ロンリー・グレープフルーツ

れつだん先生

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第8話 歓喜

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 眠りから覚めたのはバイトの時間ギリギリだったため、顔を洗うのもそぞろに急いで車に乗り込み、コンビニへと急いだ。慌てて店内に入り、挨拶をしてバックルームへと入り、着替える前にタイムカードを入れた。ギリギリセーフ。そこから着替えつつ一服し、夕勤の同い年の女性二人と大学生と四人で喋る。今日の客入りはどうの、こんな客がいただの、店長が疲れきっているだの、大学の話など。三十分ほどし夕勤の女性が帰ったため、レジへと立つ。客は一人もいない。田舎のコンビニなんてこんなものだろう。
「今日はマジで暇っぽいからレポートでも仕上げようかな」と大学生が言うので、「別にいいですよ」と返し僕だけでレジに立つ。そういえばと、まだ漫画雑誌を読んでいなかったことを思い出し、本棚から抜き取りカメラからは見えないところで漫画を読む。客が入ってきた音が鳴ったので漫画雑誌を閉じ、「いらっしゃいませぇ」と適当に言った。ヤンキー風のカップルだ。これ見よがしにコンドームと化粧品とパンをレジへ置いた。その時点で少しイラついたのだけれど、顔には出さず機械的に接客をこなす。これからこのカップルは当たり前のようにパンを食い、シャワーを浴び、セックスをするのだろう。僕は朝まで時間を潰し、家に帰って廃棄の弁当を食べてチャットをし、寝るのだろう。男のほうは雰囲気で見繕っているような別にそんな格好いい男でも無いし、女のほうも彼女に比べれば全然比べ物にならないけれど、そんな関係性に少し嫉妬した。僕もいつかは彼女とそういう関係になるのだろうか? と考えて少し笑みがこぼれた。そんなことがあるわけがないだろう。ネットの友人なだけだ。ただそれだけだ。金を貰い、お釣りを払いカップルは出て行った。車高ギリギリまで下げた軽自動車ほど格好悪いものは無い。当たり前のようにエアロはついているし、当たり前のように前のダッシュボード部分には綿のようなものが置いてある。中にはモニタが付いているのだろうか、車内が明るく見える。車が出て行くのを確認し、僕はまた漫画本へと視界を落としたものの、ついさっき見たコンドームが頭から離れず、八つ当たりをするかのように漫画本を乱暴に本棚に戻した。バックルームでレポートをしている大学生の隣で煙草を吸いながらモニタで店内を確認する。誰もいない。
 三時ごろに業者から荷物が届き、それを整理しまた一服を入れる。大学生は必死にレポートを製作中のようで、レポート用紙を凝視しながら何かを書いている。すると突然ポケットが振動した。普段は持ち歩かない携帯を何の気なしにポケットに入れていたのを思い出し、それを開く。彼女からだった。
「バイト頑張ってる?」
 このメールの喜びは誰にもわからないだろうからもう説明しない。チャットの世界を抜け出して現実世界でのやり取りをするようになった、というこの状態を、僕以外誰がわかるというのだろうか。狂喜乱舞したくなる気持ちを抑えながら、「バリバリ働いてますよ!」と返信する。当然のように受信メールは削除されないように保存をしておく。本当は何もしていないんだけれど。
「どうせ暇なんでしょ?」
「まあ実は……」
 他愛の無いやり取りが幾つか続き、もう寝るとのことでメールが終了した。その頃にはもう外は明るくなり、あと一時間でバイト終了にまでなっていた。よい時間つぶしになった。いや、時間つぶしだなんていう言葉で片付けるのは勿体無い。最高の時間だった。暫くすると朝勤の女性と店長がやってきて、その頃には大学生もレジの前に立っていて、当然僕も同じく、朝早くから出勤する人たちが大量に押し寄せてくるのを機械的にさばいていた。朝は本当に客が多い。昼飯と朝飯を同時に買っていく建築関係の人が多い。当然普通のサラリーマンは多いけれど、スーツ姿の人は一人もいない。皆作業着姿だ。揚げ物を油の中にセットしているとバイト終了の時間になった。タイムカードを押し着替え、挨拶をして家に帰る。家に帰ればチャット。そして寝て起きてバイト。それが終わればまたチャット。これまでの人生がどれほど詰まらなかったのかを身に染みてわかった。彼女とのチャットやメールがいいスパイスとなり、僕の人生を最高のものとしてくれる。

 とあるネットゲームの話を彼女から聞かされたのは、やり取りをし始めて一週間が過ぎた頃だった。有名な作品で、かなり面白いから一緒にやろう、と誘われた。当然の如く僕はコンビニでウェブマネーを購入し、月額千円を払い、それをインストールした。それは3Dのゲームでキャラメイキングが可能で、アクション性の高いRPGだった。キャラメイクをし、早速ログインをする。大人数で集まれるほどのロビーがあり、そこにあっぷるという名前が表記されたキャラクターを見つけ、話しかけた。あっぷるはもうレベルがかなり高く、結構やりこんでいるようだ。「ちょっとダンジョン行ってみようか」と彼女が言うので、僕は従うようにして後に続いた。ロビーで待ち合わせをしてそれぞれいくつもあるマップに入り、敵を倒しながら先へ進み、最後のボスを倒せばまたロビーに戻る。その間にアイテムを集めたり経験値を貯めたりしながらキャラクターを強化していき、それを楽しむというものだった。僕はそのゲームにどっぷりと嵌ってしまい――というのも彼女と一緒にゲームをするというのが一番の楽しみではあったのだけれど――一気にレベルが上がった。その中でも友人ができ、気がつけば睡眠時間は三時間程度で、アルバイトの時間以外はそのゲームをやるというほどにまでなっていた。これが所謂ネットゲーム廃人だ。虚ろになり、頬がこけ、夕勤の女性や大学生、店長に心配されるもののゲームはやめない。十時間ほどゲーム内でゲームをせずただチャットをしていた、なんていうのは日常茶飯事だった。もともと寝つきが悪かったせいもあるのだろうが、まさかこんなにまでゲームに嵌ってしまうとは思ってもいなかった。

 そんな日々が続いていくうちに、体のほうに限界が来てしまったのだろうか、休みの日丸一日を寝て過ごすようになってしまった。しかしそれでいて僕は幸せを感じていた。彼女と共に過ごす時間があればあるほど幸せなのだ。家事や育児の合間合間を縫って僕のために時間を使っている彼女に、僕だって応えなければならない。アルバイトと睡眠の合間合間を縫って彼女のために時間を使わねばならない。最初は緊張していた電話も、時間が経てば当たり前のようにできた。彼女の声は透き通るように綺麗で、それをどうにかして録音してやろうと四苦八苦したことをここで告白しておく。まあ、しかし録音は叶わなかったが――
 最早言うまでもないだろうが、僕は、完全に、彼女に惚れていた。結婚していようが子供がいようが関係ない。そして彼女も、僕に少しだけでも愛情があるのではないか? という考えも頭に浮かびつつあった。旦那の愚痴を何度も聞く内に、何度「そんな男とは早く別れて僕と付き合ってください」と言おうとしたか……。酔っ払ったときに軽く言ったこともあったのだけれど、軽く受け流された。
 そんな僕たちがまさか現実で会うとは思いもよらなかった――
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