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scène ー輝きー
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夜会当日は朝から大忙しだった。
ここのところ毎日磨きあげられていたというのにさらに手入れを施され、化粧され、髪を結い上げられ、着せられたのはシンプルながら同色の刺繍と控えめなレースで飾り付けられた生地に細かい宝石の欠片が縫い付けられたドレス。
私はそれなりに仕上げられた。主演をやる公演当日くらい気合いが入っている。
ここの使用人たちの凄いところは私という元々の素材を綺麗に活かしてくれていること。
自分で言うのもあれだけど、私化粧映えしやすいのよね。
普段は地味だけど化粧でどこまでも顔を変えられる。でもそれは別人になるのと同じで、だから私という存在のままここまで飾れるのはすごいと思う。
ルーカス様の瞳とおなじ、ペリドットのような淡い緑色をベースにしたドレスで全身纏められた私と、黒色の生地の縁に私の瞳と同じヘーゼル色の刺繍を施したジャケットを纏ったルーカス様。
ルーカス様の衣装も細かいところまで装飾にこだわっていてとても素敵。思わずその造りにほぅとため息が出てしまう。
衣装の仕様については、ルーカス様はなんでもいいと言っていた。普段も使いやすいシンプルな物をそれぞれ、と希望したルーカス様に使用人一同が首を横に振った。
珍しくチェルまで一緒になって、晴れ舞台にはもっと豪華なものを、と希望して今の衣装に。
思わず衣装に見惚れた私に、チェルはやれやれと言う顔だったけれど、他の使用人たちにはルーカス様に見とれてしまったかのように見えてしまったみたいね。
まぁ、実際、物凄く目の保養になるからいつまでも見続けられそう。
使用人の皆からは、あらあらまあまあ、という心の声が聞こえてきそうな生暖かい視線を向けられた。
もちろん一流の使用人である彼らは表情には出さないけれど。
ルーカス様は私の反応を見て少しだけ面倒くさそう。
キャピキャピとしたお嬢様たちにまとわりつかれるのは嫌いそうだものね。
その理由が仕事の邪魔になりそう、だというのが残念なところ。
それでもちゃんとエスコートしてくれて、私たちは馬車に乗り込んだ。
揺れの少ない、乗り心地のいい馬車はすぐに王宮にたどり着いて、私たちの挨拶までの短い時間を会場の隅で待機する。
王宮にいても見劣りしないルーカス様はとっても素敵。
ああ、舞台のワンシーンを見ているかのようで眼福だわ。
壇上には王太子夫妻がいて、 今夜の夜会は王太子殿下主催となっているから今は始まりの挨拶中。
そしてこの後私たち二人はそこへ呼ばれるらしい。王太子殿下直々に紹介してくれるそうよ。光栄を通り越して恐ろしいわ。
ルーカス様は当たり前にしても私は、ねぇ。
だって、普段の私は冴えない家柄の冴えない令嬢なのよ。恐れ多いったらないわ。
これが舞台役者のクレアとしてなら、王族の横にだって堂々と立ってられるんだけど。
そんな私の感情を感じ取ったのか、ルーカス様が私に視線を向けて小声で囁いてきた。
「すまない。私は立場的にどうにも注目を集めてしまう。あまり良いものでは無いだろう。君は隣にいてくれるだけでいいし、紹介は勝手にしてもらえる。何もしなくていいから、少しだけ我慢して、どうか楽にしていてくれ」
別に本気で緊張していたわけでも恐怖していた訳でもない。
だって舞台に上がる方が視線も集まるし、重責も感じる。
私はそれを何度だって乗り越えてきた。
むしろ、緊張感も、失敗したら、なんて恐怖だって楽しさのうち。ご心配なさらずとも、私は注目されるの大好きな目立ちたがりよ。
そうじゃなきゃ役者なんてやってられないわ
だからね、旦那様。
私を舐めてもらっちゃ困るのよ。
「……ルーカス様の理想のパートナーとはどのような方なのですか?」
「理想……? いや、特には……」
ルーカス様は否定した。
だけど、私はたしかに見た。
ルーカス様がちらりと、ほんののわずかな視線の動きで王太子妃殿下が凛として挨拶をするその姿を見たことを。
なるほど……と思う。
その感情が愛情なのか親愛なのか尊敬なのかよくわからないけれど、ルーカス様は王太子妃殿下を見た。
きっと本人の中にも明確な答えはない。
無意識に理想像ときいて浮かんでしまったのがその姿なだけ。
凛として、可憐で、お淑やかでもあり、力強さもある。
守ってあげたくなるようで、でも守られるだけの存在ではない。
社交界でも注目を集め、流行の最先端を行き、政治にも外交にも強い。
まさにこの国の女性の憧れ。
「そうですか」
だから私は微笑んでみせた。
それなら理想を演じてあげる。
王太子妃を真似る訳では無い、王太子妃様の役を演じる訳でもない。
王太妃の素晴らしさに引けを取らない、けれど彼女ではない女性。
その理想像の女性に、今日、今この瞬間の私がなってみせようじゃない。
一瞬のうちに理想像を脳内に作り上げる。
そして、目をつぶって深呼吸。
「今日は一つ、めでたい報告があるんだ。ルーカス、来てくれ」
その時丁度王太子殿下がルーカス様の名前を呼んだ。
ルーカス様が頷いて私に目を向けるのと、私が再び目を開いたのは同時だった。
ルーカス様が息を飲んだのがわかる。
せいぜい感じなさい、私を。
もうここは私の舞台。私が主役。王都一の劇団の花形役者クレア様をこんな近くで見られるなんてすごいんだから。
「ルーカス様」
優雅に微笑んで手を彼の腕に添える。
はっとして動き出す足に歩調を合わせて。背筋を伸ばしてつま先から手の指先、髪の先、纏う空気全てに集中して動き出す。
ふとした瞬間の目線の動きだって気を抜かない。
冴えない伯爵令嬢は今ここに存在しないの。今だけは存在感のあるルーカス様の婚約者。
周囲からほぅ、と声が漏れ出た。
王太子殿下が紹介してくれるのに合わせて完璧なカーテシーを披露して、僅かに微笑んでみせる。
「クレア嬢?」
「はい、何でしょうルーカス様」
「……いや、なんでも」
力強い視線で、けれど花が咲くような微笑みを向ければルーカス様は視線を逸らしてしまった。
あら、その行動はナンセンスですわ。
まあでも、婚約者に照れてしまった、と見えなくもないから許してあげます。
挨拶を終えた私たちは壇上を去り、夜会の客たちに混ざった。
もちろん私は空気を纏ったまま。ここで気を抜くなんて素人みたいなことしないわ。
ファーストダンスも仕事のうち。
ルーカス様に合わせてステップを踏めば、不思議そうな瞳と視線がぶつかった。
「君はダンスが上手いんだな」
「あら、そうですか?」
「非常に踊りやすい。君と私は練習もしたことがないのに」
なぜ、と視線が語っている。悪戯が成功したようで思わず笑ってしまった。
「私、ダンスは得意なのです。思っていたよりも優秀でしょう?」
にやり、と品が悪くない程度に笑って見せればルーカス様は大真面目に頷いた。
「あぁ、想像以上だ」
「あなたの理想に少しは近づけまして?」
「……もしかして、先程のを気にしているのか? 私には他に女性なんていないんだが」
くるりとターンを決めて私からルーカス様に一歩近づいた。
「怒っているわけではありませんわ。ただ、私に出来ないことはあまりありませんのよ」
ふふ、と笑ってみせる。
なれないものなんてないのよ。理想像があるのなら演じてあげましょう。この超売れっ子なクレア様が完璧な奥様を、ね。
強気で華麗で美しく素敵な淑女に、か弱いヒロインにだって一瞬で変われるわ。
ダンスが終わったあとは挨拶の嵐だった。
普段はこんなに夜会で囲まれることなんてないのに。さすがルーカス様効果がすごいわ。
ルーカス様が王太子殿下の近くに行くために少し離れたのを見計らって、私は壁際にそっと移動した。張り詰めていた空気を消して壁と同化する。
今度は目立たない壁の花。さすがに疲れるもの。こうして壁際で観察しているのもなかなか楽しいものよ。
今日の夜会は何か楽しいことでも起きないかしら。
演技をやめただけで存在を隠すことは流石にできない私は、まだ注目されている。チラチラと視線を向けながら何かを囁きあっているご令嬢やご夫人たち。
これは、あなたなんかが侯爵夫人になるなんて身の程をわきまえなさい、的なアレを期待してもいいのかしら?
話しかけてくれていいのよ。今はルーカス様が離れていてチャンスなのだし。
期待しながら待っていたのに、話しかけてくれたのは顔見知りのご令嬢や家同士で繋がりのある方たちだけ。
いつもならもう少し雑談をしたり近況報告をしたりする所だけど、気を使ってか挨拶を交わしてお祝いの言葉をいただいた後は、次にくる人のために長居はできないと去っていく。
話しかけてくれる人に対応しながら、合間にルーカス様が王太子夫妻と話してるのを遠目に眺めた。
美男美女たち。眼福だわ。
ルーカス様達侯爵家の皆様は綺麗すぎて怖いと感じるような、どこか鋭さがある美形だけど、王太子殿下はどこか親しみやすい柔らかさがある。金髪碧眼の容姿は誰もが思い描く王子様その物で、太陽のような輝きだと思う。
この二人に囲まれたら大抵の人間は霞んでしまいそうだけど、一緒にいる王太子妃殿下は更に輝いて見える。
王太子殿下より淡い、緩いウェーブのプラチナブロンドと琥珀色の瞳。どちらかと言うと凛々しい顔だちでふわりと優しげな笑みを浮かべる姿は正に煌めく星空。
思わずうっとりと見つめて感嘆のため息を漏らしてしまう。
ここは神話か何かの世界かしら。
あそこに団長も混ぜたら最高じゃない? きっとキラキラ感では負けてないから馴染めるわ。というか、団長ならどんな所にでも溶け込める。あの人の演技は神業だもの。
なんて一人で妄想と幸せに浸っていたら、ルーカス様が帰ってきた。
「クレア嬢、待たせてすまない。殿下たちに挨拶をして帰ろうと思うんだが、構わないか?」
「ええ、構いませんわ」
王太子夫妻への挨拶は初めてというわけではないけれど、儀礼的な物だしその他大勢としてだった。私個人を認識された上での会話という意味では初めてと言えるかもしれない。
あそこに並び立つのなら顔も全力で作って近寄りたかったけれど、仕方ないわね。
私にしては上出来な外見にしてもらったわけだけど、顔の原型がわかる程度ではどう頑張っても埋もれてしまう。脇役にもなれないわ。
もう一度全身に神経を集中させて、ルーカス様のエスコートでゆっくりと足を進めた。
ここのところ毎日磨きあげられていたというのにさらに手入れを施され、化粧され、髪を結い上げられ、着せられたのはシンプルながら同色の刺繍と控えめなレースで飾り付けられた生地に細かい宝石の欠片が縫い付けられたドレス。
私はそれなりに仕上げられた。主演をやる公演当日くらい気合いが入っている。
ここの使用人たちの凄いところは私という元々の素材を綺麗に活かしてくれていること。
自分で言うのもあれだけど、私化粧映えしやすいのよね。
普段は地味だけど化粧でどこまでも顔を変えられる。でもそれは別人になるのと同じで、だから私という存在のままここまで飾れるのはすごいと思う。
ルーカス様の瞳とおなじ、ペリドットのような淡い緑色をベースにしたドレスで全身纏められた私と、黒色の生地の縁に私の瞳と同じヘーゼル色の刺繍を施したジャケットを纏ったルーカス様。
ルーカス様の衣装も細かいところまで装飾にこだわっていてとても素敵。思わずその造りにほぅとため息が出てしまう。
衣装の仕様については、ルーカス様はなんでもいいと言っていた。普段も使いやすいシンプルな物をそれぞれ、と希望したルーカス様に使用人一同が首を横に振った。
珍しくチェルまで一緒になって、晴れ舞台にはもっと豪華なものを、と希望して今の衣装に。
思わず衣装に見惚れた私に、チェルはやれやれと言う顔だったけれど、他の使用人たちにはルーカス様に見とれてしまったかのように見えてしまったみたいね。
まぁ、実際、物凄く目の保養になるからいつまでも見続けられそう。
使用人の皆からは、あらあらまあまあ、という心の声が聞こえてきそうな生暖かい視線を向けられた。
もちろん一流の使用人である彼らは表情には出さないけれど。
ルーカス様は私の反応を見て少しだけ面倒くさそう。
キャピキャピとしたお嬢様たちにまとわりつかれるのは嫌いそうだものね。
その理由が仕事の邪魔になりそう、だというのが残念なところ。
それでもちゃんとエスコートしてくれて、私たちは馬車に乗り込んだ。
揺れの少ない、乗り心地のいい馬車はすぐに王宮にたどり着いて、私たちの挨拶までの短い時間を会場の隅で待機する。
王宮にいても見劣りしないルーカス様はとっても素敵。
ああ、舞台のワンシーンを見ているかのようで眼福だわ。
壇上には王太子夫妻がいて、 今夜の夜会は王太子殿下主催となっているから今は始まりの挨拶中。
そしてこの後私たち二人はそこへ呼ばれるらしい。王太子殿下直々に紹介してくれるそうよ。光栄を通り越して恐ろしいわ。
ルーカス様は当たり前にしても私は、ねぇ。
だって、普段の私は冴えない家柄の冴えない令嬢なのよ。恐れ多いったらないわ。
これが舞台役者のクレアとしてなら、王族の横にだって堂々と立ってられるんだけど。
そんな私の感情を感じ取ったのか、ルーカス様が私に視線を向けて小声で囁いてきた。
「すまない。私は立場的にどうにも注目を集めてしまう。あまり良いものでは無いだろう。君は隣にいてくれるだけでいいし、紹介は勝手にしてもらえる。何もしなくていいから、少しだけ我慢して、どうか楽にしていてくれ」
別に本気で緊張していたわけでも恐怖していた訳でもない。
だって舞台に上がる方が視線も集まるし、重責も感じる。
私はそれを何度だって乗り越えてきた。
むしろ、緊張感も、失敗したら、なんて恐怖だって楽しさのうち。ご心配なさらずとも、私は注目されるの大好きな目立ちたがりよ。
そうじゃなきゃ役者なんてやってられないわ
だからね、旦那様。
私を舐めてもらっちゃ困るのよ。
「……ルーカス様の理想のパートナーとはどのような方なのですか?」
「理想……? いや、特には……」
ルーカス様は否定した。
だけど、私はたしかに見た。
ルーカス様がちらりと、ほんののわずかな視線の動きで王太子妃殿下が凛として挨拶をするその姿を見たことを。
なるほど……と思う。
その感情が愛情なのか親愛なのか尊敬なのかよくわからないけれど、ルーカス様は王太子妃殿下を見た。
きっと本人の中にも明確な答えはない。
無意識に理想像ときいて浮かんでしまったのがその姿なだけ。
凛として、可憐で、お淑やかでもあり、力強さもある。
守ってあげたくなるようで、でも守られるだけの存在ではない。
社交界でも注目を集め、流行の最先端を行き、政治にも外交にも強い。
まさにこの国の女性の憧れ。
「そうですか」
だから私は微笑んでみせた。
それなら理想を演じてあげる。
王太子妃を真似る訳では無い、王太子妃様の役を演じる訳でもない。
王太妃の素晴らしさに引けを取らない、けれど彼女ではない女性。
その理想像の女性に、今日、今この瞬間の私がなってみせようじゃない。
一瞬のうちに理想像を脳内に作り上げる。
そして、目をつぶって深呼吸。
「今日は一つ、めでたい報告があるんだ。ルーカス、来てくれ」
その時丁度王太子殿下がルーカス様の名前を呼んだ。
ルーカス様が頷いて私に目を向けるのと、私が再び目を開いたのは同時だった。
ルーカス様が息を飲んだのがわかる。
せいぜい感じなさい、私を。
もうここは私の舞台。私が主役。王都一の劇団の花形役者クレア様をこんな近くで見られるなんてすごいんだから。
「ルーカス様」
優雅に微笑んで手を彼の腕に添える。
はっとして動き出す足に歩調を合わせて。背筋を伸ばしてつま先から手の指先、髪の先、纏う空気全てに集中して動き出す。
ふとした瞬間の目線の動きだって気を抜かない。
冴えない伯爵令嬢は今ここに存在しないの。今だけは存在感のあるルーカス様の婚約者。
周囲からほぅ、と声が漏れ出た。
王太子殿下が紹介してくれるのに合わせて完璧なカーテシーを披露して、僅かに微笑んでみせる。
「クレア嬢?」
「はい、何でしょうルーカス様」
「……いや、なんでも」
力強い視線で、けれど花が咲くような微笑みを向ければルーカス様は視線を逸らしてしまった。
あら、その行動はナンセンスですわ。
まあでも、婚約者に照れてしまった、と見えなくもないから許してあげます。
挨拶を終えた私たちは壇上を去り、夜会の客たちに混ざった。
もちろん私は空気を纏ったまま。ここで気を抜くなんて素人みたいなことしないわ。
ファーストダンスも仕事のうち。
ルーカス様に合わせてステップを踏めば、不思議そうな瞳と視線がぶつかった。
「君はダンスが上手いんだな」
「あら、そうですか?」
「非常に踊りやすい。君と私は練習もしたことがないのに」
なぜ、と視線が語っている。悪戯が成功したようで思わず笑ってしまった。
「私、ダンスは得意なのです。思っていたよりも優秀でしょう?」
にやり、と品が悪くない程度に笑って見せればルーカス様は大真面目に頷いた。
「あぁ、想像以上だ」
「あなたの理想に少しは近づけまして?」
「……もしかして、先程のを気にしているのか? 私には他に女性なんていないんだが」
くるりとターンを決めて私からルーカス様に一歩近づいた。
「怒っているわけではありませんわ。ただ、私に出来ないことはあまりありませんのよ」
ふふ、と笑ってみせる。
なれないものなんてないのよ。理想像があるのなら演じてあげましょう。この超売れっ子なクレア様が完璧な奥様を、ね。
強気で華麗で美しく素敵な淑女に、か弱いヒロインにだって一瞬で変われるわ。
ダンスが終わったあとは挨拶の嵐だった。
普段はこんなに夜会で囲まれることなんてないのに。さすがルーカス様効果がすごいわ。
ルーカス様が王太子殿下の近くに行くために少し離れたのを見計らって、私は壁際にそっと移動した。張り詰めていた空気を消して壁と同化する。
今度は目立たない壁の花。さすがに疲れるもの。こうして壁際で観察しているのもなかなか楽しいものよ。
今日の夜会は何か楽しいことでも起きないかしら。
演技をやめただけで存在を隠すことは流石にできない私は、まだ注目されている。チラチラと視線を向けながら何かを囁きあっているご令嬢やご夫人たち。
これは、あなたなんかが侯爵夫人になるなんて身の程をわきまえなさい、的なアレを期待してもいいのかしら?
話しかけてくれていいのよ。今はルーカス様が離れていてチャンスなのだし。
期待しながら待っていたのに、話しかけてくれたのは顔見知りのご令嬢や家同士で繋がりのある方たちだけ。
いつもならもう少し雑談をしたり近況報告をしたりする所だけど、気を使ってか挨拶を交わしてお祝いの言葉をいただいた後は、次にくる人のために長居はできないと去っていく。
話しかけてくれる人に対応しながら、合間にルーカス様が王太子夫妻と話してるのを遠目に眺めた。
美男美女たち。眼福だわ。
ルーカス様達侯爵家の皆様は綺麗すぎて怖いと感じるような、どこか鋭さがある美形だけど、王太子殿下はどこか親しみやすい柔らかさがある。金髪碧眼の容姿は誰もが思い描く王子様その物で、太陽のような輝きだと思う。
この二人に囲まれたら大抵の人間は霞んでしまいそうだけど、一緒にいる王太子妃殿下は更に輝いて見える。
王太子殿下より淡い、緩いウェーブのプラチナブロンドと琥珀色の瞳。どちらかと言うと凛々しい顔だちでふわりと優しげな笑みを浮かべる姿は正に煌めく星空。
思わずうっとりと見つめて感嘆のため息を漏らしてしまう。
ここは神話か何かの世界かしら。
あそこに団長も混ぜたら最高じゃない? きっとキラキラ感では負けてないから馴染めるわ。というか、団長ならどんな所にでも溶け込める。あの人の演技は神業だもの。
なんて一人で妄想と幸せに浸っていたら、ルーカス様が帰ってきた。
「クレア嬢、待たせてすまない。殿下たちに挨拶をして帰ろうと思うんだが、構わないか?」
「ええ、構いませんわ」
王太子夫妻への挨拶は初めてというわけではないけれど、儀礼的な物だしその他大勢としてだった。私個人を認識された上での会話という意味では初めてと言えるかもしれない。
あそこに並び立つのなら顔も全力で作って近寄りたかったけれど、仕方ないわね。
私にしては上出来な外見にしてもらったわけだけど、顔の原型がわかる程度ではどう頑張っても埋もれてしまう。脇役にもなれないわ。
もう一度全身に神経を集中させて、ルーカス様のエスコートでゆっくりと足を進めた。
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