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自殺志願者

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 いやぁね、ちょっと聞いてくださいよ。僕はね、自殺志願者なんです。急ですみません。ええ、いきなりこんなことを言うのもおかしいですよね。それは自分でもわかってるつもりなんです。でもね、ちょっと聞いてくださいよ。僕の背中にはね、日中常に死神がぴったりとくっついてるんですよ。そんなあからさまな目で僕を見ないでください。わかってるんです、わかってるんです、自分でも自分自身がおかしいってことが。でもね、これが事実なんですよ。その事実をわかってください。わかってくれない人はたくさんいました。一番身近でいえば僕の家族でしょうか。僕の家族はそのことをぜんぜん理解しちゃくれませんでした。挙句言ってはいけないような言葉まで僕に浴びせて、いやぁ、あれは辟易としました。殺意さえ沸いたのを覚えています。でも、別にそんな過去のことはどうでもいいんです。過去のことをぐちぐち言うのは女々しいですからね。おっと、女々しいといっても別に女性差別をしているつもりはありません。それ以外に適切な言葉が見つからなくて、ええ、はい、確かに僕ばかりがしゃべっていますが、もうすぐ終わるのでちょっとだけ僕に時間をください。僕にしゃべる時間をください。ええ、はい、もう帰らないといけない、はい、わかってます。でも僕に五分だけ時間をください。今僕は死ぬか生きるかの瀬戸際にいるんです。ごめんなさい、脅しではありません。そう捉えられたというなら謝ります。
 駄目なんです、もう、ここ最近、ずっと死にたいんです。死ぬということはイコール救いなんです、僕の中では。生きるということは苦痛でしかありませんからね。そんな苦痛を味わいながら(おもむろにポケットから煙草を取り出してそれに火を付けた)生きていて何が楽しいというんです? 僕には(煙を吐き出した)わかりませんよ。だったらさっさと死ねと? ええ、まあそうなんですよね、それが正論ですよ。でも(煙を吸い込んで、吐き出す)僕にはできない。なぜだろうか、と考えると、やはり怖いんですよね、死というものが。後はやはり(煙を吸い込んで、吐き出す)悲しむ人がいるからでしょうか。僕みたいな人間であっても、悲しむ人はそれなりにいるんですよ。数えたりなんざしませんが(煙を吸い込んで、吐き出す)たぶんまあ少なく見積もっても十人はいるでしょう。友人や家族、親戚、たぶんもう少しいるでしょうが、一応少なく見積もった数を言っておきます。あなたも悲しみますか。これを読んでいるあなたも悲しみますか。悲しみませんか。どっちですか、僕がたとえば今これを書き終えてから(吸い終えた煙草をもみ消す)首を吊ったとして、悲しみますか。僕は僕自身が死んだとして悲しむのだろうか。自分の死というものに悲しみの感情を抱くのでしょうか。ねえ、教えてくださいよ、ねえ。一応僕は半年ほど前の二十四歳の誕生日の日に、大量の睡眠薬と大量の酒でもって自殺未遂をしましたよ。ええ。でもそれをインターネット上で実況していると、それを見た知人の方が通報してくださって、救急車で運ばれて一命を取り留めました。一週間ほど入院した後、九万円ほどの金を取られて、僕はれっきとした精神障害者となりました。それからはずっと病院に通っています。なぜ僕がその時に自殺をしようとしたのか、それを詳しく書こうと思うんですが、それを思い出すと吐き気がして手が震えて、酒でも呑まなきゃ書けないんです。ほとんどの記憶は欠如してしまっているのですが、なぜ自殺をしたのかという根本的な理由は頭に焼き付いています。ありきたりな話ですよ。ええ、はい、そうです、単なる失恋ですよ。五年ほど付き合った女性に別れを告げられたんです。でもその直後に自殺未遂をしたのではありませんよ。別れを告げられたのは一月ですから、自殺未遂をしたのは八月、八ヶ月のことです。別にねえ、なんていうか(インスタント珈琲の粉をコップに入れ、湯を注ぎ込んだ)生きていることに対する理由が見出せないんですよね。それは誰しもがだって? 誰しもが生きる理由を見出せていないだって? 本当なんですか、その話は? あなたの作り話ではなく? ふうん(珈琲を一口飲んだ)そうですか。
 うえ、何ですかこの珈琲は。まずさが半端無いですよ。これを珈琲として売ろうとした人間に苦言を呈したい。こんなの珈琲じゃないですよ。単なる粉ですよ。苦い粉。苦さの中に美味さがあるわけでもない、たんなる粉。粉々しいですよ。何なんだよもう! くそ、くそ、くそったれ! 僕はこうやって無駄に、バカみたいに、ぐずぐずと、生きながらえて、生き恥を晒して、珈琲がまずいなんて言いながら、何をやっている? 排泄物しか生産していないこの悲惨さを、誰が笑ってくれるっていうんだ? はっはっは、ひっひっひ、笑いが、くそう、笑いが止まらないよ。目の前に大量にあるこの睡眠薬を全部飲んだらどうなると思う? くそったれ、こんなまずい珈琲が飲めるか! (おもむろに珈琲カップを手に取り、それを流しに捨てた)ちくしょう……。
 薬でもって幻聴や幻覚の類はほとんど消えたといっていいでしょう。でも、やっぱり、僕の背中にはぴったりと死神がくっついていて、常に僕に「もうそろそろやめちゃえよ」と呟くんです。でもって僕は誰かに常に監視されているという妄想もあって、これが結構なやっかいもの。部屋にあるいろんなものを破壊したい衝動が僕の中を支配して、今だってそうだ! 今だって、このパソコンをぶっ壊したい衝動に駆られている――が、しない。脳みそが正常に機能しているのだろう。最後の最後、崖っぷちに立ってもそれ以上は足を踏み入れない、踏みとどまることができる。それが僕が僕を制御している部分だ。それが外れたら、もう終わりだと思っている。
 今だってほとんど終わっているようなもんさ。だって、薬を飲んで、寝て、起きて、こんなつまらないものを書きなぐって、夜になればまた薬を飲んで寝る。その繰り返しさ。僕は別に働きたくないわけじゃない。働きたくないからこうやって精神異常者の振りをしているっていうわけじゃない。現に医者は「仕事を見つければ精神も安定してくるでしょう」と言っているし、僕はいくつもの仕事の面接を受けている。といっても現状は携帯が止まってしまっているので、インターネットからの応募だけしかできないが。電話やメールを受けることは可能なのだが、送信ができないため、いい求人が見つかってもそれに応募することができない。その求人がネットから応募できる場合なら最高だけど、なかなかどうして世の中そうもうまくいくわけではないらしく、携帯が止まってしまっているというのは如何ともし難い状態だ。そんな状態なのにも関わらず、僕は煙草を吸って適当に一日を過ごして、飯を食らって、寝て、起きる。もうそんな生活は嫌だ。誰が助けてくれるっていうんだ? だれも助けちゃくれないよ。世の中ってのは厳しいもので、一度社会に出ちまったらもう後は一人でどうにかするしかない。
 そんなことはね、はい、わかってるんですよ。え? わかってないって? 僕だって一応社会に出てもう七年になるんですよ。今年で二十五歳、四捨五入すれば三十歳だ。一応社会的には大人なんですよ。頭の狂った大人ですがね。
(ここで僕は知り合いのアパートへと行く。)
 知り合いが焼酎を買ってきたので、僕は少しだけそれをいただき、お湯割にして今呑んでいます。え、そんなことはどうでもいいって? じゃあなんで、なんで、そんな、僕には、酒を呑むか睡眠薬でトリップするか、その二つしかないんですよ、この世知辛い世の中を生きていくのは。僕にはそれしかない。ああ、悲しくなってきましたよ。ただ生きるってだけが、こんなにも厳しいだなんて、生まれてきたのを後悔すると同時に、あの時死ねて――いや、それは言うまい。それは言っちゃだめだ。それだけは言ってはいけない。 上京してきて早一ヶ月が経とうとしている。その間に何度も死が僕を誘いにやってきた。部屋を叩いて、窓を叩いて、まあそれは現実ではないんですが、例えですよ例え。比喩ですよ。いつかね、僕の寝首を刈ろうとしているんですよ。油断を見せちゃいけません。油断を見せれば、その時が、終わりだ――。
 そんなことを考えていると、気が滅入って仕方がない。(ジプレキサザイディス十ミリグラムとマイスリー十ミリグラムとロヒプノール一ミリグラムを飲んだ)気が滅入った時に一番有効なのは、俗にいう寝逃げだ。寝てしまえばこっちの勝ちだ。たとえ誰が監視していようが、死神が僕の寝首を刈ろうとしようが、寝ている間は思考が停止するため、大丈夫、僕は生きていいんだという気持ちになるんです。これは本当です。ぜひお試しあれ!
 寝ました。ええ、僕は寝ました。そして早朝になって覚醒し、毎日自堕落な生活を送っているせいで、今日が面接日だというのに気づかず、インターネットに勤しみ、テキストファイルを開いた瞬間、今日の十一時から面接があるというのを思い出し、急いで身支度を整え、電車に飛び乗り、事前にプリントアウトしておいた地図を睨み睨み、何とか時間内にたどり着くことが出来、ほっと胸を撫で下ろしました。でも、僕って情けない男なんですよ。囲いのされた面接室に案内されてジャスミンの香りのするお茶を出された瞬間、なぜ僕はここにいるのだろう、そうだ、僕は面接に来たんだと脳内でぐるぐる。やがてスーツを着こなした爽やかな男性がやってきて、派遣の登録という今まで数百回―とは言いすぎだが――聞かされてきた内容をおっしゃり、僕はいちいち相槌を打ちながらそれを聞いていた。ものの三十分で面接という名の登録会は終了し、飲み干したジャスミンティーの紙コップを女性に返し、礼を言ってそこを後にしました。そしてまた、電車に揺られ、がたんごとん。僕はこれだけ頑張ったのだ、だから小腹が空いたので牛丼屋に入ってもいいのだ、と半ば無理やりに理由付けをして牛丼屋へ入り、一番安い豚丼を食べました。久々に食べる牛丼はたまらなくおいしくて、僕はものの数分で食べきってしまいました。
 ああ、生きているって素晴らしい。自殺? そんなもの、馬鹿野郎、誰がするってか!
 そういえば(と牛丼屋を出て一服していると)思い出した。明日は精神的な病院、所謂メンタルクリニックに行く日だ、しかし財布の中には四千円ほどしか入っていない。果たして足りるのだろうか、前回は初診ということで四千円ほどかかったが、今回は初診ではないためそこまではかからないだろう。しかし一体いくら――ああ! 神様! ありがとうございます! 今日は僕が先月働いていた職場の給料日ではありませんか! (僕は天に向かって拝んだ)ありがとうございます! 生きていて良かった、素晴らしい日々。いくら入っているかを近場のコンビニで確認したのですが、五万近く入っていました! これで止まった携帯を動かすことが出来、尚且つ家賃も払うことができます! ありがとう!
 携帯が繋がりました。地理がわからないので警官に携帯ショップまでの道のりを聞いて、支払いを済ませてから三十分ほど経って、遂に、ようやく携帯が通じました。財布に余裕があると心にも余裕が出てくるものですね。僕の背中にはもう死神はいません。家に帰るなり早速近場のアルバイトに電話をし、面接を取り付けた僕の顔は晴れ晴れとしたものだったでしょう。ありがたや、ありがたや、先月の僕に感謝をし、本当に、人生というのは何があるかわかったものじゃございません。
 そして夜になって処方された薬を飲んで、起きて早々僕は近場のコンビニでパンを二つ購入しました。無駄遣いをするのはよくないとは思っているのですが、どうにもこうにもパンが食べたく思い、つい二百十円を使ってしまいました。そうこうしている内に、メンタルクリニックへ行く時間が近づいてきましたので、僕は駅に向かって歩くことにしました。疲れる。駅にたどり着き、切符を購入し、ちょうどやってきた電車に揺られること一駅――一駅程度なら歩けばいいじゃないというお言葉にはただ頷くしかありません――辿り着きました。予約の時間までまだ三十分近くあったため、とりあえず受付をして、持ってきていた文庫本を読んで十分ほど経った頃でしょうか、僕の名前が呼ばれ、一週間ぶりにO医師と会い、さまざまな話をして、薬が一種類増えることになりました。名前はレキソタン。名前からするとなにやら可愛らしいイメージがありますが、抗不安薬らしく、頓服で服用することを勧められました。会計を済ませ、少し離れたところにある薬局へ行き薬を貰いました。「パソコンの右下から誰かが監視しているような妄想に囚われています」と言うと、「パソコンのアイコンや文字がゆらゆら揺れることないですか?」と言われた。まさにそのとおりでびっくりしました! 結局のところ、一週間分で合計三千円強取られてしまいました。ああ、早く自立支援を受けたい。通院自体は半年以上しているのですが、今の病院はまだ通って二週間程度なので、一ヶ月ほど経過しなければ自立支援は受けられないようです。その際診断書も必須となってくるので、ああ、やだなあ、やだなあ、金のことを考えると、気が滅入って仕方ありません。
 何のかんので昼前には家に辿り着き、たかがものの数十分歩いただけで足が痛くなって、途中休憩を挟んだりしつつも、部屋へ。十五時と十七時に面接があるため、起きていなければならないのですが、少しばかり眠気があります。欠伸も出る始末。そういう時は珈琲でも飲むに限ります。(電気ケトルに水を注いでスイッチを入れ、コップに珈琲の粉を入れる)しかし僕思うんですよね。学校は何一つ人生において大切なことを教えちゃくれない、と。自立支援だったり、生活保護だったり、僕が去年手続きをし、六十万借りた社会福祉金だったり、失業保険だったり、誰も教えちゃくれません。自分から動かなきゃならない。そんなのおかしくありませんか。こういう制度があるんですよ、ぐらい教えてくれてもいいってもんじゃありませんか! (湯が出来たのでそれを注ぐ)ぬぬぬぬ、と唸ったって何も変わりゃしませんよ。世の中というのは一人で生きていかなきゃならないんです。でも、ありがたいことに、僕には薬というものがあります。薬を飲んでさえいれば、正常の人間と至ってなんら変わらないのです。なので僕をそんな目で見ないでください。
 面接が終了し、その場で即受かりました。僕はね、昔っから面接受けだけはいいんですよ。飲食店ですがね、有名な牛丼チェーン店なんですが、どうもかなり忙しいらしく、一応他のバイトも受けてからにしようかな、と思っているわけです。ここから数駅離れた場所で研修がありまして、その日程や書類もろもろ明後日に行くということになりました。はい、とりあえずは生き延びることが出来たというわけですね。その後ネットの友人のA氏(本当はイニシャルはAではないのだが僕はそう呼んでいる)とH氏の三人でカラオケに行きました。A氏とは初対面だったので、緊張した僕は会う前に事前に酒を呑んでおいて、ほろ酔いでご対面! 楽しかったですよ。色々あった一日で、生きていて楽しいと思える一日でした。
 ネクストディ、つまり次の日。何もありません。今日は、とカレンダーを見やると日曜日らしいです。日曜日の外は人がたくさんいるので、人ごみにまみれただけで気分が滅入ってしまう僕は家でじっとラジオを聴いていました。部屋にはテレビが無いためラジオとインターネットと創作だけが僕の友達なんですよね。すると母から電話が。「元気にやってるかぁ」という感じで、まあ適当な雑談をして、やはり親なのでしょう、子が心配とあって、「とりあえず年末ぐらいに帰る予定」とだけ伝えておきました。「前みたいな(八月ごろの自殺未遂)ことはしないように。薬も調節しながら飲みなさいよ。医者の言うことは信じちゃいけません」とのこと。立ち上がった時に思い切り踏んづけたせいで鏡が割れてしまい、それをじっと見ているとリストカットをしたいという衝動に駆られましたが、僕はしたことがないし痛いのが嫌なのでやめておきましょう。
 牛丼屋の研修があるとのことで早速僕は参加することにしまして、秋葉原駅から歩いて数歩の牛丼屋へと足を運びました。僕がたどり着く頃にはもう既に数人制服に着替えた状態で待っていて、僕は最後に到着したようでした。(そして制服に着替える)座学をしたのですが、僕の思考はあまりにも清楚で可愛い女子高生に支配され、研修をしてくださった男性の声は一つも頭に入りませんでした。研修が終われば渡そうと準備しておいた携帯アドレスを書いた紙は僕のポケットの中に入ったまま、空しく、それを握り締めて潰し、駅のゴミ箱にぶち込みました。
 さて、実際に働くことになったのですが、それはそれは壮絶な日常でした。忙しさもさることながら、幻聴が夥しいのです。客や他の店員からの幻聴が激しく、僕は結局のところ四日足らずで辞めてしまいました。自分の情けなさにほとほと呆れる始末です。最終日、つまり僕がバイトを辞めようと決心したその日、あまりの希死念慮が僕を誘ってくるので、もう少しで首を吊りそうになった瞬間、携帯を手にとって110を押しました。すぐに警官がやってきて、交番へ連れられ、話を聞いて貰い、何とかその日は耐えたのですが、如何せん僕は生まれつきの、生まれもってのクズ人間ですから、そう、生きている価値など一つもありませんから、いつかは自殺するのだろう、とは考えています。通報したのはどうやら正解だったようです。そういうことが多々あるようです。ビートルズを聴いて処方された薬を飲んでいると、いつの間にか眠りについていました。
 手持ちの資金が底を付いたため、生活保護を受けるためにいろいろし、僕は晴れて精神障害者の生活保護受給者となるわけで、その話は、今度いつか、またの機会にさせていただきたいと思います。そんな僕の話ばかり聞いてくださって、どうもありがとうございました。僕は僕なりに僕が出来うる範疇で生きていくので、どうかこれを読んだあなたも、あなたなりにあなたが出来うる範疇で生きていただきたいと思います。何かがあるから生きているわけで、生きていて良かったと思える瞬間も何度もあると思います。それではありがとうございました。失礼します。All You Need Is Love



 男の手記はここで終わっている。男が死んだのかどうかは私にはわからない。が、私だけが持っていても仕方がないと感じたため、ここにこうして公開することに決めた。それが私のこの男に対する唯一できることだと思ったからだ。もしもこの男のように自殺願望があるならば、これを読んでどうかそれを思いとどまっていただきたい。
 私は別に自殺志願者を増やそうと思ってこの手記を公開したわけではない、と、一応述べておく。これを読んで、一人でも自殺志願者が自殺をやめるのを願ってやまない……。
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