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最終章 夢で逢えたら
第8話 読書
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毎回同じくチャイムで起こされる。風呂は入っていない。それを起きた瞬間に気づいたが、もうどうしようもないので扉を開けた。真理さんの笑顔が眼前に広がる。「どうぞ……」と言うと、真理さんの後ろに別の女性が立っていた。派手じゃないのに派手と言われていそうな茶髪のおばさん。「初めまして」と挨拶されたので、僕も返し、二人を部屋に招き入れる。カーペットに座ると、派手なおばさんが名刺を差し出してきた。
「新人だよ」と真理さんが言った。そして、その派手なおばさんが事務作業をし、真理さんと雑談をした。え、ちょっと待ってくれよ、金曜日にしか真理さんが来ないのに、この派手なおばさんが来たということは、これから金曜日は真理さんでなくなるのか? 聞いていいものか迷った結果、真理さんとの雑談の合間にその質問を入れた。
「いや、まだ決まってないよ。それに、ウチは患者さんごとに担当が決まってないから」
「あ、そうなんですか」
「それに、コロコロ変わられるの嫌でしょ?」
「そうですねぇ……」と言い、心の中では、「毎回真理さんがいいんだよ!」と叫んだ。当然聞こえていない。
「これ見てよ、本棚、凄くない?」と、真理さんが本棚を指差して、派手なおばさんに言った。派手なおばさんも、「こんなに読むんですか?」と驚いている。
「まあ、地道に崩していますねぇ」
「最近でなにが面白かったですか?」
「あ、いいね、私も知りたい」
「うーん、そうですねぇ、又吉直樹の火花良かったですよ」と、かなり当たり障りのないお薦めをし、本棚の一番下を指さした。四か月間の入院生活で、せっかくだから読んでみようと思って買ったものだ。
「文学ですね。私は東野圭吾ぐらいしか読まなくて」
「いいよね、東野圭吾!」
「ドラマも映画もチェックしてますよ」
「熱心だねえ」
僕は、真理さんと派手なおばさんの会話を、ただぼんやりと聞いていた。やはり、純文学ばかりでなく大衆文学も読まないと、話題が偏るな。東野圭吾は本棚に三冊しかなかった。本棚の一面に村上春樹が揃っているが、村上春樹は純文学だし、性描写が激しいし、女性は読まないのかな……。そういや昔、年下の女友達にノルウェイの森をプレゼントしたが、「読むに堪えない」と言われたっけか……。と考えていると、その日の訪問は終わった。
その後はYoutubeで情熱大陸を観ていた。それも大体観終わり、腹が減ったので、食パンにピーナッツクリームを塗ったものを食べ、次は芥川賞受賞会見があったのでそれを観ていた。はっきり言ってすることがない。いや、しなきゃいけないことは沢山あるが、しなきゃいけないことをしたくない。我が儘。
そして暇になったら、自分が文学新人賞を受賞した時に何を言おうか、という妄想時間に入った。この時間は結構楽しい。五月も半ばを過ぎ、十月末の群像新人賞に向けた作品の仕上げをしなければならない。妄想はただの現実逃避だ。現実には大量の積読があり、書きかけの小説があり、完成はしたが全然話にならない小説がある。
妄想時間が終わり、薬を飲むが当然眠れないので、どうしようかと考えた挙句、アルコールを呑むということに決めた。呑むのが怖いとは前述したとおりだが、酔っぱらった時の気持ちよさはすごいので、スーパーに走って、発泡酒ロング缶二本、ほろよい一本、チューハイストロング九のロング缶と安くなっていた刺身の盛り合わせとお菓子を買い込み、晩酌をした。
起きたのは昼を回っていた。何気なしにiPhoneを見ると、友人二人に電話をし、別の二人にLINEをしているが、全く記憶にない。まあ別に、どうでもいいか……。
腹が減ったので、食パンに苺ジャムを塗ったものを二枚食べ、音楽を聞きながら適当にネットで時間を潰す。それだけで夕方になる。洗濯物を片付けようか、と思ったが、面倒くさい。すると雨が降ってきた。読書もしなきゃいけないよなぁ……と思いながらも、ネットを続けている。
夕方の五時頃に、訪問看護の会社から、月曜日は十時頃に訪問するとの電話があった。月水金すべて真理さんだったらいいのに……。いや、金曜日だけでも会えるだけいいじゃないか。週に一度は絶対に会える。……が、それすらもいつか終わるんじゃないだろうかという不安が過ぎる。真理さんは言っていた。「ウチは担当が決まってないから」と。もしかしたら今後金曜日は、派手なおばさんに変わるかもしれない。唯一の生きる希望がなくなってしまう。だから早めに手を打たねばならない。連絡先を聞く、食事に誘う、その他諸々。
……無理だ……。
しかし、僕が考えているよりも、もっと簡単な話なのかもしれない、と思った。連絡先を教えて貰えませんか? 休みの日に食事でも行きませんか? という二言は、そんなにも重たいものなのだろうか? うだうだと片思いを続けるより、聞いて無理だったらすぱっと諦める。その方が精神衛生上いいことなのではないだろうか。無理だと言われたら、毎週金曜日の訪問看護も、真理さんではなくなるだろうし、無理なら無理! はい次! という風に、割り切らなければならない。真剣に言うと相手も困るだろうから、さらりと、冗談半分で言う。
……そんな性格だったら、三十年近く苦労してません。
土日はなにもせずにただ終わっていった。本当になにもしていない。ただ眠れなかったので、ひたすら起きていた。
「新人だよ」と真理さんが言った。そして、その派手なおばさんが事務作業をし、真理さんと雑談をした。え、ちょっと待ってくれよ、金曜日にしか真理さんが来ないのに、この派手なおばさんが来たということは、これから金曜日は真理さんでなくなるのか? 聞いていいものか迷った結果、真理さんとの雑談の合間にその質問を入れた。
「いや、まだ決まってないよ。それに、ウチは患者さんごとに担当が決まってないから」
「あ、そうなんですか」
「それに、コロコロ変わられるの嫌でしょ?」
「そうですねぇ……」と言い、心の中では、「毎回真理さんがいいんだよ!」と叫んだ。当然聞こえていない。
「これ見てよ、本棚、凄くない?」と、真理さんが本棚を指差して、派手なおばさんに言った。派手なおばさんも、「こんなに読むんですか?」と驚いている。
「まあ、地道に崩していますねぇ」
「最近でなにが面白かったですか?」
「あ、いいね、私も知りたい」
「うーん、そうですねぇ、又吉直樹の火花良かったですよ」と、かなり当たり障りのないお薦めをし、本棚の一番下を指さした。四か月間の入院生活で、せっかくだから読んでみようと思って買ったものだ。
「文学ですね。私は東野圭吾ぐらいしか読まなくて」
「いいよね、東野圭吾!」
「ドラマも映画もチェックしてますよ」
「熱心だねえ」
僕は、真理さんと派手なおばさんの会話を、ただぼんやりと聞いていた。やはり、純文学ばかりでなく大衆文学も読まないと、話題が偏るな。東野圭吾は本棚に三冊しかなかった。本棚の一面に村上春樹が揃っているが、村上春樹は純文学だし、性描写が激しいし、女性は読まないのかな……。そういや昔、年下の女友達にノルウェイの森をプレゼントしたが、「読むに堪えない」と言われたっけか……。と考えていると、その日の訪問は終わった。
その後はYoutubeで情熱大陸を観ていた。それも大体観終わり、腹が減ったので、食パンにピーナッツクリームを塗ったものを食べ、次は芥川賞受賞会見があったのでそれを観ていた。はっきり言ってすることがない。いや、しなきゃいけないことは沢山あるが、しなきゃいけないことをしたくない。我が儘。
そして暇になったら、自分が文学新人賞を受賞した時に何を言おうか、という妄想時間に入った。この時間は結構楽しい。五月も半ばを過ぎ、十月末の群像新人賞に向けた作品の仕上げをしなければならない。妄想はただの現実逃避だ。現実には大量の積読があり、書きかけの小説があり、完成はしたが全然話にならない小説がある。
妄想時間が終わり、薬を飲むが当然眠れないので、どうしようかと考えた挙句、アルコールを呑むということに決めた。呑むのが怖いとは前述したとおりだが、酔っぱらった時の気持ちよさはすごいので、スーパーに走って、発泡酒ロング缶二本、ほろよい一本、チューハイストロング九のロング缶と安くなっていた刺身の盛り合わせとお菓子を買い込み、晩酌をした。
起きたのは昼を回っていた。何気なしにiPhoneを見ると、友人二人に電話をし、別の二人にLINEをしているが、全く記憶にない。まあ別に、どうでもいいか……。
腹が減ったので、食パンに苺ジャムを塗ったものを二枚食べ、音楽を聞きながら適当にネットで時間を潰す。それだけで夕方になる。洗濯物を片付けようか、と思ったが、面倒くさい。すると雨が降ってきた。読書もしなきゃいけないよなぁ……と思いながらも、ネットを続けている。
夕方の五時頃に、訪問看護の会社から、月曜日は十時頃に訪問するとの電話があった。月水金すべて真理さんだったらいいのに……。いや、金曜日だけでも会えるだけいいじゃないか。週に一度は絶対に会える。……が、それすらもいつか終わるんじゃないだろうかという不安が過ぎる。真理さんは言っていた。「ウチは担当が決まってないから」と。もしかしたら今後金曜日は、派手なおばさんに変わるかもしれない。唯一の生きる希望がなくなってしまう。だから早めに手を打たねばならない。連絡先を聞く、食事に誘う、その他諸々。
……無理だ……。
しかし、僕が考えているよりも、もっと簡単な話なのかもしれない、と思った。連絡先を教えて貰えませんか? 休みの日に食事でも行きませんか? という二言は、そんなにも重たいものなのだろうか? うだうだと片思いを続けるより、聞いて無理だったらすぱっと諦める。その方が精神衛生上いいことなのではないだろうか。無理だと言われたら、毎週金曜日の訪問看護も、真理さんではなくなるだろうし、無理なら無理! はい次! という風に、割り切らなければならない。真剣に言うと相手も困るだろうから、さらりと、冗談半分で言う。
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