだけで書き上げました。頭空っぽにして読んでくださいな◢

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

処理中です...