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第一章 人間革命
第3話 決裂
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土曜日に祭の的屋という日雇い労働にありつけた。朝6時から3時間かけて現場へ行き、屋台を組み上げ、鉄板で焼きそばを作り続けた。控えめに言って灼熱地獄であった。屋台を解体し3時間かけて社へ戻り、牛丼を食って家に帰ると朝の4時であった。
渡辺はそれで1万円を得た。
日曜日は6時集合である。精神科で処方された睡眠薬その他を服用してしまうと2時間後に起きることは不可能である。酒を飲むこともできない。布団に入り目を閉じると考えごとが脳を駆け巡り止まらなくなる。己の現状について考えたところでなにもメリットはないとわかってはいるが、果たして、どこで道を間違えたのか。それとも間違えていないのか。涙があふれる。誰が悪いのか。誰も悪くない。己が悪いのである。
日曜日も1万円であったが、土曜とは違い夜の8時に上がることができた。弁当とビールを買って家に帰ると、見知らぬ女性がドアに体を傾けて立っていた。50代ぐらいだろうか。短髪で化粧っ気もなく痩せぎすの老婆と言ってもいいくたびれた女性である。老婆は渡辺の姿を確認すると、笑顔でもって自己紹介をした。
創価学会員である。
「毎日聖教新聞を配達しててね」と話を始めたので無視してジーンズのポケットから鍵を取り出しドアを開けようとすると、背後から「逃げるな!」と聞き覚えのある怒号が聞こえた。振り向くと母親が立っていた。老婆とは異なり、渡辺を厳しく睨んでいる。
遂に決着をつける時が来た。渡辺は拳を強く握りしめた。
まず口火を切ったのは老婆である。
「お母さんから息子が困ってるって聞いたわよ」と老婆は微笑みながら言った。
「困ってないっすよ」と渡辺が素っ気なく返すと、老婆の背後にある階段に座っていた母親が「ちゃんと人の話を聞きなさい」と怒鳴った。
「恋人に振られちゃって病気に逃げてるって聞いたわよ」
渡辺は怒り狂っている。奥歯を噛み締めて拳を強く握り、怒っている。それを上空で冷静に眺めている渡辺がいた。老婆と母親がなにを言っているのか、なぜか渡辺は聞き取れない。「ちゃんと答えなさい!」という母親の怒号で我に返った渡辺は、頭がふらりとしてドアにもたれ掛かった。
「困った時はお題目。ちゃんと仏壇に向き合ってる? お題目をあげて池田先生の言葉に従えば、人生は上手く行くのよ」
「あんた、今日から朝晩お題目をあげなよ。そうやって怠けてるから駄目だってわかってるでしょ。もう大人なんだから家族に迷惑かけないでちゃんとやって貰わないと困るのよ」
渡辺はもう、溜まりに溜まったものをぶちまける決意をした。でなければ己の精神が保てない。
「あの、ちょっと執拗が過ぎると思うんですよ。南妙法蓮華経って唱えて人生がよくなるわけないでしょ。仕事が見つからない、唱える、ありえない。仕事が見つからないなら求人誌を開いて電話する、これが普通ですよね」
渡辺が声を荒らげつつまくしたてると、老婆は微笑みながら言った。
「でも、皆が皆求人誌を開いて電話したら仕事が得られるわけでもないわよね。それに、自分自身が変わらないと自分の人生も変わらないと、ただの其の場凌ぎにしか過ぎないわよ。学会のみんなが透君を変えたいと思ってるから、こうやってしつこく来るわけだからね」
「僕はそんなこと頼んでないですよ」
「あなたのお母さんはあなたのことを一番心配してるのよ」
「僕はなにをすれば人生が変えられるんですか?」
「御本尊に毎朝のお題目と座談会。あと池田先生の御本を読むことね」
老婆は本のタイトルを羅列した。母親の部屋の本棚で見た記憶があった。
「池田大作なんかただの人間じゃないですか。ただの人間を神のように祀り上げて、虚しくならないんですか。御本尊ってのがなにか知りませんが、結局神頼みってことですか? そんな存在しないものに縋って、馬鹿馬鹿しくならないんですかね」
渡辺は小馬鹿にした口調で言った。完全に創価学会とは縁を切ると決めた渡辺に、怖いものなどなかった。
しかし、老婆も食い下がらない。渡辺の挑発や嘲笑いに、相変わらずの微笑みで返している。
「詳しく知れば知るほど、存在を信じていくものなのよ。信じない人でもね」
「信じないと言っている人に押し付けることが、あなた方の信仰なんですか? 僕は自分の力で自分の人生を生きていきたいんですよ」
渡辺が大声で捲し立てると、老婆は小さく溜息をついた。
「じゃあ、それでいいんじゃない? でも私は、人生がよくなるとは思わないし、虚しいと思う。少なくとも私たちはお題目をあげて信じて、勝利を勝ち取ってる」
学科員がよく口にする、勝つだの勝利だのという言葉が嫌いな渡辺が口を開こうとすると、老婆は右手を差し出して制した。
「人が変わっていく様を何度も見てきた。借金があったけど返せた人。息子が非行に走った両親。病気が治った人。池田先生を信じてお題目をあげれば人生が変わる。それはもう実証済みなのよ。でもあなたは変わりたくないということね」
「傲慢ですね」
老婆は去った。母親が怒りに震えた声で「自分だけの人生で生きていくって? じゃ、勝手にしなさい。二度と家に来ないで」
これが決定打となり、渡辺は上京することになる。
しかし、ここまで宗教を否定した男が10年後には神とイエス・キリストを心の底から信じるのだから、世の中わからないものだ。
渡辺はそれで1万円を得た。
日曜日は6時集合である。精神科で処方された睡眠薬その他を服用してしまうと2時間後に起きることは不可能である。酒を飲むこともできない。布団に入り目を閉じると考えごとが脳を駆け巡り止まらなくなる。己の現状について考えたところでなにもメリットはないとわかってはいるが、果たして、どこで道を間違えたのか。それとも間違えていないのか。涙があふれる。誰が悪いのか。誰も悪くない。己が悪いのである。
日曜日も1万円であったが、土曜とは違い夜の8時に上がることができた。弁当とビールを買って家に帰ると、見知らぬ女性がドアに体を傾けて立っていた。50代ぐらいだろうか。短髪で化粧っ気もなく痩せぎすの老婆と言ってもいいくたびれた女性である。老婆は渡辺の姿を確認すると、笑顔でもって自己紹介をした。
創価学会員である。
「毎日聖教新聞を配達しててね」と話を始めたので無視してジーンズのポケットから鍵を取り出しドアを開けようとすると、背後から「逃げるな!」と聞き覚えのある怒号が聞こえた。振り向くと母親が立っていた。老婆とは異なり、渡辺を厳しく睨んでいる。
遂に決着をつける時が来た。渡辺は拳を強く握りしめた。
まず口火を切ったのは老婆である。
「お母さんから息子が困ってるって聞いたわよ」と老婆は微笑みながら言った。
「困ってないっすよ」と渡辺が素っ気なく返すと、老婆の背後にある階段に座っていた母親が「ちゃんと人の話を聞きなさい」と怒鳴った。
「恋人に振られちゃって病気に逃げてるって聞いたわよ」
渡辺は怒り狂っている。奥歯を噛み締めて拳を強く握り、怒っている。それを上空で冷静に眺めている渡辺がいた。老婆と母親がなにを言っているのか、なぜか渡辺は聞き取れない。「ちゃんと答えなさい!」という母親の怒号で我に返った渡辺は、頭がふらりとしてドアにもたれ掛かった。
「困った時はお題目。ちゃんと仏壇に向き合ってる? お題目をあげて池田先生の言葉に従えば、人生は上手く行くのよ」
「あんた、今日から朝晩お題目をあげなよ。そうやって怠けてるから駄目だってわかってるでしょ。もう大人なんだから家族に迷惑かけないでちゃんとやって貰わないと困るのよ」
渡辺はもう、溜まりに溜まったものをぶちまける決意をした。でなければ己の精神が保てない。
「あの、ちょっと執拗が過ぎると思うんですよ。南妙法蓮華経って唱えて人生がよくなるわけないでしょ。仕事が見つからない、唱える、ありえない。仕事が見つからないなら求人誌を開いて電話する、これが普通ですよね」
渡辺が声を荒らげつつまくしたてると、老婆は微笑みながら言った。
「でも、皆が皆求人誌を開いて電話したら仕事が得られるわけでもないわよね。それに、自分自身が変わらないと自分の人生も変わらないと、ただの其の場凌ぎにしか過ぎないわよ。学会のみんなが透君を変えたいと思ってるから、こうやってしつこく来るわけだからね」
「僕はそんなこと頼んでないですよ」
「あなたのお母さんはあなたのことを一番心配してるのよ」
「僕はなにをすれば人生が変えられるんですか?」
「御本尊に毎朝のお題目と座談会。あと池田先生の御本を読むことね」
老婆は本のタイトルを羅列した。母親の部屋の本棚で見た記憶があった。
「池田大作なんかただの人間じゃないですか。ただの人間を神のように祀り上げて、虚しくならないんですか。御本尊ってのがなにか知りませんが、結局神頼みってことですか? そんな存在しないものに縋って、馬鹿馬鹿しくならないんですかね」
渡辺は小馬鹿にした口調で言った。完全に創価学会とは縁を切ると決めた渡辺に、怖いものなどなかった。
しかし、老婆も食い下がらない。渡辺の挑発や嘲笑いに、相変わらずの微笑みで返している。
「詳しく知れば知るほど、存在を信じていくものなのよ。信じない人でもね」
「信じないと言っている人に押し付けることが、あなた方の信仰なんですか? 僕は自分の力で自分の人生を生きていきたいんですよ」
渡辺が大声で捲し立てると、老婆は小さく溜息をついた。
「じゃあ、それでいいんじゃない? でも私は、人生がよくなるとは思わないし、虚しいと思う。少なくとも私たちはお題目をあげて信じて、勝利を勝ち取ってる」
学科員がよく口にする、勝つだの勝利だのという言葉が嫌いな渡辺が口を開こうとすると、老婆は右手を差し出して制した。
「人が変わっていく様を何度も見てきた。借金があったけど返せた人。息子が非行に走った両親。病気が治った人。池田先生を信じてお題目をあげれば人生が変わる。それはもう実証済みなのよ。でもあなたは変わりたくないということね」
「傲慢ですね」
老婆は去った。母親が怒りに震えた声で「自分だけの人生で生きていくって? じゃ、勝手にしなさい。二度と家に来ないで」
これが決定打となり、渡辺は上京することになる。
しかし、ここまで宗教を否定した男が10年後には神とイエス・キリストを心の底から信じるのだから、世の中わからないものだ。
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