人魚姫は鬼畜な王子様を短剣で刺さない

楓子(かえでこ)

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本編

おまけ 女性陣編

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「本当にやるんですか?」
「やるわよ。欲しくないの?」
「ほしいですっ……だけど、まだ信じられなくて、」
「私の鼻を信じなさーい」
「でもぉ」
「しっ。この音……築島先生の足音だっ。座って座って、あくまで自然にね」
「英里香さんって耳までいいんですか?!」
「この間の合コンの話でも始めよっ」

 研究室の扉を開けた築島は、すぐに野生の勘でいつもとの違いを感じた。
 今日は何だか居心地が良くない……しかし、自分の研究室に居づらいというのも変な話で、築島は自身のデスクへと向かった。

「で。その後、”高身長だけど顔は三角くん”とはどうなった? あの後二人で会ったんでしょ」
「楽しかったですけど、この次はないって感じですね」

 英里香・華の二人は、先ほどからずっとその話をしていたかのように振る舞った。その後もしばらく続けてから、そろそろ頃合いだと互いに目配せをする。

「それにしても、蛍ちゃんも来れたらよかったんですけどね」
「来ないよ~ 蛍ちゃんは、築島先生だいすきだもん」

 二人からのあからさまな視線を感じて、築島は顔を上げた。

「……人の噂話なら他所よそでやってくれないか」
「そんな冷たいことをおっしゃらず」
「先生も参加してください」

 何か罠がありそうだと感じながらも、築島は潔く話に乗った。

「では尋ねると、きみたちには特定の交際相手がいると聞いたが、別れたのか」
「別れてませーん」
「合コンくらい行きますよね?」
「私たち、蛍ちゃんみたく純情じゃないのでー」

 話を逸らしても、元に戻される。
 この二人はどうしても彼女・・の話に持っていきたいらしい。

「で、どうなんですか?」
「というと?」
「蛍ちゃんとの関係ですよ」
「は?」
「順調ですか?」
 築島は眉間に皺を寄せた。何なんだ。

「なぜ僕とゼミ生の関係が順調になるんだ」
「確かに、相手がゼミ生はまずいですよね」
「まずいですね」
「でもあんなに純粋無垢で、勉強熱心で、先生ラブ☆な羨望の眼差しで見られたら、そりゃあ一線も超えたくなりますわな」
「妄想にしても品がないぞ」
「どんな線とは言ってませーん」
「えー、でも蛍ちゃんが”先生ラブ”なのは、先生が作る薬品に、傾倒してるからじゃないんですか? だって先生から薬学抜いたら、人としてはちょっと……あ。すみません」

 松下華——こいつも結構ズケズケしているな。

「とにかく。何を根拠にそんなことを言っているのか分からないな」
「根拠なら、ありますよ。推定・推量で人に確信めいたことを言う、うちの男性陣と一緒にされちゃあ、困ります」

 築島は目を細めて、彼女の真意を確かめようとした。
 ブラフにしては自信があり気だ。

「先生は市販で売ってる石鹸を使わないでしょ。シャンプーとかボディーソープとか、全部手作りで……この香りは、アロエ?」
「アロエライムだ。それが何か?」
 彼は近づいてきた英里香を払い退けた。

「いつもいいなぁと思ってたんです。それ、売ってくれます?」
「私用に適当に混ぜただけだ、転売や譲渡のつもりはない。で、それが何の関係があるというんだ」
「関係ありますよ、大ありです。この間の月曜日の朝、蛍ちゃんに会ったら、彼女からも漂ってきたんですもん~ そのアロエライムの香りが」
「!」
「もし仮に先生が、可愛がっている蛍ちゃんにだけあげたのだとしたら、彼女は大喜びで毎日使いますよね。月曜日の朝だけ、なんてことはせず」
「……」
「ならやはり先生の家にしかないわけで……世界でひとつしかない石鹸の匂いが、別々に住んでいる男女の双方から漂う——ここから導き出される結論は、」
「もう結構」
 犬みたいなやつめ。
 
「鼻には自信があるんです」
 英里香は人差し指を自分の鼻につけて、不敵に笑った。

「ええ—! 英里香さん、すごいっ。やっぱり本当だったんだぁ」
 彼女の反応を見て、築島は英里香を睨んだ。

「きみは誰彼構わず言いふらすのか?」
「いいえー? 華ちゃんにだけです」

「まだ♡」
 嫌な予感しかしない。

「どうしよっかなぁ~ 学長室の前でうっかり話しちゃおっかなぁ」
「あ。学長、最近ガーデニングにはまってるらしいですよ。裏校庭のフェンスのところで話してたら、聞こえるんじゃないですか」

 彼は人生で最大のため息をついた。

「……何が欲しい」
「「100%無添加美容液!!」」

 二人は示し合わせたのように同時に迫った。

「もちろん、市販で売ってるような自称無添加はダメですよ」
「流行りの海藻から抽出する保湿成分と、」
「粉末ではない高純度のヒアルロン酸と、」
「あと美白効果が高くて肌への刺激が弱いアルブチンも、」
 あれもこれもと二人は考えられる限りの注文をつける。

「……わかった、作ろう」
「「やったぁ!!」」
「ただし。条件がある」
「はいはーい。誰にも口外しません」
「約束しまーす」
「白井くんにもだ」
 彼は念を押すように二人を交互に見た。

「彼女にも言うな」
 今度は英里香・華が、互いに顔を見合わせる。
 なんだ、もう既に言ってしまった後だったか。築島がそう危惧した直後、

「「きゃー!!!」」
 彼女たちは叫んだ。

「今度は何なんだ、うるさい奴らだな」
「せんせー、かっこいい~!」
「本気なんですね? 守ってあげるんですね? さっきの”薬学抜いたら凡人”説は取り消します!」
「結婚式には呼んでくださいね~」
「引き出物も化粧品系がいいなぁ」
「おまえらもう帰れ」

 耐えろ……どうせ彼らはもう卒業する。美容液にしても、ちゃっちゃっと作って渡せば、

「あ、わたしたちが卒業しても、蛍ちゃんが卒業するまでは取りに来ますから!」
「半年に一回来ますね?」
「あと髪にいいのも開発してくださいね」
「大瓶でお願いしますね?」
「いいからもう帰れっ」

 無理やり押し出した。
 バタリと閉めて、頭からあの嫌なニヤけ面を振り払う。やっと静かな研究室が戻ってきた。

 それにしても、本気、か……
 築島は自分の発言を振り返っても、必要以上に喋らなかった自信があった。しかし、分かるものなのか……
 いや、待てよ。こんなことが分かるなら、

「おいっ」
 研究室の扉を開けて、去り際の二人を呼び止める。

「おまえたち、まさか……僕と津軽くんの噂も、別に信じてなかったんじゃ、」

 築島はふと感じた疑問を投げかけた。
 振り返った二人は、何を変わったことを言うのだろう、と首を傾げた。

「そんなの、信じてるわけないじゃないですか」
「亡くなった先輩を悪く言いたくはないけど、津軽先輩はいわゆる女子アナタイプだったし。築島先生が彼女のこと好きになる理由なんてないでしょ」
「噂は津軽先輩、自分で流したんじゃないですか?」
「当時信じてたのだって、間抜けな高山くらいだよね」

「じゃあなんで白井くんに……どうせきみたちなんだろう? 彼女に吹き込んだのは」

 英里香・華はともにっこり笑顔を作った。

「私たち、普通にかわいい後輩をいじめたくなる先輩ですから」
「蛍ちゃんのガーンって顔、可愛かったよね」

「じゃ、来週までに第一弾を作っておいてくださいねー♡」

 まったく、とんでもない連中だ。 
 今度から彼女には、あの二人の言うことは”一考さえするな”と忠告しよう。
 そう決めてから、築島は扉を閉めた。
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