恋する閉鎖病棟

れつだん先生

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第2章 保護室と閉鎖病棟

第7話 異動

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 薬は順調に減っている。というよりも、入院して一気に減らされた。以前は一日に十七錠も飲んでいたのに、今は一日で七錠ほどだ。半分以下に減らされた。若い主治医は相変わらず頼りないし、ブロッコリーは相変わらず固い。なにを言っても意味がない。しかし、今はそれもどうでもよかった。月水金は男の入浴日で、三つのシャワーと二つの浴槽がある。火木土は女性の入浴日で、風呂上りの少し濡れた髪の毛を触りながら歩くHさんの甚平の胸元が開いて、肌が見える。七部袖なので腕も見える。足首も見える。刺激が強い。当然、それをオカズに済ませたことは言うまでもない。
 スタッフス・テーションのガラスに張られた、「テレビは一日百八円」という紙を読み、慌ててリモコンを返す。どうせテレビなんて観ていないし、一日中読書をしてその感想をノートに記し、後はHさんを観察するだけだった。坂の上の雲の一巻を読んでいる。そこそこ面白い。保護室と比べ、凄くリラックスして過ごせている。後は音楽が聴けたらそれで十分だな、と思うが、そんなものがここにあるはずがない。
 Hさんは中年の女性と話を弾ませている。その輪に加わりたいと思うが、そんなことができるはずもなく、坂の上の雲の一巻を読みながら、Hさんを観察し続けている。
 昼食を済ませる。デイ・ルームには、約三十人程の老若男女がめいめい過ごしていた。すると、看護師の格好でも患者の格好でもない、青い服を来た長髪の眼鏡をかけた男性が、背中にギター・ケースを抱え、なにかが積まれた台車を転がしながらデイ・ルームへやって来た。なにが始まるのだろう?
 男性はデイ・ルームの見渡しのいい場所に立ち、ケースからギターを出し、台車に載せられたファイルをテーブルに置いた。
「皆さんこんにちわ、お久しぶりです」と男性は言った。そして名乗った。Wさんという名前だ。顔はにきびで覆われている。壁にかけられた時計を見た。午後の二時。
「それではこれからコーラスを始めたいと思います」と言ったが、僕にはそれがなんなのかわからない。デイ・ルームには過半数の患者が集まっている。男性の説明を纏めるとこうだ。あらかじめ用意された楽曲の中から、選びたい人一人につき一曲選び、男性がギターをかき鳴らしながら皆で歌う。カラオケは好きだが、こんな大勢の前で歌うのは嫌だったので、部屋に帰ろうと思ったが、Hさんが参加しているので座りなおした。十曲選ばれ、台車に載せられた大量の歌詞が書かれたファイルを有志が配る。ここにいる患者の年齢層が高いからか、選ばれる曲も古い曲ばかりだ。知らない曲のほうが多かった。小声で歌いながらHさんを観察し、コーラスの時間は終わった。
 カレンダーの下に貼ってある予定表を見ると、週に二回程度コーラスの時間があった。後は体操が二回と、職業訓練というものが一回。
 夕飯を食べながらHさんを観察する。今までよりも一番近い距離を陣取っている。会話の内容も聞こえる。Hさんは中年の男性と話をしている。
「私そろそろ退院みたいです」とHさんは言った。
「そうなの、良かったじゃん」と中年の男性。
「これで旦那にうるさく言われなくて済みますよ」と笑いながらHさんは言った。
 僕は黙々と夕食を済ませ、薬を貰った。

 ERを出てからこの部屋に来て一週間と経たずに、僕は階を移動することになった。話を聞くに、ここは二階のようだ。三階に行くという。荷物なんてほとんどないので、着の身着のまま看護師に連れて行かれる。
 二階は扉や内装の色が緑色だったが、三階はオレンジ色だった。違うことがもう一つ。二階は個室だったが、三階は大部屋のようだ。これまでも何度か入院しているのでよくわかる。作りは全く同じだ。ERがない分、廊下に面した部屋が多い。
「何人部屋なんですか?」と僕は看護師に聞いた。
「四人ですよ」と看護師は言った。
 しかし、予想外の出来事が起きた。普通の病室であれば、ベッドをカーテンで仕切っているのに、それがなかった。部屋に入ると四つのベッドが剥き出しになっており、液晶モニタが、寝転がりながら観れるように、少し斜めがかってぶら下がっている。僕のベッドは入り口から三つ目の所だった。一番手前には、髪の毛が薄くなった六十代ぐらいの男性が横になってテレビを観ており、その隣では僕と同じ位か少し年上位の男性が漫画を読んでいる。そして一番奥のベッドは、四十代ぐらいの男性が寝ていた。
 カーテンもなにもないので、いちいち気になるが、慣れなければしかたない。
 看護師が去り、ベッドで横になっていると、六十代ぐらいの男性が僕に声をかけた。
「よろしくお願いします。Kと言います」
 僕は慌てて起き上がり、ベッドに座ったまま頭を下げた。
「こちらこそ宜しくお願いします、渡辺透と言います」
 すると一番奥の四十代の男性も起き上がり、「Sです。よろしくね」と言った。それに返す。年上位の男性は我関せずと漫画を読み続けている。
「ご飯一緒に食べようよ」とKさんは言った。
「いいですね。来たばかりだから話す人もいないでしょ?」とSさんは言った。
「あ、はい、全然大丈夫です、ありがとうございます、よろしくお願いします」と少し緊張しながら言った。
 そして僕は、デイ・ルームの端を陣取っている集団の中へ入れてもらうことになった。老若男女入り乱れて七人いた。僕は人見知りをする癖に人と話すのが好きという性格なので、これには助かった。
 僕は一度仲良くなると、どんどん仲良くなるタイプなので、夕食の頃にはもう溶け込んでいた。僕が地方出身で関西弁を使っているので、そこが話のネタになった。夕食も当然その七人の中で食べていると、短髪で痩せた四十代ぐらいの男性が旅行鞄――この病院は、持ち運びが不可能なものを一日二百円で旅行鞄に鍵をかけてベッドの横に置いておけるのだ――をがらがらと引きずりながら近づいてきた。
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