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本編
30。LAST
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暖かい。
そのまましばらく抱き合って、互いの体温を感じた。
そしてちょっとだけ距離をとって、にらめっこする。頬や鼻が触れ合って、おでこをつけた。
「わたし、先生に好きだって言ってほしかったよ……」
「好きだよ、ものすごく……だけど僕がしていることは、好きな相手にすることではない」
先生は目を伏せて、立ち上がって、右往左往した。
「行動が伴わないんだ……好きなものを、大事にできない。虐めたい、困らせたい……それだけならまだしも、壊したいし、苦しめたいし、落ちていく様が見てみたいとも思う。
昔からそうだった。気に入っていた玩具も壊したくて仕方がなかったし、実際にバラバラに破壊していた。やってしまってから後悔はするんだ。だけど止められない……親には、好きならなぜ大事にできないのだと、散々叱られたよ。
つまり、僕は先天的に嗜虐的なんだと思う。だから僕と関わらないに越したことはない」
「……じゃあもしかして、だからわたしが別れたがっていると思ったの?」
「当然だ。むしろ、なぜ今まできみが去らなかったのかが不思議なほどだ」
「だって、平気だもん。だって先生……優しいもん」
わたしは、先生をじっと見た。
先生もわたしをじっと見ている。
「あんな風にされても……そんなことが言えるのか」
きっと、この間の夜のことを言っている。
「確かにあの日は、きみに優しくしようと試みた。だけど結局はあの様だ。頭に血がのぼると自分でも手に負えない。根本的には変えられないんだ」
「それも、平気だよ」
「平気じゃないだろう」
首を振って駄目だという。
「玩具なら、壊れても構わない。修理したり買い直せばいい。だけどきみは違う。きみは生身の人間だし、僕より一回りも二回りも小さい……抵抗できないだろう」
先生が、わたしのことを心配してくれている……
それが、嬉しくて仕方がない。
「じゃあ先生は、あのゼミ合宿の最終日……運んだ相手が英里香さんでも、同じことをしてた?」
「は?」
先生は、ちょっと間の抜けた顔をした。
「していたわけがないだろう。中西くんなら肩で抱えて放り投げて、運搬料を請求してやる」
「じゃあ、華さんを虐めてみたいと思う?」
「思うわけないだろう。萎える。何が言いたいんだ? 想像してしまって気持ち悪い」
「だから、虐めたり壊したくなるのは、先生が好きな相手にすることなんだよ」
「!」
「だから、平気。わたしが壊れるのは、むしろ先生が他のひとを虐めたくなったとき、かな……だって先生が津軽先輩のことがまだ好きなんだって思ったとき、あのときの夜の何十倍も痛かったもん」
そう、心の痛みは、身体の痛みを凌駕する。
「もし同じことが起きたら、わたしはきっとまた、思い切り嫌がる。痛いのは嫌だもん。だけど次の日、先生はわたしが好きな甘い物を買って、ごめんねって言われて、仲直りする——それでいいと思う」
「……いいのか、それで。きみには違う人といるという選択肢が、あるはずだ」
「もちろん、いいよ」
いいに決まっている。
わたしも立ち上がって、ゆっくり先生に近づいていった。
「先生には良いところとか、凄いところがたくさんある。そういうときだけ一緒にいたくて、怒っているときや、嗜虐的なときは一緒にいたくない、っていうのはなんか違うと思う。相手が自分に優しいときだけ好きっていうのは、きっと本当の好きではないよ。
完璧な人間なんて、どこにもいないんだよ。先生が自分で欠点だと思うところも、ぜんぶ含めて大好きだもん」
先生に抱きついた。そうしたら、抱きしめ返してくれた。こうして包み込んでもらうと、安心する。
わたしは先生を見上げた。
「それにね……先生からの愛情は、前からたくさん感じてたよ」
「なぜだ?」
「だって、朝起きて先生とすぐ目が合うのは、わたしが寝ている間、わたしを見ていてくれたからでしょう? わたしがやりたいなと思ったことを、先立って提案してくれるのは、わたしの行動を見ていてくれるから……
それに先生は意地悪をするけれど、そのあと抱きしめて頭を撫でてくれる。指と指を絡ませて、手を握ってくれる……無理になにかしようとしなくても、そういう視線や指先から、愛情は伝わってくるものだよ」
「……そうか」
そうだ。そういうところから、わたしは先生の愛情を感じていたんだった。誰かの身代わりだなんて疑ったわたしも、いけなかったな。
頬を手で包まれて、先生はすごく、かがんだ。
そして、そっと触れるキスをされた。
「好きだ」
どこかに飛んでいってしまいそうなほど、嬉しい……
優しく抱きしめられているようでも、きゅっと締め付けられるようでもある。
幸せな、言葉だ。
「……もういっかい」
「好きだよ」
「ふふふ」
「これからはもっと話そうな」
「うん」
先生は帰り支度をした。
そして駐車場までの道を一緒に歩く。
”早速だが、週末だけ家に来るというのは少ないと感じている”
”わたしも言うことあるよ? 先生のおうちには甘い物が少ないと思う”
これからはもっとお喋りしよう。
もっと思ってることを伝えよう。
楽しかったら楽しいと、悲しかったら悲しいと、そして好きだから好きだと言おう。
虐めてくる先生でも、怒りん坊な先生でも。神様に愛された先生のぜんぶが、大好きだから。
~人魚姫は鬼畜な王子様を短剣で刺さない fin~
そのまましばらく抱き合って、互いの体温を感じた。
そしてちょっとだけ距離をとって、にらめっこする。頬や鼻が触れ合って、おでこをつけた。
「わたし、先生に好きだって言ってほしかったよ……」
「好きだよ、ものすごく……だけど僕がしていることは、好きな相手にすることではない」
先生は目を伏せて、立ち上がって、右往左往した。
「行動が伴わないんだ……好きなものを、大事にできない。虐めたい、困らせたい……それだけならまだしも、壊したいし、苦しめたいし、落ちていく様が見てみたいとも思う。
昔からそうだった。気に入っていた玩具も壊したくて仕方がなかったし、実際にバラバラに破壊していた。やってしまってから後悔はするんだ。だけど止められない……親には、好きならなぜ大事にできないのだと、散々叱られたよ。
つまり、僕は先天的に嗜虐的なんだと思う。だから僕と関わらないに越したことはない」
「……じゃあもしかして、だからわたしが別れたがっていると思ったの?」
「当然だ。むしろ、なぜ今まできみが去らなかったのかが不思議なほどだ」
「だって、平気だもん。だって先生……優しいもん」
わたしは、先生をじっと見た。
先生もわたしをじっと見ている。
「あんな風にされても……そんなことが言えるのか」
きっと、この間の夜のことを言っている。
「確かにあの日は、きみに優しくしようと試みた。だけど結局はあの様だ。頭に血がのぼると自分でも手に負えない。根本的には変えられないんだ」
「それも、平気だよ」
「平気じゃないだろう」
首を振って駄目だという。
「玩具なら、壊れても構わない。修理したり買い直せばいい。だけどきみは違う。きみは生身の人間だし、僕より一回りも二回りも小さい……抵抗できないだろう」
先生が、わたしのことを心配してくれている……
それが、嬉しくて仕方がない。
「じゃあ先生は、あのゼミ合宿の最終日……運んだ相手が英里香さんでも、同じことをしてた?」
「は?」
先生は、ちょっと間の抜けた顔をした。
「していたわけがないだろう。中西くんなら肩で抱えて放り投げて、運搬料を請求してやる」
「じゃあ、華さんを虐めてみたいと思う?」
「思うわけないだろう。萎える。何が言いたいんだ? 想像してしまって気持ち悪い」
「だから、虐めたり壊したくなるのは、先生が好きな相手にすることなんだよ」
「!」
「だから、平気。わたしが壊れるのは、むしろ先生が他のひとを虐めたくなったとき、かな……だって先生が津軽先輩のことがまだ好きなんだって思ったとき、あのときの夜の何十倍も痛かったもん」
そう、心の痛みは、身体の痛みを凌駕する。
「もし同じことが起きたら、わたしはきっとまた、思い切り嫌がる。痛いのは嫌だもん。だけど次の日、先生はわたしが好きな甘い物を買って、ごめんねって言われて、仲直りする——それでいいと思う」
「……いいのか、それで。きみには違う人といるという選択肢が、あるはずだ」
「もちろん、いいよ」
いいに決まっている。
わたしも立ち上がって、ゆっくり先生に近づいていった。
「先生には良いところとか、凄いところがたくさんある。そういうときだけ一緒にいたくて、怒っているときや、嗜虐的なときは一緒にいたくない、っていうのはなんか違うと思う。相手が自分に優しいときだけ好きっていうのは、きっと本当の好きではないよ。
完璧な人間なんて、どこにもいないんだよ。先生が自分で欠点だと思うところも、ぜんぶ含めて大好きだもん」
先生に抱きついた。そうしたら、抱きしめ返してくれた。こうして包み込んでもらうと、安心する。
わたしは先生を見上げた。
「それにね……先生からの愛情は、前からたくさん感じてたよ」
「なぜだ?」
「だって、朝起きて先生とすぐ目が合うのは、わたしが寝ている間、わたしを見ていてくれたからでしょう? わたしがやりたいなと思ったことを、先立って提案してくれるのは、わたしの行動を見ていてくれるから……
それに先生は意地悪をするけれど、そのあと抱きしめて頭を撫でてくれる。指と指を絡ませて、手を握ってくれる……無理になにかしようとしなくても、そういう視線や指先から、愛情は伝わってくるものだよ」
「……そうか」
そうだ。そういうところから、わたしは先生の愛情を感じていたんだった。誰かの身代わりだなんて疑ったわたしも、いけなかったな。
頬を手で包まれて、先生はすごく、かがんだ。
そして、そっと触れるキスをされた。
「好きだ」
どこかに飛んでいってしまいそうなほど、嬉しい……
優しく抱きしめられているようでも、きゅっと締め付けられるようでもある。
幸せな、言葉だ。
「……もういっかい」
「好きだよ」
「ふふふ」
「これからはもっと話そうな」
「うん」
先生は帰り支度をした。
そして駐車場までの道を一緒に歩く。
”早速だが、週末だけ家に来るというのは少ないと感じている”
”わたしも言うことあるよ? 先生のおうちには甘い物が少ないと思う”
これからはもっとお喋りしよう。
もっと思ってることを伝えよう。
楽しかったら楽しいと、悲しかったら悲しいと、そして好きだから好きだと言おう。
虐めてくる先生でも、怒りん坊な先生でも。神様に愛された先生のぜんぶが、大好きだから。
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