みんなあたまがおかしいようです

尾持ち

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『あのこと』

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 向かい合ってまず思ったことは、思ってたよりも不細工だな、ということだ。

 この子の存在自体は前から知っていた。というか、通りかかるたびにこちらをじっと見てきたり、騒ぎ立てたりする子がいれば自然と目につくだろう。ほとんどゲームみたいなものだ。やけにこちらに好意を寄せてくる女子が出てくるのも、何もしてないのにやけにこちらを嫌ってくる男子がいるのも。
 環境を一新しても、そうなるよう最初から決まっていたみたいにして、どこかで見たような人間ばかり集まるのだ。

 そういう人にばかり囲まれないように、自分ができることは何なのだろうか。それがここ数年ずっと考えていることだった。
 いい子みたいに、周りに愛想よく、敬意を示して接していればいいのだろうか? 生意気だと注意されてきた口癖の一つ一つから直せばいい? それとも、手足の動かし方から変えればいいのか?

 何か問題が起こるたびに、もしくは「お前のせいだ」と責められるたびに、自分の周囲を取り巻くものが、奇妙で、理解の及ばないものになっていくのを常々感じている。まだ十八歳だっていうのに老人みたいなことを言いたくはないけれど、自分にとって世間というものは、理解することさえもできない、手に負えないものとなっていた。

「さっきも言ったけど、付き合えないから」

 目の前で、俯いて立ち尽くしたままの女の子にそう言った。正直、かなり優しい言い方をしてるんじゃないだろうか。優しいというか、親切というか。
 だって、気まずいのをこらえて告白を断ったっていうのに、相手は泣きじゃくったままその場から立ち去ろうとしないのだ。長引けば長引くほどこっちが悪者にされているような気になってくる。

 女の子は俯いて、カーディガンの袖でしきりに顔を拭っている。ボブに切り揃えた髪の一本一本が、くたびれたように肩や襟口に埋もれている。
 髪の隙間から見える、泣いて赤く火照った肌も、疲労や悔しさのためなのかくしゃくしゃになった制服も、まるでベッドに横たわっている病人を見るような気分にさせた。

 正直、罰ゲームで告白しに来たのかと思っていた。そもそもとして呼び出してきた時点で、顔を真っ青にして、これから戦地の真ん中に飛び出すみたいな怯え切った表情をしていた。いくら緊張しているからといって、この世の終わりみたいな顔をして告りに来る子なんてそうそういない。早くこの責務から逃れたいと思っているようにも見えた。

 だから、これなら振るのに気を使う必要もないなと思って気が楽だったのに。珍しく自分の推測が外れていたらしい。

「どうしてもですか」

 涙で濡れた声で、彼女が尋ねる。目を合わせようとしないまま。
 ため息をつきたくなった。一度は断った相手に、そんな風に要求されて気が変わる人なんて世の中にいるのだろうか? でも、もしかしたらいるのかもしれない。さっきも言ったように、世間というものは自分にとって、理解しようのないものになっていたから。

「先輩に付き合ってもらえなきゃ、もうどうしようもないんです」
「どうしようもないって、何?」
「……ハブられたり、馬鹿にされたり……」
「はあ」

 ハブられたり馬鹿にされたりって、それは俺が常日頃からされてることなんだけど、と言いたくなる。そもそも、そんなに悲観ぶるほどのことだろうか? ハブられても内心馬鹿にされていても、それで殺されるわけでもないし。嫌なら、学校自体に来なければいい。このご時世、逃げ場はいくらでもあるだろうに。

「どうしてもって言うならさ、俺に何かしてくれたりするの?付き合ったメリットとして」
「……先輩が、したいって言うなら……」
「うん」
「……処女をあげるくらいは、私……」
「うーん」

 別にそういうのが欲しくて言ったわけじゃないんだけど、もしかして脅迫と取られたのだろうか。そういう提案よりは、ノートのコピーを取りますとか、荷物持ちしますとか、そういう発想の方が嬉しかったな。いや、それだと昭和の不良と舎人みたいになっちゃうか。
 
 君にして欲しいこと、今対面したばかりだっていうのに、数えきれないくらいいっぱいあるよ。
 例えば、赤いリップを使う子は嫌いだからできるだけナチュラルな色にしてよとか、その前髪のピンは嫌いだから外してよとか、告白する時くらい目を見てくれる子じゃないと嫌だなとか。

 でも、それ全部直して欲しいって言ったところで、それを叶える頃には君は俺のことを嫌いになってるし、それなら最初から付き合わない方が楽しいよ、と冷静に諭せたらいいのに。現国の成績が良ければこういう時に役立つのかな。いや、どちらかという小論文の方だろうか。

「本当に何でもする?」

 そう言うと、彼女はようやく顔を上げた。涙に濡れた目と真正面から見つめ合う。泣いていたせいで腫れぼったくなっていたけど、その目だけは、割と可愛く見えた。こうして向かい合ってから初めて、ちゃんと俺を見てくれたからなのかもしれない。でもその目も、すぐに逸らされた。悪いことをしたみたいな、俺を怖がってるみたいな風に。

「じゃあさ」

 俺は少し考えてから、こう口にした。

「君がいっつも連れて歩いてるお友達、いるじゃん。肩くらいまで髪を伸ばした子」

 それは、目の前のこの子と同じくらい記憶に残っている顔だった。別に、特別目立つような子でもない。顔は可愛いから、目を惹きはするけど、それだけだ。
 ただ、一日中まっすぐに黒板を見て時間を潰すこともさして苦にならないんだろうなっていう、不気味な感じは何となくあった。

 直接話をしたこともないのに、こんな風に思っているのは失礼かもしれないけど、多分向こうも俺に対して似たようなことを考えてる。

 大きな目をした子だった。長いまつ毛を伏せて、遠目からじっとこちらの様子を窺ってくることがあった。土の中から外敵を観察するみたいに。
 その目がやけに苛立った。どうしてかは分からない。自分も同じような癖して、俺のことを非難するような目をするんだ?と尋ねたくなった。本当に、俺はあの子のことを何も知らないのに。

「あの子とセックスさせてよ。そしたら君と付き合ってあげてもいいよ」
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