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scène ー招待ー
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ルーカス様が息を吐き出しながら肩の力を抜いたのを見計らって、私は口を開いた。僅かな仕草の違いだけど、人の反応や感情を見抜くのは得意なの。
「それで、報告とは? 私にも何か関係がある事なのですか?」
自然な声音を意識して問いかければ、置いたばかりのカップに向いていた視線がゆっくりと私に向けられた。
その隙にチェルがお茶のおかわりをカップに注ぐ。
「ああ、そうだった。急で申し訳ないのだが、2週間後に王宮で開かれる夜会に私と出席してもらう事になった。殿下が私たちの婚約をそこで発表して皆に祝ってもらおうと言い出して」
ルーカス様が呆れるような、少しだけ面倒くさそうな様子でため息を零す。
あら、婚約発表。
まぁそうよね、と思う。
王太子殿下にかなり信頼されているらしいルーカス様だもの。きっと善意で祝ってくれようとしているのでしょうね。
愛されている証拠だと思うし嬉しくない訳ではないだろうけど、ルーカス様にとっては複雑、みたいな感じかしら。
お披露目の夜会も立派な公務のうちなのでしょうけど、その分書類仕事は進まないし気が乗らない、そんな所かしらね。
これだけ見目が良くては少し顔を見せて抜け出す、なんて難しいそうだし。目立つこと間違いなしよね。
実際、夜会の場で遠目に見た時も常に人に埋もれていてなかなか姿を見ることは出来なかった。
わからなくもないわ。やりたいことが他のことで時間を持っていかれてできないって辛いし。
貴族の社交界なんて綺麗なだけの世界ではなくて、面倒だと思う人は少なくないらしいけど、でも私は結構好きだからあまり抵抗が無い。
現実世界であんなにも毎回物語が詰まった空間なんてそうそう無いでしょう?
身を焦がすような恋愛も、愛憎渦巻く人間関係も、商売も、あそこにはどんな話だって転がっている。しかも詰め詰めのぎゅうぎゅうよ。
会場の中心で偽る恋心、使用人たちの見事な連携、壁際の女性の静かな争い、バルコニーでの秘めた話。
見ていると案外楽しいのよ。
「わかりました。ドレスはルーカス様と合わせたほうがよろしいですわよね?」
「君のサイズはご実家に聞いてる。今着ているドレスのサイズで問題ないようならこちらで用意した物を、と思っているが」
そう言われて私は自分のドレスに視線を向ける。
なるほど確かにピッタリ。
出されるがまま、着せられるがままになっていたけれど、私のために作ってくれたものだったのね。
サイズは完璧。
デザインも流行を抑えていて、けれど派手すぎず私の容姿も考慮して似合うもの。かと言ってもちろん地味では無い。
ルーカス様がデザインに口を出したようには見えないから、優秀な人間がいるんでしょう。
「全く問題ありませんわ。それではお願い致しますね」
にこりと微笑みを向けるとルーカス様は安心したように頷いた。
お忙しい中で一つ肩の荷が降りたようで良かったわ。
憂い顔も素敵なのが美形の素晴らしいところだけど、いつもの真面目な顔も目が幸せ。
用意したお茶とお菓子は綺麗に無くなっていて、ルーカス様が立ち上がる。
そんなに長い時間いた訳では無い、むしろ婚約関係の男女のお茶会にしてはどちらかと言うと一瞬と言える短い時間。
「それでは私は夜会までまたしばらく忙しくなりそうなので。何かあれば使用人に伝えてくれ」
それでは、と要件だけ伝えてすたすたと扉に向かって歩いていくルーカス様の背中を見送る。もちろん振り返ってくれることは無い。
冷たい反応ではあるけど、でもこれで嫌われているわけじゃないのよ。
好かれている訳でもないけどね。
私も別に恋愛感情を持ち合わせていないし、そういうものだと思えば気にならない。
ルーカス様の前の婚約者様は随分な箱入りだったらしく、いくら政略といえどもこの扱いには耐えられなかったみたい、と噂で聞いたことがある。
まあ、たしかに普通に考えたら政略結婚だったとしても酷い対応よね。本人に自覚は無いようだけれど。
いえ、少しくらいなら自覚はあるわね。仕事が辞められないだけで。
それでも月に1度、その日に特別な予定が入った場合を除いて二人の時間を取ろう、と初日に話が出たのだからかなり気を使ってくれているのかもしれないわ。
□□□
夜会が決まってからは使用人たちの気合いが凄かった。
種も仕掛けも無いのに、背中に燃えている炎がはっきり見える。ねぇ、それ、どういう仕組み? 舞台で使いたいんだけどどうやってるの?
「奥様、当日は着飾って旦那様をギャフンと言わせてやりましょうね」
「隅から隅まで磨き上げて惚れ直させてやりますわ」
「奥様、こちら夜会の招待客リストでございます」
「奥様、商人が参りました。アクセサリーは是非こちらから」
毎日入れ替わり立ち代り。
前々から舞台に立つ人間として美容には気をつけていたけれど、本当に隅から隅まで毎日磨かれて手入れをされて、マナーレッスン、ダンスレッスン、貴族の勉強、いろんなことを詰め込まれた。
もちろん全部簡単にOKサインを勝ち取ってやったわ。暗記は得意だし実践も得意。飲み込みが早いことには定評のあるクレア様よ。
時間はできるだけ短めに済ませて残りは部屋で台本の読み込み。肌の手入れや試着以外の準備は周りが勝手に進めてくれるから。
その間に私は、役がまだ決まっていないからこそのいろいろを試してやってみるの。
ルーカス様とは食事の時にたまにご一緒するけれど、相変わらずほとんどすれ違いで会っていない。
家にいてもほとんどお仕事しているしね。
私も自由に過ごせるし文句は何もないわ。
開いていた台本を閉じて伸びをする。
そのタイミングで丁度チェルが部屋に入ってきた。お茶が飲みたいな、と思ったところだったから丁度いい。
「あ、チェル。ちょうど良かったわ。みんなも呼んで一緒にお茶にしましょ」
「かしこまりました。すぐに呼んできますね」
私は侍女たちと、たまにお茶をする。同じテーブルで同じお茶とお菓子を用意して。
最初に誘った時は主人とお茶なんて、と断られたから、ルーカス様ともお時間が取れないし1人は寂しいのよ……って泣きそうな顔を作ったらすぐに許可が降りた。ちょろいわ。
チェルだけはそんな私の悲しげな顔を真顔で見つめていた。
ごめんね、ルーカス様。悪役にしてしまったわ。
まあでもこれくらいは許して欲しい。世間一般から見たら、契約結婚だとかお飾りの妻だとか言われるような可哀想なご令嬢だと思うし。
私にとってはこんなに素晴らしい婚約なんて無いんだけれどね。
だってつまり奥様を演じて欲しい、奥様役をやって欲しいって事でしょ。そんなの私の得意分野よ。
家のための結婚もできて、自由にしてて良くて、奥様でいること自体が演じることと同じようなもの。最高じゃない。
まぁ、こんな気持ちを言っても理解してくれてるのはこの中でチェルくらいでしょうけど。
理解というか、諦めてるとも言うわね。私はもうこれが普通だから仕方ないって。
あぁ、このお家は紅茶も美味しいわ。毎日飲めるなんて幸せ。
麗しの貴公子様と婚約した平凡な伯爵令嬢のお披露目夜会もとっても楽しみ。
ネタになりそうなこと、何か起こるかしら。
例えば嫉妬したどこかのご令嬢に足をひっかられるとか、呼び出されるとか。私はまだ現実で体験したことないから興味があるのよね。
いつの間にか始まった侍女たちの恋バナを楽しみながら胸を躍らせる。
チェルの冷たい視線なんて気にしたら負けよ。
「それで、報告とは? 私にも何か関係がある事なのですか?」
自然な声音を意識して問いかければ、置いたばかりのカップに向いていた視線がゆっくりと私に向けられた。
その隙にチェルがお茶のおかわりをカップに注ぐ。
「ああ、そうだった。急で申し訳ないのだが、2週間後に王宮で開かれる夜会に私と出席してもらう事になった。殿下が私たちの婚約をそこで発表して皆に祝ってもらおうと言い出して」
ルーカス様が呆れるような、少しだけ面倒くさそうな様子でため息を零す。
あら、婚約発表。
まぁそうよね、と思う。
王太子殿下にかなり信頼されているらしいルーカス様だもの。きっと善意で祝ってくれようとしているのでしょうね。
愛されている証拠だと思うし嬉しくない訳ではないだろうけど、ルーカス様にとっては複雑、みたいな感じかしら。
お披露目の夜会も立派な公務のうちなのでしょうけど、その分書類仕事は進まないし気が乗らない、そんな所かしらね。
これだけ見目が良くては少し顔を見せて抜け出す、なんて難しいそうだし。目立つこと間違いなしよね。
実際、夜会の場で遠目に見た時も常に人に埋もれていてなかなか姿を見ることは出来なかった。
わからなくもないわ。やりたいことが他のことで時間を持っていかれてできないって辛いし。
貴族の社交界なんて綺麗なだけの世界ではなくて、面倒だと思う人は少なくないらしいけど、でも私は結構好きだからあまり抵抗が無い。
現実世界であんなにも毎回物語が詰まった空間なんてそうそう無いでしょう?
身を焦がすような恋愛も、愛憎渦巻く人間関係も、商売も、あそこにはどんな話だって転がっている。しかも詰め詰めのぎゅうぎゅうよ。
会場の中心で偽る恋心、使用人たちの見事な連携、壁際の女性の静かな争い、バルコニーでの秘めた話。
見ていると案外楽しいのよ。
「わかりました。ドレスはルーカス様と合わせたほうがよろしいですわよね?」
「君のサイズはご実家に聞いてる。今着ているドレスのサイズで問題ないようならこちらで用意した物を、と思っているが」
そう言われて私は自分のドレスに視線を向ける。
なるほど確かにピッタリ。
出されるがまま、着せられるがままになっていたけれど、私のために作ってくれたものだったのね。
サイズは完璧。
デザインも流行を抑えていて、けれど派手すぎず私の容姿も考慮して似合うもの。かと言ってもちろん地味では無い。
ルーカス様がデザインに口を出したようには見えないから、優秀な人間がいるんでしょう。
「全く問題ありませんわ。それではお願い致しますね」
にこりと微笑みを向けるとルーカス様は安心したように頷いた。
お忙しい中で一つ肩の荷が降りたようで良かったわ。
憂い顔も素敵なのが美形の素晴らしいところだけど、いつもの真面目な顔も目が幸せ。
用意したお茶とお菓子は綺麗に無くなっていて、ルーカス様が立ち上がる。
そんなに長い時間いた訳では無い、むしろ婚約関係の男女のお茶会にしてはどちらかと言うと一瞬と言える短い時間。
「それでは私は夜会までまたしばらく忙しくなりそうなので。何かあれば使用人に伝えてくれ」
それでは、と要件だけ伝えてすたすたと扉に向かって歩いていくルーカス様の背中を見送る。もちろん振り返ってくれることは無い。
冷たい反応ではあるけど、でもこれで嫌われているわけじゃないのよ。
好かれている訳でもないけどね。
私も別に恋愛感情を持ち合わせていないし、そういうものだと思えば気にならない。
ルーカス様の前の婚約者様は随分な箱入りだったらしく、いくら政略といえどもこの扱いには耐えられなかったみたい、と噂で聞いたことがある。
まあ、たしかに普通に考えたら政略結婚だったとしても酷い対応よね。本人に自覚は無いようだけれど。
いえ、少しくらいなら自覚はあるわね。仕事が辞められないだけで。
それでも月に1度、その日に特別な予定が入った場合を除いて二人の時間を取ろう、と初日に話が出たのだからかなり気を使ってくれているのかもしれないわ。
□□□
夜会が決まってからは使用人たちの気合いが凄かった。
種も仕掛けも無いのに、背中に燃えている炎がはっきり見える。ねぇ、それ、どういう仕組み? 舞台で使いたいんだけどどうやってるの?
「奥様、当日は着飾って旦那様をギャフンと言わせてやりましょうね」
「隅から隅まで磨き上げて惚れ直させてやりますわ」
「奥様、こちら夜会の招待客リストでございます」
「奥様、商人が参りました。アクセサリーは是非こちらから」
毎日入れ替わり立ち代り。
前々から舞台に立つ人間として美容には気をつけていたけれど、本当に隅から隅まで毎日磨かれて手入れをされて、マナーレッスン、ダンスレッスン、貴族の勉強、いろんなことを詰め込まれた。
もちろん全部簡単にOKサインを勝ち取ってやったわ。暗記は得意だし実践も得意。飲み込みが早いことには定評のあるクレア様よ。
時間はできるだけ短めに済ませて残りは部屋で台本の読み込み。肌の手入れや試着以外の準備は周りが勝手に進めてくれるから。
その間に私は、役がまだ決まっていないからこそのいろいろを試してやってみるの。
ルーカス様とは食事の時にたまにご一緒するけれど、相変わらずほとんどすれ違いで会っていない。
家にいてもほとんどお仕事しているしね。
私も自由に過ごせるし文句は何もないわ。
開いていた台本を閉じて伸びをする。
そのタイミングで丁度チェルが部屋に入ってきた。お茶が飲みたいな、と思ったところだったから丁度いい。
「あ、チェル。ちょうど良かったわ。みんなも呼んで一緒にお茶にしましょ」
「かしこまりました。すぐに呼んできますね」
私は侍女たちと、たまにお茶をする。同じテーブルで同じお茶とお菓子を用意して。
最初に誘った時は主人とお茶なんて、と断られたから、ルーカス様ともお時間が取れないし1人は寂しいのよ……って泣きそうな顔を作ったらすぐに許可が降りた。ちょろいわ。
チェルだけはそんな私の悲しげな顔を真顔で見つめていた。
ごめんね、ルーカス様。悪役にしてしまったわ。
まあでもこれくらいは許して欲しい。世間一般から見たら、契約結婚だとかお飾りの妻だとか言われるような可哀想なご令嬢だと思うし。
私にとってはこんなに素晴らしい婚約なんて無いんだけれどね。
だってつまり奥様を演じて欲しい、奥様役をやって欲しいって事でしょ。そんなの私の得意分野よ。
家のための結婚もできて、自由にしてて良くて、奥様でいること自体が演じることと同じようなもの。最高じゃない。
まぁ、こんな気持ちを言っても理解してくれてるのはこの中でチェルくらいでしょうけど。
理解というか、諦めてるとも言うわね。私はもうこれが普通だから仕方ないって。
あぁ、このお家は紅茶も美味しいわ。毎日飲めるなんて幸せ。
麗しの貴公子様と婚約した平凡な伯爵令嬢のお披露目夜会もとっても楽しみ。
ネタになりそうなこと、何か起こるかしら。
例えば嫉妬したどこかのご令嬢に足をひっかられるとか、呼び出されるとか。私はまだ現実で体験したことないから興味があるのよね。
いつの間にか始まった侍女たちの恋バナを楽しみながら胸を躍らせる。
チェルの冷たい視線なんて気にしたら負けよ。
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