ロンリー・グレープフルーツ

れつだん先生

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第7話 通話

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 当然のことながらバイトのことなんて頭に入らない。ただ機械的に接客をこなし、機械的に商品陳列をしているだけだ。いつも同じシフトの大学生との会話も、夕勤の同い年の女性との会話も頭に入らない。目を瞑ればロングヘアで薄化粧を施した彼女の顔が思い浮かび、そしてあの少し刺々しくもやさしい声を思い浮かべる。
 ただしあまり寝ていないせいもあって、バイトが終わる頃にはへとへとになっていた。そんなに大変な作業もしていないし、今日はいつに比べて客数も少なかったのにも関わらずに、だ。やはり睡眠は大事なんだなと思った。しかしそれ以上に、彼女とのチャットが楽しみになっていた。
 朝になり朝勤の女性がやってきて僕と交代し、制服を脱いであいさつを交わしすばやく外に出、車に乗り込んで家に向かう。僕の乗っている車は以前の職場で出会った先輩に売ってもらった車で、黒の塗装で車高は限界ぎりぎりまで下げているため、駐車場から出るのに細心の注意を払わねばならない。こういう車のため、普通に走っているだけで道を譲られたりなど良いことはあるのだけれど、逆に絡まれることも多々あった。乗用車なので車検代も税金もそこそこかかるのだけれど、結構気に入っている車だ。家に帰るなり即パソコンを開き、チャットルームに彼女がいるかを確認する。しかしことはそう上手く行くはずもなく、彼女はオフラインとなっていた。手持ち無沙汰になったので、そういえばと友人に教えて貰ったオンラインゲームをインストールしていたのを思い出し、それをなんとなく起動させる。暇つぶしにはもってこいで、気が付けば昼過ぎになり、彼女がオンラインになっているのも忘れてしまっていた。チャットルームを開き、彼女に「暇?」と送る。即「暇だよ」と返ってきた。

 あっぷる:マイク買ってきた?

 この発言で思い出した。そういえばマイクを買うのを忘れてしまっていたのだ。しかしこの付近には電気屋が無く、少し遠出をしなければマイクが買えない。そのためにチャットの時間が減るのも勿体無い。どうすればいいのだろうか、考えあぐねいていると、また彼女からチャットがきた。

 あっぷる:携帯番号教えよっか?

 僕はこの文字を見た瞬間、心が踊ると同時に、恐怖感を覚えた。知り合って間もない状態にも関わらず、平気で携帯の番号を教えようとする彼女の無防備さに恐怖感を覚えたのだ。しかし僕の手は僕の思考とは間逆にキーボードを叩く。

 ネギ:えっ、いいの?
 あっぷる:別にいいよ。
 あっぷる:ていうかどこ住みだっけ? 私は――だけど。
 ネギ:僕は――だよ。

 びっくりした。一応伏せておくが、隣の県だった。運命の出会いというのはこういうのだろうか。僕が浮かれ踊っている間に、彼女の電話番号が張られた。僕の心臓は言葉通り張り裂けそうになるほど鼓動している。転がっていた携帯を手に取り、何度かその番号を押しては消しを繰り返し、結局電話をせずにキーボードを叩いた。

 ネギ:めちゃくちゃ緊張するんだけどw
 あっぷる:私もめちゃくちゃ緊張してるよw

 その言葉で少し安心したものの、やはり緊張感は消えず、何度も携帯を取ってはボタンを押そうともがいていた。

 あっぷる:まずはメールからにしよっか

 助けに船とはこのことなのだろうか。彼女がメールアドレスを打ったので、それをメモし携帯で「こんにちわネギです」と送信した。すぐさま「やっほー」と返ってきた。大声で叫びたくなる衝動を抑えながら、女性とメールをしているというありえない状況にただただ興奮していた。僕は携帯を握り締めたまま誰もいない一階に降り、父親のビールを手にとって開け、思い切り喉に流し込んだ。辛味が口腔内を刺激し、その刺激が喉へと繋がっていく。そして全身に染み渡るような感覚が走り、胃の奥に重みのある刺激が落ちる。半分ほど思い切り呑んだ後、もう一本脇に挟んで携帯と缶を持ったまま二階へ行く。一本を開けてしまうと部屋全体がぐねぐねと波打ち頭がぼんやりとしてくる。すぐさま二本目を開け、また喉へ流し込んだ。あまりの美味さに声が漏れる。目を大きく開いたまま天井を見上げると、天井が迫ってくるような感じに囚われ、僕は汚い布団にそのまま寝転んだ。枕元にある煙草を手に取り火をつけると、また携帯が鳴った。
「ネギの写メ見せてよ」
 彼女からのメールだった。僕の、顔を、相手に、晒す――このあまりに醜く気持ちの悪い顔を彼女に見せた瞬間、僕たちのやりとりはすべて白紙となるのは明白だった。いくら僕が酔っていたとしても、なぜかそこだけは「それはちょっと無理ですね」と送信した。視界がぼんやりとし、視界がぐるぐると回る。それは目を瞑っても収まることはなく、二本目を全て飲み干した頃には、僕はいつの間にか眠っていた。

 二時間ほどで覚醒し、僕は今までにしたことのない、起きてすぐに携帯をチェックするという行動を取ったのには自分のことながら驚いてしまった。良くて連れから遊ぼうぜ、というメールがあるぐらいの携帯なので、ほとんど放置していたのだけれど、多分彼女からのメールがあると思い、携帯を開いた。
「こっちは見せたのにそっちは見せないとか卑怯じゃない?」
 と二時間前にメールがあった。ぼんやりとしながら「そるではとるます」と何とか打ち、近くに転がっていた紙袋を手にとって被り、その状態で自分の写メを撮った。それを送信する。すぐさま「何だこれw」との返信が。「これが僕ができうる精一杯です。僕の顔を見れば落胆するのはわかっているので」と返信。「どんな顔だって落胆なんてしないよ」との返信。「わかりました」と返信。「よろしくね」との返信。そう送ってしまったからには仕方が無い。自分の顔を写真に撮影し、彼女に送らねばならない。できることなら避けたかったことだけれど、自分自身で選んでしまったのだから仕方ない。確か、と思い出したことが一つあった。上手い自分の写真の撮り方だとか何とか……。光で飛ばすことによりどうのこうの……。しかし半分酔っ払っていた僕はもう考える余裕もなく、だらりとした口を開けて写真を撮り、それを彼女に送信した。すぐさま返信が来た。
「あまりに不細工不細工言うから覚悟してたんだけど、普通にかっこいいじゃん!」
 僕はまたもや天を仰ぎ神様に感謝した。ああ! 神様! ありがとうございます! そして、そのまま、また眠ってしまった。
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